第12話 突然の公表
ー/ー 食堂を利用するには少し早い時間だった。まだ人も少なく、これなら注目されることなく食事ができる。
そう思い、一階まで階段を下りてきたエリアスは、すぐに首を傾げることになる。
食堂を利用する人は多くないのに、向けられる目の多さに少しばかり驚いた。
道中すれ違う騎士の視線が背中に突き刺さる。遠慮もなくじろじろ眺めてくる者もいた。
騎士だけではなく食事を作る料理人まで、エリアスへ視線を向けている。
普段でもこれほど注目されることはない。
はじめは不思議に思うだけだった。まだ人がまばらな食堂で席に座ると、次第に気まずい思いをし始める。
時間が進むにつれて食堂へやってくる騎士が増えると、針の筵に座っているような気分になる。
ここまで憚ることなく見られるのははじめてで、居心地の悪さに食事を味わう暇もない。
砂をかむように食事を進めていると、慣れた気配が近づいてきた。
「おはよう、エリアス。……大丈夫か?」
「……兄さん」
シルヴェスターに声をかけられて、エリアスはなんとも言えない表情で迎えた。
見知った気配に気が抜けたのか、口から疲れた溜め息が溢れてしまう。
「この視線はなんなんだ? いったい、俺は何をしたんだ?」
周囲に視線があることを気にして、言葉を崩さないエリアスを、義兄が苦笑して見ている。
それもすぐに心配げな表情に変わる。
セドリックの部屋に泊まったことが知られたとしても、これほど早く話が回るとは思えない。
王子の様子では知らせたのはトリスタンだけのはずである。
そもそも普段からあまり目立った行動をしない第二王子が、何かしら噂の種を蒔くとも思えない。
「……広まるのが早いな。まあ、噂が好きな貴族なら当然か」
ぐるりと食堂の様子を一度見てから、シルヴェスターは困惑したように呟く。
「何か知っているのか?」
「見られたんだよ」
一瞬心臓が大きく脈打つ。セドリックと連れ立っているのを見られたのだろうか。
「……何を?」
恐る恐る尋ねると、シルヴェスターが気遣うような視線を向けてきた。
「ロベルト様とエリアスが話しているところを、下級貴族に見られたんだ」
「ああ、それのことか」
ぼんやりと実父との記憶が蘇る。昨夜の言い争いなどすっかり忘れていた。
セドリックと過ごした夜が濃厚すぎて、ロベルトのことなど記憶の波に流されていた。
「大丈夫か?」
義兄はエリアスがロベルトを避けているのを知っている。
黙ってしまったエリアスが余程衝撃を受けたと思ったのか、シルヴェスターは心配そうに見ている。
すっかり忘れていたなんて、言えそうにない。
居心地の悪さを感じながら、噂の詳細を聞こうと話題を向ける。
「どんな噂が流れているんだ?」
「所詮は噂だからな。根拠のないものばかりさ。ロベルト様とエリアスが秘密の恋人だとか、エリアスがエレオノーラ様に惚れたとか。そんなものもあるけど、実の親子だというのもある。真実も混じっている分、厄介だな」
エレオノーラの薬草園には頻繁に通っているから、見られていても不思議ではない。
実母との噂も以前からもあったため、それほど驚かなかった。
「そこまで問題じゃない気もするけど、放置するわけにもいかないよな」
「噂は噂でも、もっと厄介なものが出てくる可能性もある。そうなる前に手を打った方がいいだろうな」
ずっと放置していたつけが回ってきたのだ。
どうしたものかと頭を悩ませても、いい方法が思いつかない。
この際、真実を公開した方が傷は浅く済むかもしれない。
そんなことを考えていると、食堂の入り口が急に騒がしくなった。
何気なく視線をそちらへ向けると、トリスタンが姿勢良くこちらに歩いてきていた。
騎士の寮に来るのも珍しいけれど、その顔は厳しく顰められている。ただ寮の食堂に見学へやってきたわけではないと分かる。
「エリアス。急いで王城の方へ来てくれ。大切な話がある」
決して大きな声ではないのに、周囲がしんと緊張するには十分だった。
「分かりました」
「片付けは俺がしておくから、エリアスは部屋で着替えてくるといい」
「ありがとう、兄さん」
エリアスは席を立ったけれど、トリスタンはその場に残るようだった。
「執務室で待っている」
「分かりました」
ちらりと義兄の方へ視線を送ると、頷くだけでそれ以上言葉はなかった。
シルヴェスターとトリスタンの間にある空気は刺々しいもので、これから仲良く談笑という雰囲気ではなかった。
トリスタンがエリアスを護衛騎士に望んだときから、ふたりの仲はあまりよくないのだ。
それでも上司と義兄の言葉を無視するわけには行かず、エリアスは寮の自室へと戻った。
しかし、事態はエリアスが執務室へ向かうよりも先に動き始めてしまい、道中では朝よりもさらに多くの視線を向けられることになってしまった。
不機嫌を隠すことなく歩いていると、エリアスに話しかける勇気ある人物はいなかった。代わりにこそこそ隠れるように話をされて苛立ってしまう。
