父と事故
ー/ー 大学から自宅に戻り、玄関でシューズインクローゼットに靴をしまう。
「お帰りなさい、真斗さん」
エプロン姿の仁美がリビングから現れ、微笑みながら出迎えてくれた。
「今日は、亜希も穂香も遅くなるの」
真斗はどきりとする。
「父さんは?」
「車で山梨県の物件を見に行ってるわ。多分義之さんも遅いと思う」
「そうなんですか……」
今、この家は仁美と真斗の二人きりだ。真斗の良からぬ妄想が膨らみ始めた。
「今夜は、パスタとピザでいいかしら?」
仁美がメニューの提案をする。
「仁美さんの料理は、何でも美味しいですから、俺は何でも好きです」
仁美が作る料理はバラエティに富んでいて、和洋中すべてで高いクオリティだ。
「まあ、真斗さん……ありがとう。嬉しいわ」
はにかんだように微笑む仁美の笑みが素敵だ。
真斗は自室に荷物を置くと、リビングに戻りソファに座った。
オープンキッチンで食事の用意をしている仁美と話をしたかったからだ。
仁美は学校での真斗の様子を聞いてくれる。どんな授業で、どんなことがあって、どんな同級生がいるか、そんな他愛もないことを上手に聞き出してくれる。
真斗はつい夢中になって話し込んでしまう。どんな話でも仁美が笑顔で聴いてくれるからだ。
ひとしきり話した後、仁美は調理に取り掛かり、無言の間ができた。
真斗は特に話題がなくなったので、間を取り繕うために、スマホを手に取る。
突然、テーブルに置いてある仁美のスマホが振動して微かに動いた。
画面には電話番号が表示されている。
「仁美さん、電話です……」
真斗が振り向いて声をかけたが、仁美の姿が消えていた。キッチン裏のパントリーに食材を取りに行っているらしい。
「仁美さん! 電話来てます!」
真斗が少し大きめの声をかけると、パントリーから出てきた仁美が巨乳を縦に揺らし、小走りに駆け寄ってくる。
スマホの振動は仁美が手に取る直前で消えた。
「知らない番号ね……」
履歴を確認した仁美が訝しむ。
「セールスか何かですよ、ほっときましょう」
真斗が言うと、仁美はスマホを置いてキッチンに戻った。
タイトなスカートに包まれた円い尻が、ぷりっと揺れているのを、真斗は無意識に眼でなぞってしまう。
しばらくして今度は、真斗のスマホの着信音が鳴った。
電話番号が表示される。先ほど仁美のスマホに表示された番号と同じだと真斗は直感する。
怪しい人物だったら、きっぱりと拒絶してやろうと真斗は電話に出た。
「瑞原警察署の赤城と申します。桐谷義之さんのご家族の方ですか?」
真斗は警察と聞いて緊張で身体を強張らせた。
「はい、そうですが……失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」
「桐谷義之さんのご本人確認や大切なお話がありますので、瑞原署までお越しいただけないでしょうか?」
「えっ……?」
警察からの電話、そして「本人確認」という言葉で真斗の胸が騒めく。
「父に……何かあったのでしょうか?」
「電話で詳細をお伝えすることは規則でできないことになってます。できるだけ、早く署にお越しいただけますか?」
「ち、ちょっと待ってください」
真斗は頭の中で巡る思考を整理する。警察から父に関する連絡があった。警察が来署することを要請している。
「父は、事件か事故に巻き込まれたのですか?」
「申し訳ありません。先ほど申しましたように今電話ではお伝えできません」
「父は、無事なんですか?」
「申し訳ありません……」
どうやらこれ以上電話で情報は取れないようだ。
「本当に警察の方ですか?」
「はい」
「所属と、階級を教えてください」
警察を騙る詐欺の可能性も考えて、動揺しながらも真斗の頭は冷静に働いた。
「瑞原警察署、交通課交通捜査係、警部補の赤城浩介と申します」
「申し訳ありませんが、いったん切って、こちらから瑞原署に連絡させていただきます」
真斗が言うと、赤城と名乗る警察官は少し間を置いて答えた。
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
真斗が電話を切ると、ただならぬ雰囲気を察したのか、仁美が真斗のすぐ横に立っていた。
「義之さんに、何かあったの?」
瑞原警察署に電話をかけると、赤城警部補に繋がった。
本当に警察からの連絡であったことが確定した。交通課、と赤城警部補は所属を名乗っていた。父は交通事故にあったということだろうか?
仁美が眼を見開き、部屋の中をせわしなく歩き回っている。かなり動揺しているようだ。
すでに夜になるが、瑞原署まで行かなければならない。
真斗は特に車に興味はなかったのだが、義之の強い勧めで卒業後の春休みに運転免許を取得していた。
新しい家に越してきてからは、近所の買い物で何回か運転しただけだ。
高速道路は教習で乗っただけだし、山梨県とはいえ夜間の長距離ドライブには自信がなかった。
かといって、動揺している今の仁美の精神状態で運転してもらうのは、危険だ。
スマホで電車の乗り継ぎを検索する。今からだと帰りの通勤時間帯に被ってしまい、乗り換えも煩雑だ。
ふらふらと夢遊病者のような状態の仁美と電車で移動するのは困難に思えた。
結局真斗はタクシーを呼んだ。かなりの金額になると思うが、緊急事態だ。
こういう時に限って山梨県に向かう高速道路が渋滞している。
「下道の方が早いんじゃないですか?」
真斗が逸る気持ちで運転手に問う。
「お客さん、この時間帯は上も下も変わらないですよ」
素人が口を出すべきではないようだ。呆然と窓の外を眺めている仁美が痛々しい。
さっきから同じ疑問がぐるぐると頭を巡っている。
父の義之が、何らかの交通事故に巻き込まれているのは間違いない。
もし怪我をして病院にいるとしたら、警察はあのような言い方をするだろうか?
警察に来ることを要請するのではなく、入院している病院を教えるのではないか?
最悪の事態の予感が真斗の胸を抉る。
タクシーがゆっくりとだが動き始めた。
道路照明灯の灯りが窓に凭れる仁美の顔を照らす。頬に涙の痕が見えた。
真斗は仁美に何か言葉をかけなければ、と思うが、何を言えばいいかわからなかった。
午後十時過ぎに、瑞原警察署に到着した。
電話で話した赤城警部補が神妙な表情で対応してくれた。
「まずは、こちらへ……」
警察署の奥の長い廊下を進む。真斗の胸がざわついた。
タクシーを降りた仁美はひとりで立っていられない状態だった。
真斗は仁美の腕を取る。仁美は真斗に凭れて足を引きずるように、なんとか歩いている。
赤城が、廊下の突き当りの部屋で立ち止まり、振り返った。
部屋のドアの上に「霊安室」と書かれた札がある。
真斗は最悪の予感が現実になりつつあることを悟る。
「ひっ……」
仁美が息を呑み、足の力が抜けたのか、床に膝をついてしまった。
「仁美さん!」
真斗は慌てて仁美の身体を支える。
「仁美さん! まだ父さんだと決まったわけじゃない……何かの間違いかもしれない!」
真斗は自分に言い聞かせるように、仁美に声をかける。
仁美の右腕を肩に回し、左脇に腕を差し込んで仁美を立ち上がらせた。
「どうぞ……」
赤城が霊安室に二人を招き入れる。
部屋の中央に、ストレッチャーがあり、顔を布で覆われた遺体があった。
真斗と仁美がストレッチャーの脇に立つ。
「ご確認いただけますか?」
赤城はそう言うと、そっと顔にかかった布を取った。
義之だった。
「いやあああああっ!」
仁美が真斗の支えを振り切り、叫びながら義之の遺体に飛びついた。
がしゃっ、と仁美の重みで動いたストレッチャーの金属音が冷たい部屋に響く。
義之の遺体に縋りついた仁美は耳を劈く叫びを何度もあげた。
ひとしきり泣き叫んだあと、脱力した仁美が床にぺしゃんと腿をつく。
真斗は赤城に促され、仁美を抱きかかえるようにして霊安室を出た。
「事故の概要を説明させていただきます」
霊安室の向かいにある部屋で、机を挟んで向かい合った赤城警部補が言った。
真斗の隣に座る仁美は椅子に凭れかかり、今にもずり落ちそうな姿勢で呆然としている。
「本日午前十時半頃、中央道下りの瑞原インターチェンジ、123キロポスト付近の直線で、桐谷義之さんの運転する車が側壁に激突して大破しました……」
真斗は慎重な性格の義之が事故を起こしたことが信じられない。
「車の故障か何かではないのですか?」
真斗は赤城に問う。
「今、車両を含めて捜査中ですので、まだ何とも言えません」
「ドライブレコーダーの映像は?」
「レコーダーが大破しているので、修復してデータの復元を試みています」
「父の単独事故ということですか?」
「はい。他の車両は絡んでいません。ただ、同乗者がいてほぼ同時に死亡しています」
「同乗者?」
父はいつも一人で各地にある投資物件を周っていた。特に親しくしている同業者や取引業者がいるという話は聞いていない。
「詳細な個人情報はお伝えできないのですが、佐野登季子、という方です」
隣にいる仁美がびくん、と反応するのを真斗は眼の端で捉えた。
「女性……ですか?」
仁美を溺愛していたであろう義之が、別の女性と車に乗って事故を起こした。俄かには信じられない話だった。
「ご家族の方ですので、ご存知かもしれませんが……我々が調べたところ、佐野登季子さんは、桐谷義之さんの前妻です」
(前妻……?)
