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第13話 興味から執着へ(セドリック)

ー/ー



 その少年をはじめて見たのは、セドリックがまだ王立学園で学生だった頃だ。

 エリアス・サザランド。
 英雄ロベルト・ニリアンの実子であり、(ハーフ)エルフのエレオノーラを母に持つ四半(クォーター)エルフでもある。

 エルフの血が影響しているのか、エリアスの美貌を初めて見たときは、整いすぎていて作られた人形のようだった。

 まだ成人していない少年には性別を超える危うさがあり、男だと知っていても興味をそそられる同性も多くいたはずだ。
 実際に危険なことに遭遇することも多いと、噂で聞いたことがある。

 烟るような睫が縁取る瞳は深緑の色で、理知的な光を宿している。
 光を弾き、輝く絹髪は金色である。蜂蜜のような濃さはない。けれど砂糖細工のような繊細さは、誰もが触れたくなる。

 噂通りの完璧な美貌は、王子であるセドリックも気後れするくらいであった。
 セドリックよりも三歳年下のエリアスは騎士科に所属していて、美貌もさることながら彼の強さも有名だった。

 膨大な魔力を持ちながらも、魔法が使えないということもよく知られていた。その不条理すら足枷にならないくらい、エリアスの実力は突出していた。

 あの細腕から放たれる剣技は他の騎士候補を圧倒し、力強く重い一撃は一人前の騎士でも受け止めるのが難しい。
 授業中だというのに模擬戦を行うエリアスが見るために、周囲は人垣ができるほどであった。

 試合中のエリアスの表情に、誰しもが恍惚となる。
 あの完成された美貌の顔に赤みが差し、好戦的に爛々と光る瞳は荒々しくも美しい宝石のようだった。

 形のいい薔薇色の唇も血色がよくなり、ずっと見ていると変な興奮で滾りそうになる。
 セドリック自身はそんな思いをしたことはないけれど、周囲の評判はそんなものだった。

 ただ、エリアスの実力は本物だとセドリックも認めている。
 当時はできれば自分の専属護衛にほしいと思っていたほどである。

 だが、セドリックが行動を移す前にトリスタンが先に交友関係を築いていた。
 幼いときにはよく顔を合わせていた弟王子とは、学園に入学してからあまり話をしていない。
 それでも噂や、周囲の人間から実弟のことは聞いていた。

 このままいくと、エリアスがトリスタンの騎士になることは明白だ。
 セドリックもほしいとは思ったものの、弟から横取りするほど強い欲ではなかった。

 このときはそれほど残念に思わなかったけれど、このまま手を出さずに放置したのを後々悔いることになる。

 今思えば、興味は最初からあった。
 学園内で過ごすエリアスは表情が豊かで、その美貌も相まってとても魅力的だった。

 その存在に気づくと遠目でも無意識に視線が追い、無視するのも難しい。
 セドリックでさえこうだったのだから、エリアスに焦がれる人間ならばどれほど感情を乱されていただろうか。

 それほどセドリックの関心を惹く人物とは思えなかったのに、その存在感は大きかった。
 今ではそのことに納得している。

 それくらい面白い性質の人間なのだと、もっと早くに知りたかった。
 ただ当時の自分は抱えていた感情も、エリアスの価値もよく分かっていなかった。

 今まで家族以上に何かに興味を持つこともなかったし、関わることもなかった。
 それは神竜の血を継ぐが故に、物心がついたときから壁を作っていたからである。

 セドリックには生まれつき魔力を見る力があった。
 普通の人間には見ることのできない色だけでなく、身体や精神の状態、感情など細かいところまで判別できる。

 セドリックもこの能力についてすべてを把握していない。
 幼い頃は周囲に能力のことを話していたけれど、気味悪がられるか、冗談だと思われていた。

 賢い子どもだったこともあり、他の人間は持たないものだとすぐに理解した。
 そしてその能力の危険性をすぐに悟る。

 感情や身体的なことがわかるこの能力は利用価値があり、周囲に知られてしまえば貴族や、王族に一方的に搾取されて終わるだけだ。
 自分の望むように一生を終えたいのなら、誰にも知られてはならない。

 その後は周囲をよく見て、警戒して過ごした。
 そうしているうちにだんだんと口数が減っていった。

 今まで心を開いていた人間に対しても一線を引き、一定の距離を保った。
 時期がかなり幼いこともあって、皆セドリックの言葉を本気にしていなかったのが幸いだった。

 ただ、急に話さなくなったことで、家族には心配をかけてしまったけれど。
 今では誰もこの能力のことを知らない。
 以前なら王弟である伯父が唯一このことを知っていたけれど、既に病気で他界している。