ひそひそと囁かれる話の内容を拾った後は、さらに機嫌は落ちていく。
内容のほとんどはロベルトとエリアスのことだった。シルヴェスターが教えてくれた内容はあまり聞かない。
本人聞こえるような声で話しているのに、これで隠しているつもりなのだろう。本当は本人に聞かせるのが狙いかもしれない。
エリアスがそう思ってしまうのも無理はない。
それ以上に恐れるような視線と、怯えた表情が気に障る。
今までは好奇と蔑みばかりだったのに、たった数十分で掌を返したような変わりようだ。
エリアスは怒りで握った拳が震えそうだった。
シルヴェスターが話していた内容に嘘はなかったけれど、少し情報が遅かった。
寮の掲示板に張り出されていた広報紙に掲載されていたのは、国王がエリアスを英雄の息子であると認める内容だった。
出回っていた噂はかき消えてしまったけれど、今度は公表された内容で今は持ちきりだ。
今朝の広報に載っていたということは、少なくとも前日の夜遅くにはそういう流れになっていたということだ。けれどそんな短時間で決めるようなことではない。
事前に相談もなく広められた話に、エリアスは怒りを通り越して、頭が沸騰しそうだった。
トリスタンの執務室へ入った瞬間、押さえていた怒気が体中から溢れ出てしまい、魔力が荒々しく波打つ。
「何考えているんだ、あの男は!」
「エリアス、落ち着け。魔力が溢れている」
部屋の中ではトリスタンだけではなく、シルヴェスターとセドリックまでいる。他の近衛騎士は護衛として部屋の隅に立っている。
一度近衛騎士たちへ視線を向けて、トリスタンを見る。
「……俺も仕事をした方がいいでしょうか」
「いや、大事な話があると言っただろう。それにお前は今日休みだ。……変なところで真面目だな」
「一応これでも騎士なので」
着替えた服も近衛騎士の制服である。このまま仕事をしても特に問題はない。
一度大きく呼吸をしてから、なんとか魔力を落ち着ける。
「見事なものだな。たった数秒で乱れた魔力が落ち着いている」
トリスタンの感想に、シルヴェスターは得意そうに胸を張っている。
「幼い頃から訓練を続けていますから、エリアスの魔力制御は上手いですよ。調整の方はまったくできませんが」
確かに、自分の感情で乱れたものなら制御し慣れている。それでも感情の振れ幅によっては、なかなか上手くできないこともある。
そして、シルヴェスターの言う通り、エリアスは他人の魔力調整ができない体質だった。
調整のためには相手に己の魔力を流さなければならない。しかしエリアスの魔力を流すと、ほとんどの人間は拒絶反応が起こすのだ。
大きすぎる魔力は一般人に適さないということかもしれない。
幼い頃にシルヴェスターと遊びでしたことはあったけれど、やはり拒絶反応が出てしまった。
それ以降は他人の魔力調整をしたことはない。
「あまり自慢できることではありません。今はそんなことよりも、あの男が公表した内容です」
歯噛みしながら、実父へ恨みが湧いてきそうになる。
「……エリアスを実子だと認めたようだな。俺も先程知らせを聞いて、急いで来たんだが、既にあちこちで話が広まっている」
セドリックが口を開くまで、なぜここにいるのかは分からなかった。話を聞いて、野次馬でもしに来たのだろうと理解する。
気遣うようなアイスブルーの瞳にただそれだけではないのだとわかるけれど、エリアスは気づかないふりをした。
「ほとんどが真実を知らない貴族ばかりだから、しばらくは周囲がうるさくなるでしょうね」
シルヴェスターの唸るような声に、エリアスは暗鬱とした表情になる。
「父上にも迷惑をかけてしまうかもしれない……」
ロベルトのことではなく、サザランド伯爵のことである。
「父さんはそういうことがいつ起きてもいいように、準備してるはずだ。それに、最初からその覚悟がないと、エリアスのことをサザランドの籍に入れるなんて言わないさ」
「……そうだな」
実の両親が判明した後も、義父クラレンス・サザランドはエリアスのことを息子だと言ってくれたのだ。
英雄の息子を引き取ることは様々な面で大変なことだ。しかも本人は公表したくないというわがままを言ったのだ。
当時はわからなかったけれど、年を重ねてエリアスも理解している。あのわがままにはかなり無理があったのだ。
あの頃には、既に義父は覚悟を決めていたのだとエリアスも考えている。
クラレンスならば気にするなと言うとわかっていても、申し訳なく思うのはどうしようもできない。
「だが、ロベルトの対応が存外早かったな。俺はそれでよかったとは思うが、お前はどうだ」
セドリックがトリスタンに話しかけると、弟三王子は驚きで目を瞠っている。
「……俺の前で演技をするのはおやめになったのですか?」
あまりこの兄弟が話しているところを見たことはない。互いに近づかないようにしていたのだから、仕方がない。
この様子だと、ふたりで会話をするときもセドリックは穏やかな仮面をつけていたのだろう。