真斗の思考が一瞬固まる。
父が真斗を産んだ亡き母の前に妻がいたなどとは一言も言ってなかった。
ちらりと横にいる仁美を見る。とくに表情に変化は見られない。仁美は義之から聞いて知っているのだろうか?
「ご遺体は検視にまわしますので、引き渡しは明日以降になります」
真斗と仁美は警察署の出口に向かう。
長い廊下の向こうから、スーツ姿の警察官に従って若い男が歩いてきた。
真斗は驚いて眼を剥いた。
「智也……?」
(何故、智也が警察に?)
ビジネスホテルのユニットバスでシャワーを浴びながら、真斗は混乱した頭で考える。
警察署の廊下ですれ違ったのは、確かに智也だった。真斗は驚いたが、智也は真斗に視線を向けることなく真っ直ぐ霊安室に向かって行った。
沙希を奪い、ハメた男を真斗は見間違えるわけがない。
父と共に亡くなった同乗者で、前妻であるという女性は、佐野登季子といった。
智也の姓は「佐野」だ。智也は佐野登季子の子なのだろうか?
警察署を出たときは、すでに日付が変わろうとしていた。
赤城警部補が気を利かせてくれて、事件の概要を話す前に、瑞原市にあるビジネスホテルを予約することを勧めてくれた。
ダブルルームが一室しか空いていなかったが、これから自宅に戻るのは無理だと思い、迷ったが予約しておいた。
仁美は立っているのがやっとの状態で、ホテルの部屋に入ると、ベッドに倒れこんで眼を見開き天井を見つめている。
自宅を出てから何も食べていないことに気づき、ホテルの隣にあったコンビニでパンと飲み物を適当に買った。
仁美に食べることを勧めたが反応がなく、シャワーを勧めてもぴくりとも動かなかった。
真斗も警察に来てから胸が詰まっていて、全く食欲がなかった。
亜希と穂香は、心配で何通ものメールを送ってきていた。
真斗は気持ちが重かったが、彼女たちに直接電話した。
亜希は絶句し、穂香は泣きじゃくっていた。
仁美が何も反応しないので、とりあえずシャワーを使っている。
新しい家族はひと月もしないうちに主を喪った。
事故の処理や、義之の葬儀、そして遺産について、何を何処からどうやって進めていけばいいのか、真斗は途方に暮れている。
もしもの時のことなど、義之とは何も話し合ってはいなかった。
それより、仁美の精神状態の方が心配だった。長男である自分がしっかりしなくては、と真斗は気を引き締める。
その時、がちゃっ、とユニットバスの入り口の戸が鳴った。
真斗は何だろうと訝しみ、シャワーのコックを捻って止める。
シャワーカーテンが引かれる音がして、全裸の仁美が目の前に現れた。
「仁美さん……!」
重みでやや垂れているものの、ロケットのように前に突き出した巨乳が真斗の眼の前にある。
細くくびれた腰から腿にかけて成熟した女性らしい曲線が描かれている。
濃いめの陰毛に包まれた秘部まで、仁美は泣きはらした眼をして全て真斗の前に晒した。
「仁美さん……落ち着いてっ!」
真斗の言葉を無視して、仁美は片足を上げてバスタブに乗り込み、真斗に柔らかい肉体を押し付けてきた。
驚いた真斗はバランスを崩し、バスタブの底に尻もちをついた。
そこに仁美がのしかかる形になり、二人の肉体は縺れ合った。
仁美が真斗に唇を押し付けてくる。胸には柔らかい巨乳の感触が当たる。
眼を剥く真斗。股間に瞬間的に血流が流れ込み、陰茎が一気に硬直する。
「仁美さん……ダメですっ!」
押し付けられた唇を振り切って真斗が叫ぶ。
「義之……さん……義之……さああんっ!」
虚ろな瞳で仁美が呟いている。
真斗のことを義之と錯乱して思い込んでいるのだろう。
「仁美さん! 俺、真斗。真斗ですっ!」
体重を預けてくる仁美の両肩を持ち、真斗は激しく揺さぶった。
普段から妄想していた仁美の裸体に直接触れている。真斗の肉棒は痛みを感じるくらい硬直した。
だが、ここで肉欲に屈してはいけない、と真斗は必死に仁美に訴えかける。
愛する夫の義之が亡くなってしまったことを認めたくないがために、顔や背格好が酷似している真斗に肉体を寄せてくる仁美。
もはや正常な判断力を失っている仁美に乗じて、自らの淫欲を果たすことを真斗は良しとしなかった。
「あっ、あんっ……はっ、はあんっ!」
艶めかしい声で真斗に肉体全体で迫る仁美。真斗の必死な訴えは届かない。
真斗はやむを得ず、仁美の頬を思いきり張った。
顔を背け、左手で頬を押さえる仁美。
虚ろだった瞳に色が戻り、真斗を見て仁美は、はっ、と口を開いた。
「真斗さん? えっ……私……?」
真斗に凭れていた裸身を起こし、胸と股間を隠す仁美。
どうやら正気に戻ったようだ。
「仁美さん、シャワー、浴びてください……」
真斗はバスタブから出て、シャワーカーテンを閉じてユニットバスから出た。
部屋の床には、無造作に仁美のブラジャーとパンティが落ちていた。
ベッドの上に脱ぎ捨ててあった洋服の下に、真斗は下着を隠した。
シャワーの音に混じって、微かに仁美の嗚咽する声が聞こえる。
真斗は窓際のソファに座って真っ暗な外を見ていた。
しばらくすると豊満な肉体をタオルで巻いた仁美が出て来た。
「真斗さん……私、どうかしてて……御免なさい……」
目を伏せた仁美が呟いた。
「仁美さん……気にしないでください……それより、もう遅いんで、休んでください」
仁美のメリハリのある肉体から眼を逸らす真斗。
「そこにホテルの浴衣がありますから……俺、窓の方、向いてますんで……」
しゅるしゅると衣擦れの音がする。
初めて見た仁美の裸身が脳裏に浮かぶ。真斗は頭を振って妄想を振り払った。
軽くベッドが軋む音がした。
「真斗さんも……どうぞ」
仁美の声がしたので振り向くと、ベッドに横たわる仁美がこちらを見ている。
「いや、俺はソファで寝ますから……」
「そんな狭い所で……真斗さんもベッドで休みましょ?」
仁美が言うように、ソファは二人掛けで、真斗が横たわるには狭かった。
どうやら仁美の口調がいつもの穏やかなものに戻ったようだ。
「わかりました。では、失礼します」
真斗は仁美と距離を置いてベッドに横たわる。
「おやすみなさい」
そう言うと仁美は背を向けた。
肩からくびれた腰へのラインが、大きな尻の形で盛り上がっている。
その女性的な曲線が艶めかしい。
真斗も背を向けて眼を閉じる。だが、眠れそうになかった。
結局真斗は眠れないまま朝を迎えた。
仁美は時々啜り泣いて肩を震わせていた。おそらく仁美も寝てはいないだろう。
午前中には義之の遺体の検視が終わったと赤城警部補から連絡があった。
真斗は葬儀社の手配をした。
幼い頃、母の葬儀のぼんやりとした記憶が残っていたが、真斗はそれ以来葬儀に出たことはない。
だが葬儀社の担当がこれからやるべきことや段取りなどについて懇切丁寧に説明してくれた。
遺族の負担をできるだけ軽減するために、葬儀社があるのだと、初めて真斗は知った。
父の義之は、親戚付き合いがなく、ほとんど絶縁状態にあったので、葬儀は家族葬で行うことにした。
自宅近くの葬儀社に義之の遺体が運び込まれた。
「お帰りなさい、真斗さん」
エプロン姿の仁美がリビングから現れ、微笑みながら出迎えてくれた。
「今日は、亜希も穂香も遅くなるの」
真斗はどきりとする。
「父さんは?」
「車で山梨県の物件を見に行ってるわ。多分義之さんも遅いと思う」
「そうなんですか……」
今、この家は仁美と真斗の二人きりだ。真斗の良からぬ妄想が膨らみ始めた。
「今夜は、パスタとピザでいいかしら?」
仁美がメニューの提案をする。
「仁美さんの料理は、何でも美味しいですから、俺は何でも好きです」
仁美が作る料理はバラエティに富んでいて、和洋中すべてで高いクオリティだ。
「まあ、真斗さん……ありがとう。嬉しいわ」
はにかんだように微笑む仁美の笑みが素敵だ。
真斗は自室に荷物を置くと、リビングに戻りソファに座った。
オープンキッチンで食事の用意をしている仁美と話をしたかったからだ。
仁美は学校での真斗の様子を聞いてくれる。どんな授業で、どんなことがあって、どんな同級生がいるか、そんな他愛もないことを上手に聞き出してくれる。