 伯父にはとても世話になった。成人を越えてからも彼の教えは役に立っている。
 国王から興味を持たれない方法を教わったのは、彼からである。

 セドリックが目立つ存在であり、気ままに動いていれば権力抗争に巻き込まれるのは明白だった。
 だから、似たような立場だった王弟に教わるのはとても有意義だった。

 けれど自分が望んでいた平穏な生活は、エリアスと直接話したことでどうでもよくなってしまった。
 英雄の帰還を祝う祝賀会で、はじめて誰も間に介さず言葉を交わした。

 遠目には何度か見たことはあった。
 離れていても美しい魔力は見蕩れるほどだったのに、近くで見るとその力強さに圧倒された。

 彼は人間ではあり得ないほどの豊富な魔力を持っていて、ただ純粋にそのことに驚いてしまった。
 普段は完璧に制御されているから気づかないけれど、夜会のときはセドリックが触れたことで魔力が大きく乱れてしまった。

 セドリックはすぐ側で魔力の神々しさを目の当たりにすることになる。
 なんと美しい色なのかと、目を奪われた。

 エリアスから漏れ出る淡い虹色の魔力は、彼そのものを現していた。
 美貌と同じように輝かしいだけではなく、荒れ狂っている様子は苛烈なエリアスを体現していた。

 彼の魔力に触れたい。その表情を見たい。自分の姿を深緑の瞳に映してほしい。
 どう説明したらいいのか分からない感情だった。

 強い独占欲と、所有欲で理性が焼き切れそうだ。
 激しく乱れる感情と、強い欲求を堪えて、普段通りエリアスに話しかけた己を褒めたい。

 それ以降は他の兄弟にも呆れられるほど、自分のしたいようにしている。
 王座など未だにほしくないし、身軽でいたいと思っている。
 ただエリアスを手に入れるためなら、権力を利用してもいいと思うくらいには、彼に執着していた。

 なぜここまであの美貌の騎士を欲するのか。セドリックにもわからない。
 その答えを教えてくれたのは、王太子である兄だった。

「最近のセドリックはずいぶんと積極的だね」

 王太子ナイジェル。トリスタンとセドリックの実兄である。
 黒髪とアイスブルーの瞳は、多少濃淡は違えど弟たちと同じ色合いである。
 穏やかで民を思いやる心を持つナイジェルは、争いが少ない今ならよき王となるはずだ。
 それはセドリックだけではなく、トリスタンも同じ思いだった。

 王家の血筋の中でも、もっとも色濃く神竜の血を継いでいるのがセドリックである。
 血の影響で戦闘力が高くても、時代にそぐわなければ宝の持ち腐れである。
 セドリックが王になれば、本人が望んでいなくても、昔のように国は戦渦に巻き込まれてしまうだろう。
 ナイジェルは瞳を和らげて、穏やかな笑みを浮かべている。

「何かいいものでも見つけたのかな?」

 今までセドリックは何に対しても淡泊で、興味を持つことがなかった。
 それが今では自分の持っている力をすべて利用し、手に入れようとしているのだ。
 何も執着しなかった弟の変わり様は、兄として喜ばしいことでしかない。

 そんなナイジェルの思いには気づいている。
 ただ、今の勢力図を引っかき回すことになるかもしれない。
 今後、自分たちの周囲が混乱に陥るのは必至で、兄弟には申し訳なく思う。

 それでもセドリックは以前から王位を継ぐ気はないと散々言っている。
 今更兄が継承争いのことを、心配をしているとは思っていない。
 既に王太子として職務も行っているし、その信頼も厚い。
 そんなことで兄の基盤が揺らぐことはないはずである。

「ほしい騎士ができたんです。以前から興味はあったんですが、実際に話してみるとどうしても側に置きたくなってしまいました」
「それが英雄の息子で、トリスタンの側にいる騎士なのに?」

 顔に似合わず、意地悪な質問をしてくる。
 穏やかな性質ではあるものの、未来の国王になる男が、本当の意味で穏やかな気性のはずがない。

 三兄弟の中でトリスタンが一番素直で、扱いやすいとセドリックは思う。
 その第三王子も貴族を掌で転がすくらい器用に扱うのだから、三人の王子はすべて厄介な性格である。