今のセドリックは慇懃とまでは行かないまでも、鋭い目をしていて穏やかには見えない。
「欲しいものができたからな」
ちらりとセドリックが向けてくる視線に気づいて、エリアスは悪寒で背筋が粟立つ。
「そういえば、昨夜は兄上のところに泊まったと言っていましたね。なるほど……」
「まあ、そういうことだ」
王子たちふたりのやりとりを見て、エリアスは慌てる。
「何を考えているのか分かりませんが、深読みするようなことは起こっていませんからね!?」
楽しそうに笑うセドリックを見て、エリアスはこれ以上何も言わないでほしいと願う。
実際は魔力調整を行っただけで、何もやましいことはないのに思い出すだけで赤面しそうになる。
セドリックから欲を孕む瞳で見みられているのに気づいて、背筋が戦慄する。
なぜそんな強い目を向けてくるのだろうか。
たった一晩ベッドをともにしただけなのに、こんなに熱のこもった視線を向けられて戸惑うしかない。
セドリックのアイスブルーの瞳から逃れるように視線を逸らすと、シルヴェスターが不思議そうにこちらを見ていた。
その視線が余計に居たたまれない思いを助長させて、目を泳がせてしまう。
「ロベルト様もいつかこうなるとは予測できたでしょうし、対応策のひとつとして事前に準備していたのだと思います」
話題を元に戻すシルヴェスターには感謝するしかない。
「貴族の中にはエリアスが王族の身分だと疑う輩もいた。上手く利用すれば、エリアスの排除もできるから、早めに公表したのかもしれない」
セドリックの言葉にエリアスは驚いてしまう。
そんな噂があったとは知らなかったのだ。
「噂だけでそこまでできますか?」
「必ずそうなるとは限らないが、噂に含まれるのは真実だけではない。お前を陥れようとする連中もいるし、そいつらにいいように利用される可能性もある」
何が起こるか分からないからこそ、用心しなくてはいけない。セドリックはそう言いたいのだろう。
「陛下から公表されたのだから、誰もそのことで表立って苦情を言うやつはいないはずだ」
今まで隠し続ていたことや、公表が遅れた理由は国王の意向であると、国王自身が公言している。
「これから周囲が騒がしくなるな」
セドリックの言葉はこれからの事態を容易に想像できるもので、エリアスは顔を歪める。
「ああ、面倒なことになった……」
「俺も手を貸すから、あまり気負うな」
トリスタンの声に続くように、セドリックとシルヴェスターも頷いている。
それに嬉しく思うものの、未来への不安は消せそうになかった。
そう思い、一階まで階段を下りてきたエリアスは、すぐに首を傾げることになる。
食堂を利用する人は多くないのに、向けられる目の多さに少しばかり驚いた。
道中すれ違う騎士の視線が背中に突き刺さる。遠慮もなくじろじろ眺めてくる者もいた。
騎士だけではなく食事を作る料理人まで、エリアスへ視線を向けている。
普段でもこれほど注目されることはない。
はじめは不思議に思うだけだった。まだ人がまばらな食堂で席に座ると、次第に気まずい思いをし始める。
時間が進むにつれて食堂へやってくる騎士が増えると、針の筵に座っているような気分になる。
ここまで憚ることなく見られるのははじめてで、居心地の悪さに食事を味わう暇もない。
砂をかむように食事を進めていると、慣れた気配が近づいてきた。
「おはよう、エリアス。……大丈夫か?」
「……兄さん」
シルヴェスターに声をかけられて、エリアスはなんとも言えない表情で迎えた。
見知った気配に気が抜けたのか、口から疲れた溜め息が溢れてしまう。
「この視線はなんなんだ? いったい、俺は何をしたんだ?」
周囲に視線があることを気にして、言葉を崩さないエリアスを、義兄が苦笑して見ている。
それもすぐに心配げな表情に変わる。
セドリックの部屋に泊まったことが知られたとしても、これほど早く話が回るとは思えない。
王子の様子では知らせたのはトリスタンだけのはずである。
そもそも普段からあまり目立った行動をしない第二王子が、何かしら噂の種を蒔くとも思えない。
「……広まるのが早いな。まあ、噂が好きな貴族なら当然か」
ぐるりと食堂の様子を一度見てから、シルヴェスターは困惑したように呟く。
「何か知っているのか?」
「見られたんだよ」
一瞬心臓が大きく脈打つ。セドリックと連れ立っているのを見られたのだろうか。
「……何を?」
恐る恐る尋ねると、シルヴェスターが気遣うような視線を向けてきた。
「ロベルト様とエリアスが話しているところを、下級貴族に見られたんだ」
「ああ、それのことか」
ぼんやりと実父との記憶が蘇る。昨夜の言い争いなどすっかり忘れていた。
セドリックと過ごした夜が濃厚すぎて、ロベルトのことなど記憶の波に流されていた。
「大丈夫か?」
義兄はエリアスがロベルトを避けているのを知っている。
黙ってしまったエリアスが余程衝撃を受けたと思ったのか、シルヴェスターは心配そうに見ている。
すっかり忘れていたなんて、言えそうにない。