真斗はつい夢中になって話し込んでしまう。どんな話でも仁美が笑顔で聴いてくれるからだ。
ひとしきり話した後、仁美は調理に取り掛かり、無言の間ができた。
真斗は特に話題がなくなったので、間を取り繕うために、スマホを手に取る。
突然、テーブルに置いてある仁美のスマホが振動して微かに動いた。
画面には電話番号が表示されている。
「仁美さん、電話です……」
真斗が振り向いて声をかけたが、仁美の姿が消えていた。キッチン裏のパントリーに食材を取りに行っているらしい。
「仁美さん! 電話来てます!」
真斗が少し大きめの声をかけると、パントリーから出てきた仁美が巨乳を縦に揺らし、小走りに駆け寄ってくる。
スマホの振動は仁美が手に取る直前で消えた。
「知らない番号ね……」
履歴を確認した仁美が訝しむ。
「セールスか何かですよ、ほっときましょう」
真斗が言うと、仁美はスマホを置いてキッチンに戻った。
タイトなスカートに包まれた円い尻が、ぷりっと揺れているのを、真斗は無意識に眼でなぞってしまう。
しばらくして今度は、真斗のスマホの着信音が鳴った。
電話番号が表示される。先ほど仁美のスマホに表示された番号と同じだと真斗は直感する。
怪しい人物だったら、きっぱりと拒絶してやろうと真斗は電話に出た。
「瑞原警察署の赤城と申します。桐谷義之さんのご家族の方ですか?」
真斗は警察と聞いて緊張で身体を強張らせた。
「はい、そうですが……失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」
「桐谷義之さんのご本人確認や大切なお話がありますので、瑞原署までお越しいただけないでしょうか?」
「えっ……?」
警察からの電話、そして「本人確認」という言葉で真斗の胸が騒めく。
「父に……何かあったのでしょうか?」
「電話で詳細をお伝えすることは規則でできないことになってます。できるだけ、早く署にお越しいただけますか?」
「ち、ちょっと待ってください」
真斗は頭の中で巡る思考を整理する。警察から父に関する連絡があった。警察が来署することを要請している。
「父は、事件か事故に巻き込まれたのですか?」
「申し訳ありません。先ほど申しましたように今電話ではお伝えできません」
「父は、無事なんですか?」
「申し訳ありません……」
どうやらこれ以上電話で情報は取れないようだ。
「本当に警察の方ですか?」
「はい」
「所属と、階級を教えてください」
警察を騙る詐欺の可能性も考えて、動揺しながらも真斗の頭は冷静に働いた。
「瑞原警察署、交通課交通捜査係、警部補の赤城浩介と申します」
「申し訳ありませんが、いったん切って、こちらから瑞原署に連絡させていただきます」
真斗が言うと、赤城と名乗る警察官は少し間を置いて答えた。
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
真斗が電話を切ると、ただならぬ雰囲気を察したのか、仁美が真斗のすぐ横に立っていた。
「義之さんに、何かあったの?」
瑞原警察署に電話をかけると、赤城警部補に繋がった。
本当に警察からの連絡であったことが確定した。交通課、と赤城警部補は所属を名乗っていた。父は交通事故にあったということだろうか?
仁美が眼を見開き、部屋の中をせわしなく歩き回っている。かなり動揺しているようだ。
すでに夜になるが、瑞原署まで行かなければならない。
真斗は特に車に興味はなかったのだが、義之の強い勧めで卒業後の春休みに運転免許を取得していた。
新しい家に越してきてからは、近所の買い物で何回か運転しただけだ。
高速道路は教習で乗っただけだし、山梨県とはいえ夜間の長距離ドライブには自信がなかった。
かといって、動揺している今の仁美の精神状態で運転してもらうのは、危険だ。
スマホで電車の乗り継ぎを検索する。今からだと帰りの通勤時間帯に被ってしまい、乗り換えも煩雑だ。
ふらふらと夢遊病者のような状態の仁美と電車で移動するのは困難に思えた。
結局真斗はタクシーを呼んだ。かなりの金額になると思うが、緊急事態だ。
こういう時に限って山梨県に向かう高速道路が渋滞している。
「下道の方が早いんじゃないですか?」
真斗が逸る気持ちで運転手に問う。
「お客さん、この時間帯は上も下も変わらないですよ」
素人が口を出すべきではないようだ。呆然と窓の外を眺めている仁美が痛々しい。
さっきから同じ疑問がぐるぐると頭を巡っている。
父の義之が、何らかの交通事故に巻き込まれているのは間違いない。
もし怪我をして病院にいるとしたら、警察はあのような言い方をするだろうか?
警察に来ることを要請するのではなく、入院している病院を教えるのではないか?
最悪の事態の予感が真斗の胸を抉る。
タクシーがゆっくりとだが動き始めた。
道路照明灯の灯りが窓に凭れる仁美の顔を照らす。頬に涙の痕が見えた。
真斗は仁美に何か言葉をかけなければ、と思うが、何を言えばいいかわからなかった。
午後十時過ぎに、瑞原警察署に到着した。
電話で話した赤城警部補が神妙な表情で対応してくれた。
「まずは、こちらへ……」
警察署の奥の長い廊下を進む。真斗の胸がざわついた。
タクシーを降りた仁美はひとりで立っていられない状態だった。
真斗は仁美の腕を取る。仁美は真斗に凭れて足を引きずるように、なんとか歩いている。
赤城が、廊下の突き当りの部屋で立ち止まり、振り返った。
部屋のドアの上に「霊安室」と書かれた札がある。
真斗は最悪の予感が現実になりつつあることを悟る。
「ひっ……」
仁美が息を呑み、足の力が抜けたのか、床に膝をついてしまった。
「仁美さん!」
真斗は慌てて仁美の身体を支える。
「仁美さん! まだ父さんだと決まったわけじゃない……何かの間違いかもしれない!」
真斗は自分に言い聞かせるように、仁美に声をかける。
仁美の右腕を肩に回し、左脇に腕を差し込んで仁美を立ち上がらせた。
「どうぞ……」
赤城が霊安室に二人を招き入れる。
部屋の中央に、ストレッチャーがあり、顔を布で覆われた遺体があった。
真斗と仁美がストレッチャーの脇に立つ。
「ご確認いただけますか?」
赤城はそう言うと、そっと顔にかかった布を取った。
義之だった。
「いやあああああっ!」
仁美が真斗の支えを振り切り、叫びながら義之の遺体に飛びついた。
がしゃっ、と仁美の重みで動いたストレッチャーの金属音が冷たい部屋に響く。
義之の遺体に縋りついた仁美は耳を劈く叫びを何度もあげた。
ひとしきり泣き叫んだあと、脱力した仁美が床にぺしゃんと腿をつく。
真斗は赤城に促され、仁美を抱きかかえるようにして霊安室を出た。
「事故の概要を説明させていただきます」
霊安室の向かいにある部屋で、机を挟んで向かい合った赤城警部補が言った。
真斗の隣に座る仁美は椅子に凭れかかり、今にもずり落ちそうな姿勢で呆然としている。
「本日午前十時半頃、中央道下りの瑞原インターチェンジ、123キロポスト付近の直線で、桐谷義之さんの運転する車が側壁に激突して大破しました……」
真斗は慎重な性格の義之が事故を起こしたことが信じられない。
「車の故障か何かではないのですか?」
真斗は赤城に問う。
「今、車両を含めて捜査中ですので、まだ何とも言えません」
「ドライブレコーダーの映像は?」
「レコーダーが大破しているので、修復してデータの復元を試みています」
「父の単独事故ということですか?」
「はい。他の車両は絡んでいません。ただ、同乗者がいてほぼ同時に死亡しています」
「同乗者?」
父はいつも一人で各地にある投資物件を周っていた。特に親しくしている同業者や取引業者がいるという話は聞いていない。
「詳細な個人情報はお伝えできないのですが、佐野登季子、という方です」
隣にいる仁美がびくん、と反応するのを真斗は眼の端で捉えた。
「女性……ですか?」
仁美を溺愛していたであろう義之が、別の女性と車に乗って事故を起こした。俄かには信じられない話だった。
「ご家族の方ですので、ご存知かもしれませんが……我々が調べたところ、佐野登季子さんは、桐谷義之さんの前妻です」
(前妻……?)