「あいつの騎士だからといって諦めませんよ。なぜか専属契約も結んでいないようだし。奪える隙があるなら、奪います。それよりもロベルト殿の方が厄介ですね」

 英雄ロベルト・ニリアン。平民の出身だと言われている男は、実は最近までその血筋がよく分かっていなかった。
 王家の力を最大限使って集めた情報によると、その背景は複雑なものだった。

 家系を遡れば他国からの移民だとわかったけれど、それは隠れ蓑だった。
 よく調べると、移民は移民でも滅びたニーリア王国王家に連なるものだと判明したのだ。

 滅びた国とはいえ、その国は聖剣が守護していて、王族にしか扱えないと噂されている。
 そんな王族の血筋にあるロベルトは、セドリックがどうこうできるような人物ではない。

 もし噂通り聖剣が存在していれば、今の持ち主はロベルトということになる。
 英雄であり、特別な剣を持つ男に勝てる見込みなどない。
 それでも、簡単に諦めるつもりはなかった。

 直接手が出せないのなら、相手の懐に入ればいい。
 息子を溺愛するロベルトだと、それも難しいかもしれない。
 けれど何もしないよりも挑戦する価値はある。

 どうしてもだめなら攫ってでも手に入れる。
 なぜここまで粘っこく、絡みつくような思いを持つに至ったのか、自身でもよく理解できない。

「どれほど厄介な相手からでも奪って、確実に手に入れて見せます」

 涼しげなアイスブルーの瞳は、獲物を狙う猛禽のように細められる。
 それを見て、ナイジェルは諦めたように息を吐き出す。

「なんだかその騎士が少しかわいそうな気もする」
「俺を本気にさせたのが悪いんですよ」

 自分は悪くないと言い切るセドリックに、ナイジェルは呆れ果てた視線を投げてくる。

「そこまで執着を拗らせているのを見ると、振り向かない番を追い回している竜みたいだ」

 言われたことでなるほど、と納得する。
 竜騎士団で世話をしている竜の中には、番を持つものもいる。

 ほとんどの番は互いに離れたがらず、契約した騎士以外は本当に相手しか見えていない。
 契約した騎士でも、睦みあっているところを邪魔すると、怒りを向けられることもある。
 とにかく竜は執着と愛情が重いのだ。

 言われてみると、セドリックもエリアス以外見えていないし、邪魔をする者がいるなら排除する気でいる。
 エリアスを自身のテリトリーに囲いたくて仕方がないし、彼の目に他の人間を映すことも許せない。

 どろどろとした執着が溢れてしまい、エリアスがかわいそうだと言われるのも理解できる。
 それでも諦める気がないのだから、セドリックは狂っているのかもしれない。
 だからこそ番を欲する竜のようだと言われると、納得してしまう。

 セドリックは百年に一度現れるか現れないかというくらい、神竜の血が濃い王族である。
 伯父の話では、魔力の性質が見える瞳を持つ王族はたまにいたらしい。
 そういう人間は、やはり血が濃い者だけだった。

 そんな話を父である国王に伝えれば、セドリックの意思に関係なく、王太子にされていただろう。
 伯父も血が濃い王族だったらしく、そのことを知られないように、セドリック以外の王族には黙っていたのだ。

 セドリックに話したのは、彼が幼少期にその血のせいでとても悩んでいたからだ。
 誰にも言えず、心を閉ざしていた甥を見ていられなかったのだ。

「番ですか。妙に合う例えです。まあ、それならトリスタンはエリアスを諦めざるを得ないですね」
「竜の執着はすごいからね。私からもトリスタンにしつこくしないよう言っておこう」
「いいんですか? 兄上が俺の味方をするのも珍しいですね」
「セドリックの邪魔をして、敵認定されたくないからね」

 エリアスほどではないにしても、セドリックも剣技や体力面では竜騎士団一の実力がある。
 そして竜に最も慕われる人間でもあった。

 その彼を敵に回せば、同じ王族であっても竜に嫌われてしまうかもしれない。
 そんなことになれば国の防衛にも関わる。

 そこまで重視される存在ではないと思っていても、兄に認められるのは素直にうれしい。
 これで、王太子という大きな味方をつけることができたのは、僥倖だ。
 このまま徐々に味方を増やして、徹底的にエリアスを囲い込むつもりである。

 まだエリアスが覚悟を決めていないと分かっていても、決める前に離れられなくするつもりだ。
 必ず、手中に収めてみせる。
 その未来を想像するだけで、セドリックの顔には笑みが浮かぶのだった。