居心地の悪さを感じながら、噂の詳細を聞こうと話題を向ける。
「どんな噂が流れているんだ?」
「所詮は噂だからな。根拠のないものばかりさ。ロベルト様とエリアスが秘密の恋人だとか、エリアスがエレオノーラ様に惚れたとか。そんなものもあるけど、実の親子だというのもある。真実も混じっている分、厄介だな」
エレオノーラの薬草園には頻繁に通っているから、見られていても不思議ではない。
実母との噂も以前からもあったため、それほど驚かなかった。
「そこまで問題じゃない気もするけど、放置するわけにもいかないよな」
「噂は噂でも、もっと厄介なものが出てくる可能性もある。そうなる前に手を打った方がいいだろうな」
ずっと放置していたつけが回ってきたのだ。
どうしたものかと頭を悩ませても、いい方法が思いつかない。
この際、真実を公開した方が傷は浅く済むかもしれない。
そんなことを考えていると、食堂の入り口が急に騒がしくなった。
何気なく視線をそちらへ向けると、トリスタンが姿勢良くこちらに歩いてきていた。
騎士の寮に来るのも珍しいけれど、その顔は厳しく顰められている。ただ寮の食堂に見学へやってきたわけではないと分かる。
「エリアス。急いで王城の方へ来てくれ。大切な話がある」
決して大きな声ではないのに、周囲がしんと緊張するには十分だった。
「分かりました」
「片付けは俺がしておくから、エリアスは部屋で着替えてくるといい」
「ありがとう、兄さん」
エリアスは席を立ったけれど、トリスタンはその場に残るようだった。
「執務室で待っている」
「分かりました」
ちらりと義兄の方へ視線を送ると、頷くだけでそれ以上言葉はなかった。
シルヴェスターとトリスタンの間にある空気は刺々しいもので、これから仲良く談笑という雰囲気ではなかった。
トリスタンがエリアスを護衛騎士に望んだときから、ふたりの仲はあまりよくないのだ。
それでも上司と義兄の言葉を無視するわけには行かず、エリアスは寮の自室へと戻った。
しかし、事態はエリアスが執務室へ向かうよりも先に動き始めてしまい、道中では朝よりもさらに多くの視線を向けられることになってしまった。
不機嫌を隠すことなく歩いていると、エリアスに話しかける勇気ある人物はいなかった。代わりにこそこそ隠れるように話をされて苛立ってしまう。
ひそひそと囁かれる話の内容を拾った後は、さらに機嫌は落ちていく。
内容のほとんどはロベルトとエリアスのことだった。シルヴェスターが教えてくれた内容はあまり聞かない。
本人聞こえるような声で話しているのに、これで隠しているつもりなのだろう。本当は本人に聞かせるのが狙いかもしれない。
エリアスがそう思ってしまうのも無理はない。
それ以上に恐れるような視線と、怯えた表情が気に障る。
今までは好奇と蔑みばかりだったのに、たった数十分で掌を返したような変わりようだ。
エリアスは怒りで握った拳が震えそうだった。
シルヴェスターが話していた内容に嘘はなかったけれど、少し情報が遅かった。
寮の掲示板に張り出されていた広報紙に掲載されていたのは、国王がエリアスを英雄の息子であると認める内容だった。
出回っていた噂はかき消えてしまったけれど、今度は公表された内容で今は持ちきりだ。
今朝の広報に載っていたということは、少なくとも前日の夜遅くにはそういう流れになっていたということだ。けれどそんな短時間で決めるようなことではない。
事前に相談もなく広められた話に、エリアスは怒りを通り越して、頭が沸騰しそうだった。
トリスタンの執務室へ入った瞬間、押さえていた怒気が体中から溢れ出てしまい、魔力が荒々しく波打つ。
「何考えているんだ、あの男は!」
「エリアス、落ち着け。魔力が溢れている」
部屋の中ではトリスタンだけではなく、シルヴェスターとセドリックまでいる。他の近衛騎士は護衛として部屋の隅に立っている。
一度近衛騎士たちへ視線を向けて、トリスタンを見る。
「……俺も仕事をした方がいいでしょうか」
「いや、大事な話があると言っただろう。それにお前は今日休みだ。……変なところで真面目だな」
「一応これでも騎士なので」
着替えた服も近衛騎士の制服である。このまま仕事をしても特に問題はない。
一度大きく呼吸をしてから、なんとか魔力を落ち着ける。
「見事なものだな。たった数秒で乱れた魔力が落ち着いている」
トリスタンの感想に、シルヴェスターは得意そうに胸を張っている。
「幼い頃から訓練を続けていますから、エリアスの魔力制御は上手いですよ。調整の方はまったくできませんが」
確かに、自分の感情で乱れたものなら制御し慣れている。それでも感情の振れ幅によっては、なかなか上手くできないこともある。
そして、シルヴェスターの言う通り、エリアスは他人の魔力調整ができない体質だった。
調整のためには相手に己の魔力を流さなければならない。しかしエリアスの魔力を流すと、ほとんどの人間は拒絶反応が起こすのだ。