真斗の思考が一瞬固まる。
父が真斗を産んだ亡き母の前に妻がいたなどとは一言も言ってなかった。
ちらりと横にいる仁美を見る。とくに表情に変化は見られない。仁美は義之から聞いて知っているのだろうか?
「ご遺体は検視にまわしますので、引き渡しは明日以降になります」
真斗と仁美は警察署の出口に向かう。
長い廊下の向こうから、スーツ姿の警察官に従って若い男が歩いてきた。
真斗は驚いて眼を剥いた。
「智也……?」
(何故、智也が警察に?)
ビジネスホテルのユニットバスでシャワーを浴びながら、真斗は混乱した頭で考える。
警察署の廊下ですれ違ったのは、確かに智也だった。真斗は驚いたが、智也は真斗に視線を向けることなく真っ直ぐ霊安室に向かって行った。
沙希を奪い、ハメた男を真斗は見間違えるわけがない。
父と共に亡くなった同乗者で、前妻であるという女性は、佐野登季子といった。
智也の姓は「佐野」だ。智也は佐野登季子の子なのだろうか?
警察署を出たときは、すでに日付が変わろうとしていた。
赤城警部補が気を利かせてくれて、事件の概要を話す前に、瑞原市にあるビジネスホテルを予約することを勧めてくれた。
ダブルルームが一室しか空いていなかったが、これから自宅に戻るのは無理だと思い、迷ったが予約しておいた。
仁美は立っているのがやっとの状態で、ホテルの部屋に入ると、ベッドに倒れこんで眼を見開き天井を見つめている。
自宅を出てから何も食べていないことに気づき、ホテルの隣にあったコンビニでパンと飲み物を適当に買った。
仁美に食べることを勧めたが反応がなく、シャワーを勧めてもぴくりとも動かなかった。
真斗も警察に来てから胸が詰まっていて、全く食欲がなかった。
亜希と穂香は、心配で何通ものメールを送ってきていた。
真斗は気持ちが重かったが、彼女たちに直接電話した。
亜希は絶句し、穂香は泣きじゃくっていた。
仁美が何も反応しないので、とりあえずシャワーを使っている。
新しい家族はひと月もしないうちに主を喪った。
事故の処理や、義之の葬儀、そして遺産について、何を何処からどうやって進めていけばいいのか、真斗は途方に暮れている。
もしもの時のことなど、義之とは何も話し合ってはいなかった。
それより、仁美の精神状態の方が心配だった。長男である自分がしっかりしなくては、と真斗は気を引き締める。
その時、がちゃっ、とユニットバスの入り口の戸が鳴った。
真斗は何だろうと訝しみ、シャワーのコックを捻って止める。
シャワーカーテンが引かれる音がして、全裸の仁美が目の前に現れた。
「仁美さん……!」
重みでやや垂れているものの、ロケットのように前に突き出した巨乳が真斗の眼の前にある。
細くくびれた腰から腿にかけて成熟した女性らしい曲線が描かれている。
濃いめの陰毛に包まれた秘部まで、仁美は泣きはらした眼をして全て真斗の前に晒した。
「仁美さん……落ち着いてっ!」
真斗の言葉を無視して、仁美は片足を上げてバスタブに乗り込み、真斗に柔らかい肉体を押し付けてきた。
驚いた真斗はバランスを崩し、バスタブの底に尻もちをついた。
そこに仁美がのしかかる形になり、二人の肉体は縺れ合った。
仁美が真斗に唇を押し付けてくる。胸には柔らかい巨乳の感触が当たる。
眼を剥く真斗。股間に瞬間的に血流が流れ込み、陰茎が一気に硬直する。
「仁美さん……ダメですっ!」
押し付けられた唇を振り切って真斗が叫ぶ。
「義之……さん……義之……さああんっ!」
虚ろな瞳で仁美が呟いている。
真斗のことを義之と錯乱して思い込んでいるのだろう。
「仁美さん! 俺、真斗。真斗ですっ!」
体重を預けてくる仁美の両肩を持ち、真斗は激しく揺さぶった。
普段から妄想していた仁美の裸体に直接触れている。真斗の肉棒は痛みを感じるくらい硬直した。
だが、ここで肉欲に屈してはいけない、と真斗は必死に仁美に訴えかける。
愛する夫の義之が亡くなってしまったことを認めたくないがために、顔や背格好が酷似している真斗に肉体を寄せてくる仁美。
もはや正常な判断力を失っている仁美に乗じて、自らの淫欲を果たすことを真斗は良しとしなかった。
「あっ、あんっ……はっ、はあんっ!」
艶めかしい声で真斗に肉体全体で迫る仁美。真斗の必死な訴えは届かない。
真斗はやむを得ず、仁美の頬を思いきり張った。
顔を背け、左手で頬を押さえる仁美。
虚ろだった瞳に色が戻り、真斗を見て仁美は、はっ、と口を開いた。
「真斗さん? えっ……私……?」
真斗に凭れていた裸身を起こし、胸と股間を隠す仁美。
どうやら正気に戻ったようだ。
「仁美さん、シャワー、浴びてください……」
真斗はバスタブから出て、シャワーカーテンを閉じてユニットバスから出た。
部屋の床には、無造作に仁美のブラジャーとパンティが落ちていた。
ベッドの上に脱ぎ捨ててあった洋服の下に、真斗は下着を隠した。
シャワーの音に混じって、微かに仁美の嗚咽する声が聞こえる。
真斗は窓際のソファに座って真っ暗な外を見ていた。
しばらくすると豊満な肉体をタオルで巻いた仁美が出て来た。
「真斗さん……私、どうかしてて……御免なさい……」
目を伏せた仁美が呟いた。
「仁美さん……気にしないでください……それより、もう遅いんで、休んでください」
仁美のメリハリのある肉体から眼を逸らす真斗。
「そこにホテルの浴衣がありますから……俺、窓の方、向いてますんで……」
しゅるしゅると衣擦れの音がする。
初めて見た仁美の裸身が脳裏に浮かぶ。真斗は頭を振って妄想を振り払った。
軽くベッドが軋む音がした。
「真斗さんも……どうぞ」
仁美の声がしたので振り向くと、ベッドに横たわる仁美がこちらを見ている。
「いや、俺はソファで寝ますから……」
「そんな狭い所で……真斗さんもベッドで休みましょ?」
仁美が言うように、ソファは二人掛けで、真斗が横たわるには狭かった。
どうやら仁美の口調がいつもの穏やかなものに戻ったようだ。
「わかりました。では、失礼します」
真斗は仁美と距離を置いてベッドに横たわる。
「おやすみなさい」
そう言うと仁美は背を向けた。
肩からくびれた腰へのラインが、大きな尻の形で盛り上がっている。
その女性的な曲線が艶めかしい。
真斗も背を向けて眼を閉じる。だが、眠れそうになかった。
結局真斗は眠れないまま朝を迎えた。
仁美は時々啜り泣いて肩を震わせていた。おそらく仁美も寝てはいないだろう。
午前中には義之の遺体の検視が終わったと赤城警部補から連絡があった。
真斗は葬儀社の手配をした。
幼い頃、母の葬儀のぼんやりとした記憶が残っていたが、真斗はそれ以来葬儀に出たことはない。
だが葬儀社の担当がこれからやるべきことや段取りなどについて懇切丁寧に説明してくれた。
遺族の負担をできるだけ軽減するために、葬儀社があるのだと、初めて真斗は知った。
父の義之は、親戚付き合いがなく、ほとんど絶縁状態にあったので、葬儀は家族葬で行うことにした。
自宅近くの葬儀社に義之の遺体が運び込まれた。
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大学から自宅に戻り、玄関でシューズインクローゼットに靴をしまう。
「お帰りなさい、真斗さん」
エプロン姿の仁美がリビングから現れ、微笑みながら出迎えてくれた。
「今日は、亜希も穂香も遅くなるの」
真斗はどきりとする。
「父さんは?」
「車で山梨県の物件を見に行ってるわ。多分義之さんも遅いと思う」
「そうなんですか……」
今、この家は仁美と真斗の二人きりだ。真斗の良からぬ妄想が膨らみ始めた。
「今夜は、パスタとピザでいいかしら?」
仁美がメニューの提案をする。
「仁美さんの料理は、何でも美味しいですから、俺は何でも好きです」
仁美が作る料理はバラエティに富んでいて、和洋中すべてで高いクオリティだ。