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 エリアス・サザランド。
 英雄ロベルト・ニリアンの実子であり、|半《ハーフ》エルフのエレオノーラを母に持つ|四半《クォーター》エルフでもある。
 エルフの血が影響しているのか、エリアスの美貌を初めて見たときは、整いすぎていて作られた人形のようだった。
 まだ成人していない少年には性別を超える危うさがあり、男だと知っていても興味をそそられる同性も多くいたはずだ。
 実際に危険なことに遭遇することも多いと、噂で聞いたことがある。
 烟るような睫が縁取る瞳は深緑の色で、理知的な光を宿している。
 光を弾き、輝く絹髪は金色である。蜂蜜のような濃さはない。けれど砂糖細工のような繊細さは、誰もが触れたくなる。
 噂通りの完璧な美貌は、王子であるセドリックも気後れするくらいであった。
 セドリックよりも三歳年下のエリアスは騎士科に所属していて、美貌もさることながら彼の強さも有名だった。
 膨大な魔力を持ちながらも、魔法が使えないということもよく知られていた。その不条理すら足枷にならないくらい、エリアスの実力は突出していた。
 あの細腕から放たれる剣技は他の騎士候補を圧倒し、力強く重い一撃は一人前の騎士でも受け止めるのが難しい。
 授業中だというのに模擬戦を行うエリアスが見るために、周囲は人垣ができるほどであった。
 試合中のエリアスの表情に、誰しもが恍惚となる。
 あの完成された美貌の顔に赤みが差し、好戦的に爛々と光る瞳は荒々しくも美しい宝石のようだった。
 形のいい薔薇色の唇も血色がよくなり、ずっと見ていると変な興奮で滾りそうになる。
 セドリック自身はそんな思いをしたことはないけれど、周囲の評判はそんなものだった。
 ただ、エリアスの実力は本物だとセドリックも認めている。
 当時はできれば自分の専属護衛にほしいと思っていたほどである。
 だが、セドリックが行動を移す前にトリスタンが先に交友関係を築いていた。
 幼いときにはよく顔を合わせていた弟王子とは、学園に入学してからあまり話をしていない。
 それでも噂や、周囲の人間から実弟のことは聞いていた。
 このままいくと、エリアスがトリスタンの騎士になることは明白だ。
 セドリックもほしいとは思ったものの、弟から横取りするほど強い欲ではなかった。
 このときはそれほど残念に思わなかったけれど、このまま手を出さずに放置したのを後々悔いることになる。
 今思えば、興味は最初からあった。
 学園内で過ごすエリアスは表情が豊かで、その美貌も相まってとても魅力的だった。
 その存在に気づくと遠目でも無意識に視線が追い、無視するのも難しい。
 セドリックでさえこうだったのだから、エリアスに焦がれる人間ならばどれほど感情を乱されていただろうか。
 それほどセドリックの関心を惹く人物とは思えなかったのに、その存在感は大きかった。
 今ではそのことに納得している。
 それくらい面白い性質の人間なのだと、もっと早くに知りたかった。
 ただ当時の自分は抱えていた感情も、エリアスの価値もよく分かっていなかった。
 今まで家族以上に何かに興味を持つこともなかったし、関わることもなかった。
 それは神竜の血を継ぐが故に、物心がついたときから壁を作っていたからである。
 セドリックには生まれつき魔力を見る力があった。
 普通の人間には見ることのできない色だけでなく、身体や精神の状態、感情など細かいところまで判別できる。
 セドリックもこの能力についてすべてを把握していない。
 幼い頃は周囲に能力のことを話していたけれど、気味悪がられるか、冗談だと思われていた。
 賢い子どもだったこともあり、他の人間は持たないものだとすぐに理解した。
 そしてその能力の危険性をすぐに悟る。
 感情や身体的なことがわかるこの能力は利用価値があり、周囲に知られてしまえば貴族や、王族に一方的に搾取されて終わるだけだ。
 自分の望むように一生を終えたいのなら、誰にも知られてはならない。
 その後は周囲をよく見て、警戒して過ごした。
 そうしているうちにだんだんと口数が減っていった。
 今まで心を開いていた人間に対しても一線を引き、一定の距離を保った。
 時期がかなり幼いこともあって、皆セドリックの言葉を本気にしていなかったのが幸いだった。