大きすぎる魔力は一般人に適さないということかもしれない。
幼い頃にシルヴェスターと遊びでしたことはあったけれど、やはり拒絶反応が出てしまった。
それ以降は他人の魔力調整をしたことはない。
「あまり自慢できることではありません。今はそんなことよりも、あの男が公表した内容です」
歯噛みしながら、実父へ恨みが湧いてきそうになる。
「……エリアスを実子だと認めたようだな。俺も先程知らせを聞いて、急いで来たんだが、既にあちこちで話が広まっている」
セドリックが口を開くまで、なぜここにいるのかは分からなかった。話を聞いて、野次馬でもしに来たのだろうと理解する。
気遣うようなアイスブルーの瞳にただそれだけではないのだとわかるけれど、エリアスは気づかないふりをした。
「ほとんどが真実を知らない貴族ばかりだから、しばらくは周囲がうるさくなるでしょうね」
シルヴェスターの唸るような声に、エリアスは暗鬱とした表情になる。
「父上にも迷惑をかけてしまうかもしれない……」
ロベルトのことではなく、サザランド伯爵のことである。
「父さんはそういうことがいつ起きてもいいように、準備してるはずだ。それに、最初からその覚悟がないと、エリアスのことをサザランドの籍に入れるなんて言わないさ」
「……そうだな」
実の両親が判明した後も、義父クラレンス・サザランドはエリアスのことを息子だと言ってくれたのだ。
英雄の息子を引き取ることは様々な面で大変なことだ。しかも本人は公表したくないというわがままを言ったのだ。
当時はわからなかったけれど、年を重ねてエリアスも理解している。あのわがままにはかなり無理があったのだ。
あの頃には、既に義父は覚悟を決めていたのだとエリアスも考えている。
クラレンスならば気にするなと言うとわかっていても、申し訳なく思うのはどうしようもできない。
「だが、ロベルトの対応が存外早かったな。俺はそれでよかったとは思うが、お前はどうだ」
セドリックがトリスタンに話しかけると、弟三王子は驚きで目を瞠っている。
「……俺の前で演技をするのはおやめになったのですか?」
あまりこの兄弟が話しているところを見たことはない。互いに近づかないようにしていたのだから、仕方がない。
この様子だと、ふたりで会話をするときもセドリックは穏やかな仮面をつけていたのだろう。
今のセドリックは慇懃とまでは行かないまでも、鋭い目をしていて穏やかには見えない。
「欲しいものができたからな」
ちらりとセドリックが向けてくる視線に気づいて、エリアスは悪寒で背筋が粟立つ。
「そういえば、昨夜は兄上のところに泊まったと言っていましたね。なるほど……」
「まあ、そういうことだ」
王子たちふたりのやりとりを見て、エリアスは慌てる。
「何を考えているのか分かりませんが、深読みするようなことは起こっていませんからね!?」
楽しそうに笑うセドリックを見て、エリアスはこれ以上何も言わないでほしいと願う。
実際は魔力調整を行っただけで、何もやましいことはないのに思い出すだけで赤面しそうになる。
セドリックから欲を孕む瞳で見みられているのに気づいて、背筋が戦慄する。
なぜそんな強い目を向けてくるのだろうか。
たった一晩ベッドをともにしただけなのに、こんなに熱のこもった視線を向けられて戸惑うしかない。
セドリックのアイスブルーの瞳から逃れるように視線を逸らすと、シルヴェスターが不思議そうにこちらを見ていた。
その視線が余計に居たたまれない思いを助長させて、目を泳がせてしまう。
「ロベルト様もいつかこうなるとは予測できたでしょうし、対応策のひとつとして事前に準備していたのだと思います」
話題を元に戻すシルヴェスターには感謝するしかない。
「貴族の中にはエリアスが王族の身分だと疑う輩もいた。上手く利用すれば、エリアスの排除もできるから、早めに公表したのかもしれない」
セドリックの言葉にエリアスは驚いてしまう。
そんな噂があったとは知らなかったのだ。
「噂だけでそこまでできますか?」
「必ずそうなるとは限らないが、噂に含まれるのは真実だけではない。お前を陥れようとする連中もいるし、そいつらにいいように利用される可能性もある」
何が起こるか分からないからこそ、用心しなくてはいけない。セドリックはそう言いたいのだろう。
「陛下から公表されたのだから、誰もそのことで表立って苦情を言うやつはいないはずだ」
今まで隠し続ていたことや、公表が遅れた理由は国王の意向であると、国王自身が公言している。
「これから周囲が騒がしくなるな」
セドリックの言葉はこれからの事態を容易に想像できるもので、エリアスは顔を歪める。
「ああ、面倒なことになった……」
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はじめは不思議に思うだけだった。まだ人がまばらな食堂で席に座ると、次第に気まずい思いをし始める。