「まあ、真斗さん……ありがとう。嬉しいわ」
はにかんだように微笑む仁美の笑みが素敵だ。
真斗は自室に荷物を置くと、リビングに戻りソファに座った。
オープンキッチンで食事の用意をしている仁美と話をしたかったからだ。
仁美は学校での真斗の様子を聞いてくれる。どんな授業で、どんなことがあって、どんな同級生がいるか、そんな他愛もないことを上手に聞き出してくれる。
真斗はつい夢中になって話し込んでしまう。どんな話でも仁美が笑顔で聴いてくれるからだ。
ひとしきり話した後、仁美は調理に取り掛かり、無言の間ができた。
真斗は特に話題がなくなったので、間を取り繕うために、スマホを手に取る。
突然、テーブルに置いてある仁美のスマホが振動して微かに動いた。
画面には電話番号が表示されている。
「仁美さん、電話です……」
真斗が振り向いて声をかけたが、仁美の姿が消えていた。キッチン裏のパントリーに食材を取りに行っているらしい。
「仁美さん! 電話来てます!」
真斗が少し大きめの声をかけると、パントリーから出てきた仁美が巨乳を縦に揺らし、小走りに駆け寄ってくる。
スマホの振動は仁美が手に取る直前で消えた。
「知らない番号ね……」
履歴を確認した仁美が訝しむ。
「セールスか何かですよ、ほっときましょう」
真斗が言うと、仁美はスマホを置いてキッチンに戻った。
タイトなスカートに包まれた円い尻が、ぷりっと揺れているのを、真斗は無意識に眼でなぞってしまう。
しばらくして今度は、真斗のスマホの着信音が鳴った。
電話番号が表示される。先ほど仁美のスマホに表示された番号と同じだと真斗は直感する。
怪しい人物だったら、きっぱりと拒絶してやろうと真斗は電話に出た。
「瑞原警察署の赤城と申します。桐谷義之さんのご家族の方ですか?」
真斗は警察と聞いて緊張で身体を強張らせた。
「はい、そうですが……失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」
「桐谷義之さんのご本人確認や大切なお話がありますので、瑞原署までお越しいただけないでしょうか?」
「えっ……?」
警察からの電話、そして「本人確認」という言葉で真斗の胸が騒めく。
「父に……何かあったのでしょうか?」
「電話で詳細をお伝えすることは規則でできないことになってます。できるだけ、早く署にお越しいただけますか?」
「ち、ちょっと待ってください」
真斗は頭の中で巡る思考を整理する。警察から父に関する連絡があった。警察が来署することを要請している。
「父は、事件か事故に巻き込まれたのですか?」
「申し訳ありません。先ほど申しましたように今電話ではお伝えできません」
「父は、無事なんですか?」
「申し訳ありません……」
どうやらこれ以上電話で情報は取れないようだ。
「本当に警察の方ですか?」
「はい」
「所属と、階級を教えてください」
警察を騙る詐欺の可能性も考えて、動揺しながらも真斗の頭は冷静に働いた。
「瑞原警察署、交通課交通捜査係、警部補の赤城浩介と申します」
「申し訳ありませんが、いったん切って、こちらから瑞原署に連絡させていただきます」
真斗が言うと、赤城と名乗る警察官は少し間を置いて答えた。
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
真斗が電話を切ると、ただならぬ雰囲気を察したのか、仁美が真斗のすぐ横に立っていた。
「義之さんに、何かあったの?」
「お帰りなさい、真斗さん」
エプロン姿の仁美がリビングから現れ、微笑みながら出迎えてくれた。
「今日は、亜希も穂香も遅くなるの」
真斗はどきりとする。
「父さんは?」
「車で山梨県の物件を見に行ってるわ。多分義之さんも遅いと思う」
「そうなんですか……」
今、この家は仁美と真斗の二人きりだ。真斗の良からぬ妄想が膨らみ始めた。
「今夜は、パスタとピザでいいかしら?」
仁美がメニューの提案をする。
「仁美さんの料理は、何でも美味しいですから、俺は何でも好きです」
仁美が作る料理はバラエティに富んでいて、和洋中すべてで高いクオリティだ。
「まあ、真斗さん……ありがとう。嬉しいわ」
はにかんだように微笑む仁美の笑みが素敵だ。
真斗は自室に荷物を置くと、リビングに戻りソファに座った。
オープンキッチンで食事の用意をしている仁美と話をしたかったからだ。
仁美は学校での真斗の様子を聞いてくれる。どんな授業で、どんなことがあって、どんな同級生がいるか、そんな他愛もないことを上手に聞き出してくれる。
真斗はつい夢中になって話し込んでしまう。どんな話でも仁美が笑顔で聴いてくれるからだ。
ひとしきり話した後、仁美は調理に取り掛かり、無言の間ができた。
真斗は特に話題がなくなったので、間を取り繕うために、スマホを手に取る。
突然、テーブルに置いてある仁美のスマホが振動して微かに動いた。
画面には電話番号が表示されている。
「仁美さん、電話です……」
真斗が振り向いて声をかけたが、仁美の姿が消えていた。キッチン裏のパントリーに食材を取りに行っているらしい。
「仁美さん! 電話来てます!」
真斗が少し大きめの声をかけると、パントリーから出てきた仁美が巨乳を縦に揺らし、小走りに駆け寄ってくる。
スマホの振動は仁美が手に取る直前で消えた。
「知らない番号ね……」
履歴を確認した仁美が訝しむ。
「セールスか何かですよ、ほっときましょう」
真斗が言うと、仁美はスマホを置いてキッチンに戻った。
タイトなスカートに包まれた円い尻が、ぷりっと揺れているのを、真斗は無意識に眼でなぞってしまう。
しばらくして今度は、真斗のスマホの着信音が鳴った。
電話番号が表示される。先ほど仁美のスマホに表示された番号と同じだと真斗は直感する。
怪しい人物だったら、きっぱりと拒絶してやろうと真斗は電話に出た。
「瑞原警察署の赤城と申します。桐谷義之さんのご家族の方ですか?」
真斗は警察と聞いて緊張で身体を強張らせた。
「はい、そうですが……失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」
「桐谷義之さんのご本人確認や大切なお話がありますので、瑞原署までお越しいただけないでしょうか?」
「えっ……?」
警察からの電話、そして「本人確認」という言葉で真斗の胸が騒めく。
「父に……何かあったのでしょうか?」
「電話で詳細をお伝えすることは規則でできないことになってます。できるだけ、早く署にお越しいただけますか?」
「ち、ちょっと待ってください」
真斗は頭の中で巡る思考を整理する。警察から父に関する連絡があった。警察が来署することを要請している。
「父は、事件か事故に巻き込まれたのですか?」
「申し訳ありません。先ほど申しましたように今電話ではお伝えできません」
「父は、無事なんですか?」
「申し訳ありません……」
どうやらこれ以上電話で情報は取れないようだ。
「本当に警察の方ですか?」
「はい」
「所属と、階級を教えてください」
警察を騙る詐欺の可能性も考えて、動揺しながらも真斗の頭は冷静に働いた。
「瑞原警察署、交通課交通捜査係、警部補の赤城浩介と申します」
「申し訳ありませんが、いったん切って、こちらから瑞原署に連絡させていただきます」
真斗が言うと、赤城と名乗る警察官は少し間を置いて答えた。
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
真斗が電話を切ると、ただならぬ雰囲気を察したのか、仁美が真斗のすぐ横に立っていた。
「義之さんに、何かあったの?」
瑞原警察署に電話をかけると、赤城警部補に繋がった。
本当に警察からの連絡であったことが確定した。交通課、と赤城警部補は所属を名乗っていた。父は交通事故にあったということだろうか?