 ただ、急に話さなくなったことで、家族には心配をかけてしまったけれど。
 今では誰もこの能力のことを知らない。
 以前なら王弟である伯父が唯一このことを知っていたけれど、既に病気で他界している。
 伯父にはとても世話になった。成人を越えてからも彼の教えは役に立っている。
 国王から興味を持たれない方法を教わったのは、彼からである。
 セドリックが目立つ存在であり、気ままに動いていれば権力抗争に巻き込まれるのは明白だった。
 だから、似たような立場だった王弟に教わるのはとても有意義だった。
 けれど自分が望んでいた平穏な生活は、エリアスと直接話したことでどうでもよくなってしまった。
 英雄の帰還を祝う祝賀会で、はじめて誰も間に介さず言葉を交わした。
 遠目には何度か見たことはあった。
 離れていても美しい魔力は見蕩れるほどだったのに、近くで見るとその力強さに圧倒された。
 彼は人間ではあり得ないほどの豊富な魔力を持っていて、ただ純粋にそのことに驚いてしまった。
 普段は完璧に制御されているから気づかないけれど、夜会のときはセドリックが触れたことで魔力が大きく乱れてしまった。
 セドリックはすぐ側で魔力の神々しさを目の当たりにすることになる。
 なんと美しい色なのかと、目を奪われた。
 エリアスから漏れ出る淡い虹色の魔力は、彼そのものを現していた。
 美貌と同じように輝かしいだけではなく、荒れ狂っている様子は苛烈なエリアスを体現していた。
 彼の魔力に触れたい。その表情を見たい。自分の姿を深緑の瞳に映してほしい。
 どう説明したらいいのか分からない感情だった。
 強い独占欲と、所有欲で理性が焼き切れそうだ。
 激しく乱れる感情と、強い欲求を堪えて、普段通りエリアスに話しかけた己を褒めたい。
 それ以降は他の兄弟にも呆れられるほど、自分のしたいようにしている。
 王座など未だにほしくないし、身軽でいたいと思っている。
 ただエリアスを手に入れるためなら、権力を利用してもいいと思うくらいには、彼に執着していた。
 なぜここまであの美貌の騎士を欲するのか。セドリックにもわからない。
 その答えを教えてくれたのは、王太子である兄だった。
「最近のセドリックはずいぶんと積極的だね」
 王太子ナイジェル。トリスタンとセドリックの実兄である。
 黒髪とアイスブルーの瞳は、多少濃淡は違えど弟たちと同じ色合いである。
 穏やかで民を思いやる心を持つナイジェルは、争いが少ない今ならよき王となるはずだ。
 それはセドリックだけではなく、トリスタンも同じ思いだった。
 王家の血筋の中でも、もっとも色濃く神竜の血を継いでいるのがセドリックである。
 血の影響で戦闘力が高くても、時代にそぐわなければ宝の持ち腐れである。
 セドリックが王になれば、本人が望んでいなくても、昔のように国は戦渦に巻き込まれてしまうだろう。
 ナイジェルは瞳を和らげて、穏やかな笑みを浮かべている。
「何かいいものでも見つけたのかな?」
 今までセドリックは何に対しても淡泊で、興味を持つことがなかった。
 それが今では自分の持っている力をすべて利用し、手に入れようとしているのだ。
 何も執着しなかった弟の変わり様は、兄として喜ばしいことでしかない。
 そんなナイジェルの思いには気づいている。
 ただ、今の勢力図を引っかき回すことになるかもしれない。
 今後、自分たちの周囲が混乱に陥るのは必至で、兄弟には申し訳なく思う。
 それでもセドリックは以前から王位を継ぐ気はないと散々言っている。
 今更兄が継承争いのことを、心配をしているとは思っていない。
 既に王太子として職務も行っているし、その信頼も厚い。
 そんなことで兄の基盤が揺らぐことはないはずである。
「ほしい騎士ができたんです。以前から興味はあったんですが、実際に話してみるとどうしても側に置きたくなってしまいました」
「それが英雄の息子で、トリスタンの側にいる騎士なのに?」
 顔に似合わず、意地悪な質問をしてくる。
 穏やかな性質ではあるものの、未来の国王になる男が、本当の意味で穏やかな気性のはずがない。
 三兄弟の中でトリスタンが一番素直で、扱いやすいとセドリックは思う。
 その第三王子も貴族を掌で転がすくらい器用に扱うのだから、三人の王子はすべて厄介な性格である。