時間が進むにつれて食堂へやってくる騎士が増えると、針の筵に座っているような気分になる。
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「……兄さん」
「……兄さん」
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見知った気配に気が抜けたのか、口から疲れた溜め息が溢れてしまう。
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それもすぐに心配げな表情に変わる。
それもすぐに心配げな表情に変わる。
セドリックの部屋に泊まったことが知られたとしても、これほど早く話が回るとは思えない。
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王子の様子では知らせたのはトリスタンだけのはずである。
そもそも普段からあまり目立った行動をしない第二王子が、何かしら噂の種を蒔くとも思えない。
「……広まるのが早いな。まあ、噂が好きな貴族なら当然か」
ぐるりと食堂の様子を一度見てから、シルヴェスターは困惑したように呟く。
「何か知っているのか?」
「見られたんだよ」
「見られたんだよ」
一瞬心臓が大きく脈打つ。セドリックと連れ立っているのを見られたのだろうか。
「……何を?」
恐る恐る尋ねると、シルヴェスターが気遣うような視線を向けてきた。
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「ああ、それのことか」
「ああ、それのことか」
ぼんやりと実父との記憶が蘇る。昨夜の言い争いなどすっかり忘れていた。
セドリックと過ごした夜が濃厚すぎて、ロベルトのことなど記憶の波に流されていた。
セドリックと過ごした夜が濃厚すぎて、ロベルトのことなど記憶の波に流されていた。
「大丈夫か?」
義兄はエリアスがロベルトを避けているのを知っている。
黙ってしまったエリアスが余程衝撃を受けたと思ったのか、シルヴェスターは心配そうに見ている。
すっかり忘れていたなんて、言えそうにない。
黙ってしまったエリアスが余程衝撃を受けたと思ったのか、シルヴェスターは心配そうに見ている。
すっかり忘れていたなんて、言えそうにない。
居心地の悪さを感じながら、噂の詳細を聞こうと話題を向ける。
「どんな噂が流れているんだ?」
「所詮は噂だからな。根拠のないものばかりさ。ロベルト様とエリアスが秘密の恋人だとか、エリアスがエレオノーラ様に惚れたとか。そんなものもあるけど、実の親子だというのもある。真実も混じっている分、厄介だな」
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エレオノーラの薬草園には頻繁に通っているから、見られていても不思議ではない。
実母との噂も以前からもあったため、それほど驚かなかった。
実母との噂も以前からもあったため、それほど驚かなかった。
「そこまで問題じゃない気もするけど、放置するわけにもいかないよな」
「噂は噂でも、もっと厄介なものが出てくる可能性もある。そうなる前に手を打った方がいいだろうな」
「噂は噂でも、もっと厄介なものが出てくる可能性もある。そうなる前に手を打った方がいいだろうな」
ずっと放置していたつけが回ってきたのだ。
どうしたものかと頭を悩ませても、いい方法が思いつかない。
この際、真実を公開した方が傷は浅く済むかもしれない。
どうしたものかと頭を悩ませても、いい方法が思いつかない。
この際、真実を公開した方が傷は浅く済むかもしれない。
そんなことを考えていると、食堂の入り口が急に騒がしくなった。
何気なく視線をそちらへ向けると、トリスタンが姿勢良くこちらに歩いてきていた。
騎士の寮に来るのも珍しいけれど、その顔は厳しく顰められている。ただ寮の食堂に見学へやってきたわけではないと分かる。
騎士の寮に来るのも珍しいけれど、その顔は厳しく顰められている。ただ寮の食堂に見学へやってきたわけではないと分かる。
「エリアス。急いで王城の方へ来てくれ。大切な話がある」
決して大きな声ではないのに、周囲がしんと緊張するには十分だった。
「分かりました」
「片付けは俺がしておくから、エリアスは部屋で着替えてくるといい」
「ありがとう、兄さん」
「片付けは俺がしておくから、エリアスは部屋で着替えてくるといい」
「ありがとう、兄さん」
エリアスは席を立ったけれど、トリスタンはその場に残るようだった。
「執務室で待っている」
「分かりました」
「分かりました」
ちらりと義兄の方へ視線を送ると、頷くだけでそれ以上言葉はなかった。
シルヴェスターとトリスタンの間にある空気は刺々しいもので、これから仲良く談笑という雰囲気ではなかった。
トリスタンがエリアスを護衛騎士に望んだときから、ふたりの仲はあまりよくないのだ。