仁美が眼を見開き、部屋の中をせわしなく歩き回っている。かなり動揺しているようだ。
すでに夜になるが、瑞原署まで行かなければならない。
真斗は特に車に興味はなかったのだが、義之の強い勧めで卒業後の春休みに運転免許を取得していた。
新しい家に越してきてからは、近所の買い物で何回か運転しただけだ。
高速道路は教習で乗っただけだし、山梨県とはいえ夜間の長距離ドライブには自信がなかった。
かといって、動揺している今の仁美の精神状態で運転してもらうのは、危険だ。
スマホで電車の乗り継ぎを検索する。今からだと帰りの通勤時間帯に被ってしまい、乗り換えも煩雑だ。
ふらふらと夢遊病者のような状態の仁美と電車で移動するのは困難に思えた。
結局真斗はタクシーを呼んだ。かなりの金額になると思うが、緊急事態だ。
本当に警察からの連絡であったことが確定した。交通課、と赤城警部補は所属を名乗っていた。父は交通事故にあったということだろうか?
仁美が眼を見開き、部屋の中をせわしなく歩き回っている。かなり動揺しているようだ。
すでに夜になるが、瑞原署まで行かなければならない。
真斗は特に車に興味はなかったのだが、義之の強い勧めで卒業後の春休みに運転免許を取得していた。
新しい家に越してきてからは、近所の買い物で何回か運転しただけだ。
高速道路は教習で乗っただけだし、山梨県とはいえ夜間の長距離ドライブには自信がなかった。
かといって、動揺している今の仁美の精神状態で運転してもらうのは、危険だ。
スマホで電車の乗り継ぎを検索する。今からだと帰りの通勤時間帯に被ってしまい、乗り換えも煩雑だ。
ふらふらと夢遊病者のような状態の仁美と電車で移動するのは困難に思えた。
結局真斗はタクシーを呼んだ。かなりの金額になると思うが、緊急事態だ。
こういう時に限って山梨県に向かう高速道路が渋滞している。
「下道の方が早いんじゃないですか?」
真斗が逸る気持ちで運転手に問う。
「お客さん、この時間帯は上も下も変わらないですよ」
素人が口を出すべきではないようだ。呆然と窓の外を眺めている仁美が痛々しい。
さっきから同じ疑問がぐるぐると頭を巡っている。
父の義之が、何らかの交通事故に巻き込まれているのは間違いない。
もし怪我をして病院にいるとしたら、警察はあのような言い方をするだろうか?
警察に来ることを要請するのではなく、入院している病院を教えるのではないか?
最悪の事態の予感が真斗の胸を抉る。
タクシーがゆっくりとだが動き始めた。
道路照明灯の灯りが窓に凭れる仁美の顔を照らす。頬に涙の痕が見えた。
真斗は仁美に何か言葉をかけなければ、と思うが、何を言えばいいかわからなかった。
「下道の方が早いんじゃないですか?」
真斗が逸る気持ちで運転手に問う。
「お客さん、この時間帯は上も下も変わらないですよ」
素人が口を出すべきではないようだ。呆然と窓の外を眺めている仁美が痛々しい。
さっきから同じ疑問がぐるぐると頭を巡っている。
父の義之が、何らかの交通事故に巻き込まれているのは間違いない。
もし怪我をして病院にいるとしたら、警察はあのような言い方をするだろうか?
警察に来ることを要請するのではなく、入院している病院を教えるのではないか?
最悪の事態の予感が真斗の胸を抉る。
タクシーがゆっくりとだが動き始めた。
道路照明灯の灯りが窓に凭れる仁美の顔を照らす。頬に涙の痕が見えた。
真斗は仁美に何か言葉をかけなければ、と思うが、何を言えばいいかわからなかった。
午後十時過ぎに、瑞原警察署に到着した。
電話で話した赤城警部補が神妙な表情で対応してくれた。
「まずは、こちらへ……」
警察署の奥の長い廊下を進む。真斗の胸がざわついた。
タクシーを降りた仁美はひとりで立っていられない状態だった。
真斗は仁美の腕を取る。仁美は真斗に凭れて足を引きずるように、なんとか歩いている。
赤城が、廊下の突き当りの部屋で立ち止まり、振り返った。
部屋のドアの上に「霊安室」と書かれた札がある。
真斗は最悪の予感が現実になりつつあることを悟る。
「ひっ……」
仁美が息を呑み、足の力が抜けたのか、床に膝をついてしまった。
「仁美さん!」
真斗は慌てて仁美の身体を支える。
「仁美さん! まだ父さんだと決まったわけじゃない……何かの間違いかもしれない!」
真斗は自分に言い聞かせるように、仁美に声をかける。
仁美の右腕を肩に回し、左脇に腕を差し込んで仁美を立ち上がらせた。
「どうぞ……」
赤城が霊安室に二人を招き入れる。
部屋の中央に、ストレッチャーがあり、顔を布で覆われた遺体があった。
真斗と仁美がストレッチャーの脇に立つ。
「ご確認いただけますか?」
赤城はそう言うと、そっと顔にかかった布を取った。
電話で話した赤城警部補が神妙な表情で対応してくれた。
「まずは、こちらへ……」
警察署の奥の長い廊下を進む。真斗の胸がざわついた。
タクシーを降りた仁美はひとりで立っていられない状態だった。
真斗は仁美の腕を取る。仁美は真斗に凭れて足を引きずるように、なんとか歩いている。
赤城が、廊下の突き当りの部屋で立ち止まり、振り返った。
部屋のドアの上に「霊安室」と書かれた札がある。
真斗は最悪の予感が現実になりつつあることを悟る。
「ひっ……」
仁美が息を呑み、足の力が抜けたのか、床に膝をついてしまった。
「仁美さん!」
真斗は慌てて仁美の身体を支える。
「仁美さん! まだ父さんだと決まったわけじゃない……何かの間違いかもしれない!」
真斗は自分に言い聞かせるように、仁美に声をかける。
仁美の右腕を肩に回し、左脇に腕を差し込んで仁美を立ち上がらせた。
「どうぞ……」
赤城が霊安室に二人を招き入れる。
部屋の中央に、ストレッチャーがあり、顔を布で覆われた遺体があった。
真斗と仁美がストレッチャーの脇に立つ。
「ご確認いただけますか?」
赤城はそう言うと、そっと顔にかかった布を取った。
義之だった。
「いやあああああっ!」
仁美が真斗の支えを振り切り、叫びながら義之の遺体に飛びついた。
がしゃっ、と仁美の重みで動いたストレッチャーの金属音が冷たい部屋に響く。
義之の遺体に縋りついた仁美は耳を劈く叫びを何度もあげた。
ひとしきり泣き叫んだあと、脱力した仁美が床にぺしゃんと腿をつく。
真斗は赤城に促され、仁美を抱きかかえるようにして霊安室を出た。
仁美が真斗の支えを振り切り、叫びながら義之の遺体に飛びついた。
がしゃっ、と仁美の重みで動いたストレッチャーの金属音が冷たい部屋に響く。
義之の遺体に縋りついた仁美は耳を劈く叫びを何度もあげた。
ひとしきり泣き叫んだあと、脱力した仁美が床にぺしゃんと腿をつく。
真斗は赤城に促され、仁美を抱きかかえるようにして霊安室を出た。
「事故の概要を説明させていただきます」
霊安室の向かいにある部屋で、机を挟んで向かい合った赤城警部補が言った。
真斗の隣に座る仁美は椅子に凭れかかり、今にもずり落ちそうな姿勢で呆然としている。
「本日午前十時半頃、中央道下りの瑞原インターチェンジ、123キロポスト付近の直線で、桐谷義之さんの運転する車が側壁に激突して大破しました……」
真斗は慎重な性格の義之が事故を起こしたことが信じられない。
「車の故障か何かではないのですか?」
真斗は赤城に問う。
「今、車両を含めて捜査中ですので、まだ何とも言えません」
「ドライブレコーダーの映像は?」
「レコーダーが大破しているので、修復してデータの復元を試みています」
「父の単独事故ということですか?」
「はい。他の車両は絡んでいません。ただ、同乗者がいてほぼ同時に死亡しています」
「同乗者?」
父はいつも一人で各地にある投資物件を周っていた。特に親しくしている同業者や取引業者がいるという話は聞いていない。
「詳細な個人情報はお伝えできないのですが、佐野登季子、という方です」
隣にいる仁美がびくん、と反応するのを真斗は眼の端で捉えた。
「女性……ですか?」
仁美を溺愛していたであろう義之が、別の女性と車に乗って事故を起こした。俄かには信じられない話だった。
「ご家族の方ですので、ご存知かもしれませんが……我々が調べたところ、佐野登季子さんは、桐谷義之さんの前妻です」
(前妻……?)