「あいつの騎士だからといって諦めませんよ。なぜか専属契約も結んでいないようだし。奪える隙があるなら、奪います。それよりもロベルト殿の方が厄介ですね」
 英雄ロベルト・ニリアン。平民の出身だと言われている男は、実は最近までその血筋がよく分かっていなかった。
 王家の力を最大限使って集めた情報によると、その背景は複雑なものだった。
 家系を遡れば他国からの移民だとわかったけれど、それは隠れ蓑だった。
 よく調べると、移民は移民でも滅びたニーリア王国王家に連なるものだと判明したのだ。
 滅びた国とはいえ、その国は聖剣が守護していて、王族にしか扱えないと噂されている。
 そんな王族の血筋にあるロベルトは、セドリックがどうこうできるような人物ではない。
 もし噂通り聖剣が存在していれば、今の持ち主はロベルトということになる。
 英雄であり、特別な剣を持つ男に勝てる見込みなどない。
 それでも、簡単に諦めるつもりはなかった。
 直接手が出せないのなら、相手の懐に入ればいい。
 息子を溺愛するロベルトだと、それも難しいかもしれない。
 けれど何もしないよりも挑戦する価値はある。
 どうしてもだめなら攫ってでも手に入れる。
 なぜここまで粘っこく、絡みつくような思いを持つに至ったのか、自身でもよく理解できない。
「どれほど厄介な相手からでも奪って、確実に手に入れて見せます」
 涼しげなアイスブルーの瞳は、獲物を狙う猛禽のように細められる。
 それを見て、ナイジェルは諦めたように息を吐き出す。
「なんだかその騎士が少しかわいそうな気もする」
「俺を本気にさせたのが悪いんですよ」
 自分は悪くないと言い切るセドリックに、ナイジェルは呆れ果てた視線を投げてくる。
「そこまで執着を拗らせているのを見ると、振り向かない番を追い回している竜みたいだ」
 言われたことでなるほど、と納得する。
 竜騎士団で世話をしている竜の中には、番を持つものもいる。
 ほとんどの番は互いに離れたがらず、契約した騎士以外は本当に相手しか見えていない。
 契約した騎士でも、睦みあっているところを邪魔すると、怒りを向けられることもある。
 とにかく竜は執着と愛情が重いのだ。
 言われてみると、セドリックもエリアス以外見えていないし、邪魔をする者がいるなら排除する気でいる。
 エリアスを自身のテリトリーに囲いたくて仕方がないし、彼の目に他の人間を映すことも許せない。
 どろどろとした執着が溢れてしまい、エリアスがかわいそうだと言われるのも理解できる。
 それでも諦める気がないのだから、セドリックは狂っているのかもしれない。
 だからこそ番を欲する竜のようだと言われると、納得してしまう。
 セドリックは百年に一度現れるか現れないかというくらい、神竜の血が濃い王族である。
 伯父の話では、魔力の性質が見える瞳を持つ王族はたまにいたらしい。
 そういう人間は、やはり血が濃い者だけだった。
 そんな話を父である国王に伝えれば、セドリックの意思に関係なく、王太子にされていただろう。
 伯父も血が濃い王族だったらしく、そのことを知られないように、セドリック以外の王族には黙っていたのだ。
 セドリックに話したのは、彼が幼少期にその血のせいでとても悩んでいたからだ。
 誰にも言えず、心を閉ざしていた甥を見ていられなかったのだ。
「番ですか。妙に合う例えです。まあ、それならトリスタンはエリアスを諦めざるを得ないですね」
「竜の執着はすごいからね。私からもトリスタンにしつこくしないよう言っておこう」
「いいんですか? 兄上が俺の味方をするのも珍しいですね」
「セドリックの邪魔をして、敵認定されたくないからね」
 エリアスほどではないにしても、セドリックも剣技や体力面では竜騎士団一の実力がある。
 そして竜に最も慕われる人間でもあった。
 その彼を敵に回せば、同じ王族であっても竜に嫌われてしまうかもしれない。
 そんなことになれば国の防衛にも関わる。
 そこまで重視される存在ではないと思っていても、兄に認められるのは素直にうれしい。
 これで、王太子という大きな味方をつけることができたのは、僥倖だ。
 このまま徐々に味方を増やして、徹底的にエリアスを囲い込むつもりである。
 まだエリアスが覚悟を決めていないと分かっていても、決める前に離れられなくするつもりだ。
 必ず、手中に収めてみせる。
 その未来を想像するだけで、セドリックの顔には笑みが浮かぶのだった。