トリスタンがエリアスを護衛騎士に望んだときから、ふたりの仲はあまりよくないのだ。
それでも上司と義兄の言葉を無視するわけには行かず、エリアスは寮の自室へと戻った。
しかし、事態はエリアスが執務室へ向かうよりも先に動き始めてしまい、道中では朝よりもさらに多くの視線を向けられることになってしまった。
不機嫌を隠すことなく歩いていると、エリアスに話しかける勇気ある人物はいなかった。代わりにこそこそ隠れるように話をされて苛立ってしまう。
ひそひそと囁かれる話の内容を拾った後は、さらに機嫌は落ちていく。
ひそひそと囁かれる話の内容を拾った後は、さらに機嫌は落ちていく。
内容のほとんどはロベルトとエリアスのことだった。シルヴェスターが教えてくれた内容はあまり聞かない。
本人聞こえるような声で話しているのに、これで隠しているつもりなのだろう。本当は本人に聞かせるのが狙いかもしれない。
エリアスがそう思ってしまうのも無理はない。
エリアスがそう思ってしまうのも無理はない。
それ以上に恐れるような視線と、怯えた表情が気に障る。
今までは好奇と蔑みばかりだったのに、たった数十分で掌を返したような変わりようだ。
今までは好奇と蔑みばかりだったのに、たった数十分で掌を返したような変わりようだ。
エリアスは怒りで握った拳が震えそうだった。
シルヴェスターが話していた内容に嘘はなかったけれど、少し情報が遅かった。
シルヴェスターが話していた内容に嘘はなかったけれど、少し情報が遅かった。
寮の掲示板に張り出されていた広報紙に掲載されていたのは、国王がエリアスを英雄の息子であると認める内容だった。
出回っていた噂はかき消えてしまったけれど、今度は公表された内容で今は持ちきりだ。
今朝の広報に載っていたということは、少なくとも前日の夜遅くにはそういう流れになっていたということだ。けれどそんな短時間で決めるようなことではない。
事前に相談もなく広められた話に、エリアスは怒りを通り越して、頭が沸騰しそうだった。
トリスタンの執務室へ入った瞬間、押さえていた怒気が体中から溢れ出てしまい、魔力が荒々しく波打つ。
「何考えているんだ、あの男は!」
「エリアス、落ち着け。魔力が溢れている」
「エリアス、落ち着け。魔力が溢れている」
部屋の中ではトリスタンだけではなく、シルヴェスターとセドリックまでいる。他の近衛騎士は護衛として部屋の隅に立っている。
一度近衛騎士たちへ視線を向けて、トリスタンを見る。
一度近衛騎士たちへ視線を向けて、トリスタンを見る。
「……俺も仕事をした方がいいでしょうか」
「いや、大事な話があると言っただろう。それにお前は今日休みだ。……変なところで真面目だな」
「一応これでも騎士なので」
「いや、大事な話があると言っただろう。それにお前は今日休みだ。……変なところで真面目だな」
「一応これでも騎士なので」
着替えた服も近衛騎士の制服である。このまま仕事をしても特に問題はない。
一度大きく呼吸をしてから、なんとか魔力を落ち着ける。
「見事なものだな。たった数秒で乱れた魔力が落ち着いている」
トリスタンの感想に、シルヴェスターは得意そうに胸を張っている。
「幼い頃から訓練を続けていますから、エリアスの魔力制御は上手いですよ。調整の方はまったくできませんが」
確かに、自分の感情で乱れたものなら制御し慣れている。それでも感情の振れ幅によっては、なかなか上手くできないこともある。
そして、シルヴェスターの言う通り、エリアスは他人の魔力調整ができない体質だった。
調整のためには相手に己の魔力を流さなければならない。しかしエリアスの魔力を流すと、ほとんどの人間は拒絶反応が起こすのだ。
大きすぎる魔力は一般人に適さないということかもしれない。
大きすぎる魔力は一般人に適さないということかもしれない。
幼い頃にシルヴェスターと遊びでしたことはあったけれど、やはり拒絶反応が出てしまった。
それ以降は他人の魔力調整をしたことはない。
それ以降は他人の魔力調整をしたことはない。
「あまり自慢できることではありません。今はそんなことよりも、あの男が公表した内容です」
歯噛みしながら、実父へ恨みが湧いてきそうになる。
「……エリアスを実子だと認めたようだな。俺も先程知らせを聞いて、急いで来たんだが、既にあちこちで話が広まっている」
セドリックが口を開くまで、なぜここにいるのかは分からなかった。話を聞いて、野次馬でもしに来たのだろうと理解する。
気遣うようなアイスブルーの瞳にただそれだけではないのだとわかるけれど、エリアスは気づかないふりをした。
気遣うようなアイスブルーの瞳にただそれだけではないのだとわかるけれど、エリアスは気づかないふりをした。
「ほとんどが真実を知らない貴族ばかりだから、しばらくは周囲がうるさくなるでしょうね」
シルヴェスターの唸るような声に、エリアスは暗鬱とした表情になる。
「父上にも迷惑をかけてしまうかもしれない……」