真斗の思考が一瞬固まる。
父が真斗を産んだ亡き母の前に妻がいたなどとは一言も言ってなかった。
ちらりと横にいる仁美を見る。とくに表情に変化は見られない。仁美は義之から聞いて知っているのだろうか?
「ご遺体は検視にまわしますので、引き渡しは明日以降になります」
真斗と仁美は警察署の出口に向かう。
長い廊下の向こうから、スーツ姿の警察官に従って若い男が歩いてきた。
真斗は驚いて眼を剥いた。
「智也……?」
霊安室の向かいにある部屋で、机を挟んで向かい合った赤城警部補が言った。
真斗の隣に座る仁美は椅子に凭れかかり、今にもずり落ちそうな姿勢で呆然としている。
「本日午前十時半頃、中央道下りの瑞原インターチェンジ、123キロポスト付近の直線で、桐谷義之さんの運転する車が側壁に激突して大破しました……」
真斗は慎重な性格の義之が事故を起こしたことが信じられない。
「車の故障か何かではないのですか?」
真斗は赤城に問う。
「今、車両を含めて捜査中ですので、まだ何とも言えません」
「ドライブレコーダーの映像は?」
「レコーダーが大破しているので、修復してデータの復元を試みています」
「父の単独事故ということですか?」
「はい。他の車両は絡んでいません。ただ、同乗者がいてほぼ同時に死亡しています」
「同乗者?」
父はいつも一人で各地にある投資物件を周っていた。特に親しくしている同業者や取引業者がいるという話は聞いていない。
「詳細な個人情報はお伝えできないのですが、佐野登季子、という方です」
隣にいる仁美がびくん、と反応するのを真斗は眼の端で捉えた。
「女性……ですか?」
仁美を溺愛していたであろう義之が、別の女性と車に乗って事故を起こした。俄かには信じられない話だった。
「ご家族の方ですので、ご存知かもしれませんが……我々が調べたところ、佐野登季子さんは、桐谷義之さんの前妻です」
(前妻……?)
真斗の思考が一瞬固まる。
父が真斗を産んだ亡き母の前に妻がいたなどとは一言も言ってなかった。
ちらりと横にいる仁美を見る。とくに表情に変化は見られない。仁美は義之から聞いて知っているのだろうか?
「ご遺体は検視にまわしますので、引き渡しは明日以降になります」
真斗と仁美は警察署の出口に向かう。
長い廊下の向こうから、スーツ姿の警察官に従って若い男が歩いてきた。
真斗は驚いて眼を剥いた。
「智也……?」
(何故、智也が警察に?)
ビジネスホテルのユニットバスでシャワーを浴びながら、真斗は混乱した頭で考える。
警察署の廊下ですれ違ったのは、確かに智也だった。真斗は驚いたが、智也は真斗に視線を向けることなく真っ直ぐ霊安室に向かって行った。
沙希を奪い、ハメた男を真斗は見間違えるわけがない。
父と共に亡くなった同乗者で、前妻であるという女性は、佐野登季子といった。
智也の姓は「佐野」だ。智也は佐野登季子の子なのだろうか?
ビジネスホテルのユニットバスでシャワーを浴びながら、真斗は混乱した頭で考える。
警察署の廊下ですれ違ったのは、確かに智也だった。真斗は驚いたが、智也は真斗に視線を向けることなく真っ直ぐ霊安室に向かって行った。
沙希を奪い、ハメた男を真斗は見間違えるわけがない。
父と共に亡くなった同乗者で、前妻であるという女性は、佐野登季子といった。
智也の姓は「佐野」だ。智也は佐野登季子の子なのだろうか?
警察署を出たときは、すでに日付が変わろうとしていた。
赤城警部補が気を利かせてくれて、事件の概要を話す前に、瑞原市にあるビジネスホテルを予約することを勧めてくれた。
ダブルルームが一室しか空いていなかったが、これから自宅に戻るのは無理だと思い、迷ったが予約しておいた。
仁美は立っているのがやっとの状態で、ホテルの部屋に入ると、ベッドに倒れこんで眼を見開き天井を見つめている。
自宅を出てから何も食べていないことに気づき、ホテルの隣にあったコンビニでパンと飲み物を適当に買った。
仁美に食べることを勧めたが反応がなく、シャワーを勧めてもぴくりとも動かなかった。
真斗も警察に来てから胸が詰まっていて、全く食欲がなかった。
赤城警部補が気を利かせてくれて、事件の概要を話す前に、瑞原市にあるビジネスホテルを予約することを勧めてくれた。
ダブルルームが一室しか空いていなかったが、これから自宅に戻るのは無理だと思い、迷ったが予約しておいた。
仁美は立っているのがやっとの状態で、ホテルの部屋に入ると、ベッドに倒れこんで眼を見開き天井を見つめている。
自宅を出てから何も食べていないことに気づき、ホテルの隣にあったコンビニでパンと飲み物を適当に買った。
仁美に食べることを勧めたが反応がなく、シャワーを勧めてもぴくりとも動かなかった。
真斗も警察に来てから胸が詰まっていて、全く食欲がなかった。
亜希と穂香は、心配で何通ものメールを送ってきていた。
真斗は気持ちが重かったが、彼女たちに直接電話した。
亜希は絶句し、穂香は泣きじゃくっていた。
真斗は気持ちが重かったが、彼女たちに直接電話した。
亜希は絶句し、穂香は泣きじゃくっていた。
仁美が何も反応しないので、とりあえずシャワーを使っている。
新しい家族はひと月もしないうちに|主《あるじ》を喪った。
事故の処理や、義之の葬儀、そして遺産について、何を何処からどうやって進めていけばいいのか、真斗は途方に暮れている。
もしもの時のことなど、義之とは何も話し合ってはいなかった。
それより、仁美の精神状態の方が心配だった。長男である自分がしっかりしなくては、と真斗は気を引き締める。
その時、がちゃっ、とユニットバスの入り口の戸が鳴った。
真斗は何だろうと訝しみ、シャワーのコックを捻って止める。
シャワーカーテンが引かれる音がして、全裸の仁美が目の前に現れた。
「仁美さん……!」
重みでやや垂れているものの、ロケットのように前に突き出した巨乳が真斗の眼の前にある。
細くくびれた腰から腿にかけて成熟した女性らしい曲線が描かれている。
濃いめの陰毛に包まれた秘部まで、仁美は泣きはらした眼をして全て真斗の前に晒した。
「仁美さん……落ち着いてっ!」
真斗の言葉を無視して、仁美は片足を上げてバスタブに乗り込み、真斗に柔らかい肉体を押し付けてきた。
驚いた真斗はバランスを崩し、バスタブの底に尻もちをついた。
そこに仁美がのしかかる形になり、二人の肉体は縺れ合った。
仁美が真斗に唇を押し付けてくる。胸には柔らかい巨乳の感触が当たる。
眼を剥く真斗。股間に瞬間的に血流が流れ込み、陰茎が一気に硬直する。
「仁美さん……ダメですっ!」
押し付けられた唇を振り切って真斗が叫ぶ。
「義之……さん……義之……さああんっ!」
虚ろな瞳で仁美が呟いている。
真斗のことを義之と錯乱して思い込んでいるのだろう。
「仁美さん! 俺、真斗。真斗ですっ!」
体重を預けてくる仁美の両肩を持ち、真斗は激しく揺さぶった。
普段から妄想していた仁美の裸体に直接触れている。真斗の肉棒は痛みを感じるくらい硬直した。
だが、ここで肉欲に屈してはいけない、と真斗は必死に仁美に訴えかける。
愛する夫の義之が亡くなってしまったことを認めたくないがために、顔や背格好が酷似している真斗に肉体を寄せてくる仁美。
もはや正常な判断力を失っている仁美に乗じて、自らの淫欲を果たすことを真斗は良しとしなかった。
「あっ、あんっ……はっ、はあんっ!」
艶めかしい声で真斗に肉体全体で迫る仁美。真斗の必死な訴えは届かない。
真斗はやむを得ず、仁美の頬を思いきり張った。
顔を背け、左手で頬を押さえる仁美。