ロベルトのことではなく、サザランド伯爵のことである。
「父さんはそういうことがいつ起きてもいいように、準備してるはずだ。それに、最初からその覚悟がないと、エリアスのことをサザランドの籍に入れるなんて言わないさ」
「……そうだな」
「……そうだな」
実の両親が判明した後も、義父クラレンス・サザランドはエリアスのことを息子だと言ってくれたのだ。
英雄の息子を引き取ることは様々な面で大変なことだ。しかも本人は公表したくないというわがままを言ったのだ。
英雄の息子を引き取ることは様々な面で大変なことだ。しかも本人は公表したくないというわがままを言ったのだ。
当時はわからなかったけれど、年を重ねてエリアスも理解している。あのわがままにはかなり無理があったのだ。
あの頃には、既に義父は覚悟を決めていたのだとエリアスも考えている。
クラレンスならば気にするなと言うとわかっていても、申し訳なく思うのはどうしようもできない。
クラレンスならば気にするなと言うとわかっていても、申し訳なく思うのはどうしようもできない。
「だが、ロベルトの対応が存外早かったな。俺はそれでよかったとは思うが、お前はどうだ」
セドリックがトリスタンに話しかけると、弟三王子は驚きで目を瞠っている。
「……俺の前で演技をするのはおやめになったのですか?」
あまりこの兄弟が話しているところを見たことはない。互いに近づかないようにしていたのだから、仕方がない。
この様子だと、ふたりで会話をするときもセドリックは穏やかな仮面をつけていたのだろう。
この様子だと、ふたりで会話をするときもセドリックは穏やかな仮面をつけていたのだろう。
今のセドリックは慇懃とまでは行かないまでも、鋭い目をしていて穏やかには見えない。
「欲しいものができたからな」
ちらりとセドリックが向けてくる視線に気づいて、エリアスは悪寒で背筋が粟立つ。
「そういえば、昨夜は兄上のところに泊まったと言っていましたね。なるほど……」
「まあ、そういうことだ」
「まあ、そういうことだ」
王子たちふたりのやりとりを見て、エリアスは慌てる。
「何を考えているのか分かりませんが、深読みするようなことは起こっていませんからね!?」
楽しそうに笑うセドリックを見て、エリアスはこれ以上何も言わないでほしいと願う。
実際は魔力調整を行っただけで、何もやましいことはないのに思い出すだけで赤面しそうになる。
実際は魔力調整を行っただけで、何もやましいことはないのに思い出すだけで赤面しそうになる。
セドリックから欲を孕む瞳で見みられているのに気づいて、背筋が戦慄する。
なぜそんな強い目を向けてくるのだろうか。
たった一晩ベッドをともにしただけなのに、こんなに熱のこもった視線を向けられて戸惑うしかない。
なぜそんな強い目を向けてくるのだろうか。
たった一晩ベッドをともにしただけなのに、こんなに熱のこもった視線を向けられて戸惑うしかない。
セドリックのアイスブルーの瞳から逃れるように視線を逸らすと、シルヴェスターが不思議そうにこちらを見ていた。
その視線が余計に居たたまれない思いを助長させて、目を泳がせてしまう。
その視線が余計に居たたまれない思いを助長させて、目を泳がせてしまう。
「ロベルト様もいつかこうなるとは予測できたでしょうし、対応策のひとつとして事前に準備していたのだと思います」
話題を元に戻すシルヴェスターには感謝するしかない。
「貴族の中にはエリアスが王族の身分だと疑う輩もいた。上手く利用すれば、エリアスの排除もできるから、早めに公表したのかもしれない」
セドリックの言葉にエリアスは驚いてしまう。
そんな噂があったとは知らなかったのだ。
そんな噂があったとは知らなかったのだ。
「噂だけでそこまでできますか?」
「必ずそうなるとは限らないが、噂に含まれるのは真実だけではない。お前を陥れようとする連中もいるし、そいつらにいいように利用される可能性もある」
「必ずそうなるとは限らないが、噂に含まれるのは真実だけではない。お前を陥れようとする連中もいるし、そいつらにいいように利用される可能性もある」
何が起こるか分からないからこそ、用心しなくてはいけない。セドリックはそう言いたいのだろう。
「陛下から公表されたのだから、誰もそのことで表立って苦情を言うやつはいないはずだ」
今まで隠し続ていたことや、公表が遅れた理由は国王の意向であると、国王自身が公言している。
「これから周囲が騒がしくなるな」
セドリックの言葉はこれからの事態を容易に想像できるもので、エリアスは顔を歪める。
「ああ、面倒なことになった……」
「俺も手を貸すから、あまり気負うな」
「俺も手を貸すから、あまり気負うな」
トリスタンの声に続くように、セドリックとシルヴェスターも頷いている。
それに嬉しく思うものの、未来への不安は消せそうになかった。
それに嬉しく思うものの、未来への不安は消せそうになかった。