虚ろだった瞳に色が戻り、真斗を見て仁美は、はっ、と口を開いた。
「真斗さん? えっ……私……?」
真斗に凭れていた裸身を起こし、胸と股間を隠す仁美。
どうやら正気に戻ったようだ。
「仁美さん、シャワー、浴びてください……」
真斗はバスタブから出て、シャワーカーテンを閉じてユニットバスから出た。
部屋の床には、無造作に仁美のブラジャーとパンティが落ちていた。
ベッドの上に脱ぎ捨ててあった洋服の下に、真斗は下着を隠した。
新しい家族はひと月もしないうちに|主《あるじ》を喪った。
事故の処理や、義之の葬儀、そして遺産について、何を何処からどうやって進めていけばいいのか、真斗は途方に暮れている。
もしもの時のことなど、義之とは何も話し合ってはいなかった。
それより、仁美の精神状態の方が心配だった。長男である自分がしっかりしなくては、と真斗は気を引き締める。
その時、がちゃっ、とユニットバスの入り口の戸が鳴った。
真斗は何だろうと訝しみ、シャワーのコックを捻って止める。
シャワーカーテンが引かれる音がして、全裸の仁美が目の前に現れた。
「仁美さん……!」
重みでやや垂れているものの、ロケットのように前に突き出した巨乳が真斗の眼の前にある。
細くくびれた腰から腿にかけて成熟した女性らしい曲線が描かれている。
濃いめの陰毛に包まれた秘部まで、仁美は泣きはらした眼をして全て真斗の前に晒した。
「仁美さん……落ち着いてっ!」
真斗の言葉を無視して、仁美は片足を上げてバスタブに乗り込み、真斗に柔らかい肉体を押し付けてきた。
驚いた真斗はバランスを崩し、バスタブの底に尻もちをついた。
そこに仁美がのしかかる形になり、二人の肉体は縺れ合った。
仁美が真斗に唇を押し付けてくる。胸には柔らかい巨乳の感触が当たる。
眼を剥く真斗。股間に瞬間的に血流が流れ込み、陰茎が一気に硬直する。
「仁美さん……ダメですっ!」
押し付けられた唇を振り切って真斗が叫ぶ。
「義之……さん……義之……さああんっ!」
虚ろな瞳で仁美が呟いている。
真斗のことを義之と錯乱して思い込んでいるのだろう。
「仁美さん! 俺、真斗。真斗ですっ!」
体重を預けてくる仁美の両肩を持ち、真斗は激しく揺さぶった。
普段から妄想していた仁美の裸体に直接触れている。真斗の肉棒は痛みを感じるくらい硬直した。
だが、ここで肉欲に屈してはいけない、と真斗は必死に仁美に訴えかける。
愛する夫の義之が亡くなってしまったことを認めたくないがために、顔や背格好が酷似している真斗に肉体を寄せてくる仁美。
もはや正常な判断力を失っている仁美に乗じて、自らの淫欲を果たすことを真斗は良しとしなかった。
「あっ、あんっ……はっ、はあんっ!」
艶めかしい声で真斗に肉体全体で迫る仁美。真斗の必死な訴えは届かない。
真斗はやむを得ず、仁美の頬を思いきり張った。
顔を背け、左手で頬を押さえる仁美。
虚ろだった瞳に色が戻り、真斗を見て仁美は、はっ、と口を開いた。
「真斗さん? えっ……私……?」
真斗に凭れていた裸身を起こし、胸と股間を隠す仁美。
どうやら正気に戻ったようだ。
「仁美さん、シャワー、浴びてください……」
真斗はバスタブから出て、シャワーカーテンを閉じてユニットバスから出た。
部屋の床には、無造作に仁美のブラジャーとパンティが落ちていた。
ベッドの上に脱ぎ捨ててあった洋服の下に、真斗は下着を隠した。
シャワーの音に混じって、微かに仁美の嗚咽する声が聞こえる。
真斗は窓際のソファに座って真っ暗な外を見ていた。
しばらくすると豊満な肉体をタオルで巻いた仁美が出て来た。
「真斗さん……私、どうかしてて……御免なさい……」
目を伏せた仁美が呟いた。
「仁美さん……気にしないでください……それより、もう遅いんで、休んでください」
仁美のメリハリのある肉体から眼を逸らす真斗。
「そこにホテルの浴衣がありますから……俺、窓の方、向いてますんで……」
しゅるしゅると衣擦れの音がする。
初めて見た仁美の裸身が脳裏に浮かぶ。真斗は頭を振って妄想を振り払った。
軽くベッドが軋む音がした。
「真斗さんも……どうぞ」
仁美の声がしたので振り向くと、ベッドに横たわる仁美がこちらを見ている。
「いや、俺はソファで寝ますから……」
「そんな狭い所で……真斗さんもベッドで休みましょ?」
仁美が言うように、ソファは二人掛けで、真斗が横たわるには狭かった。
どうやら仁美の口調がいつもの穏やかなものに戻ったようだ。
「わかりました。では、失礼します」
真斗は仁美と距離を置いてベッドに横たわる。
「おやすみなさい」
そう言うと仁美は背を向けた。
肩からくびれた腰へのラインが、大きな尻の形で盛り上がっている。
その女性的な曲線が艶めかしい。
真斗も背を向けて眼を閉じる。だが、眠れそうになかった。
真斗は窓際のソファに座って真っ暗な外を見ていた。
しばらくすると豊満な肉体をタオルで巻いた仁美が出て来た。
「真斗さん……私、どうかしてて……御免なさい……」
目を伏せた仁美が呟いた。
「仁美さん……気にしないでください……それより、もう遅いんで、休んでください」
仁美のメリハリのある肉体から眼を逸らす真斗。
「そこにホテルの浴衣がありますから……俺、窓の方、向いてますんで……」
しゅるしゅると衣擦れの音がする。
初めて見た仁美の裸身が脳裏に浮かぶ。真斗は頭を振って妄想を振り払った。
軽くベッドが軋む音がした。
「真斗さんも……どうぞ」
仁美の声がしたので振り向くと、ベッドに横たわる仁美がこちらを見ている。
「いや、俺はソファで寝ますから……」
「そんな狭い所で……真斗さんもベッドで休みましょ?」
仁美が言うように、ソファは二人掛けで、真斗が横たわるには狭かった。
どうやら仁美の口調がいつもの穏やかなものに戻ったようだ。
「わかりました。では、失礼します」
真斗は仁美と距離を置いてベッドに横たわる。
「おやすみなさい」
そう言うと仁美は背を向けた。
肩からくびれた腰へのラインが、大きな尻の形で盛り上がっている。
その女性的な曲線が艶めかしい。
真斗も背を向けて眼を閉じる。だが、眠れそうになかった。
結局真斗は眠れないまま朝を迎えた。
仁美は時々啜り泣いて肩を震わせていた。おそらく仁美も寝てはいないだろう。
午前中には義之の遺体の検視が終わったと赤城警部補から連絡があった。
真斗は葬儀社の手配をした。
幼い頃、母の葬儀のぼんやりとした記憶が残っていたが、真斗はそれ以来葬儀に出たことはない。
だが葬儀社の担当がこれからやるべきことや段取りなどについて懇切丁寧に説明してくれた。
遺族の負担をできるだけ軽減するために、葬儀社があるのだと、初めて真斗は知った。
父の義之は、親戚付き合いがなく、ほとんど絶縁状態にあったので、葬儀は家族葬で行うことにした。
自宅近くの葬儀社に義之の遺体が運び込まれた。
仁美は時々啜り泣いて肩を震わせていた。おそらく仁美も寝てはいないだろう。
午前中には義之の遺体の検視が終わったと赤城警部補から連絡があった。
真斗は葬儀社の手配をした。
幼い頃、母の葬儀のぼんやりとした記憶が残っていたが、真斗はそれ以来葬儀に出たことはない。
だが葬儀社の担当がこれからやるべきことや段取りなどについて懇切丁寧に説明してくれた。
遺族の負担をできるだけ軽減するために、葬儀社があるのだと、初めて真斗は知った。
父の義之は、親戚付き合いがなく、ほとんど絶縁状態にあったので、葬儀は家族葬で行うことにした。
自宅近くの葬儀社に義之の遺体が運び込まれた。