第9話 セドリックの魔力調整1
ー/ー 後ろから追ってこないことを確認して、足を止める。
誰も見ていないということもあり、不機嫌さを隠す気もなく、苛々と壁に手をつく。そのまま乱暴に壁を叩きたくなる。
怒りを抑えて眉間に力を込め、全身から徐々に力を抜く。感情を吐き出すように、長く細い息を吐き出した。
このまま控え室に戻っても、他の近衛騎士に八つ当たりしてしまいそうだ。
どうしたものかと、金糸の髪を壁についていない手で掻き回す。パーティーのために整えていた髪が、くしゃくしゃと乱れた。
しばらくじっとしていたけれど、ここに留まるわけにも行かない。苛立つ感情を落ち着かせるためにも、少し散歩をしようと決める。
一歩踏み出そうとしたところで、背中に視線を感じた。
ロベルトが追ってきたのかと一瞬考えて、すぐに否定する。背後から感じる魔力は包み込むような実父のものと違い、控えめなのに自己主張が強い。
すぐに覚えのある気配だと気づく。ロベルトよりも面倒な人物だとわかり、逃げ出したくなる。
いつも何かから逃げ出したいと考えていることに気づき、少し情けなく思う。
だいたい、逃げたくても逃げられない場合が多いけれど。
その事実に辟易しながら、後ろの人物についてどうしたものかと悩む。
「エリアス、大丈夫か?」
聞こえてきた心配そうな声に、苦虫を噛みつぶしたような気分になる。心配されていると分かっていても、振り返りたくない。
しばし間を開けて背後へと視線を向ける。
「第二王子殿下」
パーティー用に装飾が施された騎士の制服を着ているのは、セドリックだった。
ふだんよりも重い空気が感じられて、違和感を覚える。
疑問を晴らそうと探るように第二王子の姿をまじまじと見る。
艶やかな黒髪は整えられていて、前髪も後ろに撫でつけるように上げている。それだけで普段よりも、落ち着いているように見えて、どっしりとした雰囲気が増す。
化粧も施されていて、形のいい顔の造作や、アイスブルーの瞳がさらに強調されていた。
一見すると、冷然とした男に見える。
温和な態度を崩さないセドリックにしては、強気な正装姿だった。
それが違和感の原因だと気づいた。
アイスブルーの瞳に映す感情は、姿とは相反してエリアスの体調を案じている。
自分の姿を客観的に思い浮かべる。手を壁について俯いている姿を見れば、体調不良に見えるのもわかる。
明らかに心配されて少し居心地が悪かったけれど、どこか擽ったくも思う。苛立っていた気持ちが少し落ち着きを取り戻した。
王子相手に恐れ多いと思わないところは、図々しいと自分でも思う。
「大丈夫です。体調が悪いわけではないので」
「しかし、顔色が悪い」
それは仕方がないことだった。
セドリックが近くにいるだけで魔力が波立ち、落ち着かない気分になるのだ。できればすぐにこの男の側から離れたい。
エリアスが普段よりも素っ気ない態度でいるからか、余計にセドリックが勘違いをしているようだった。
「控え室へ戻った方がいい。いや、それよりも寮に帰った方が……」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
できれば離れてほしい。そう言いたいところをぐっと堪える。純粋に心配している相手を突き放すのも気が引ける。
それほど顔を合わせていないのに、なぜかセドリックからは好印象を持たれているようだった。
セドリックが距離を縮めようとしても、エリアスは仲を深めたいとは思わない。
できればこれ以上会話をしたくない。どうやってこの場を切り抜けるか思案しても、荒れ狂う体内の魔力が思考を邪魔する。
吐き気や気持ちの悪さはなくても、腹の奥で渦巻く膨大な魔力に、不快感で顔が歪む。
それを見たセドリックが手を伸ばしてきた。
ぎょっとして身を引いたけれど、魔力の乱れで本調子ではないエリアスを捕らえるのは簡単だった。
肩を掴まれてびくりと身体が反応する。体内に魔力を流されたわけでもないのに、ざわめいて津波のように荒れ狂う。
肩に伝わるセドリックの力強い魔力を感じて、反射的に腕を振り払ってしまった。
「……も、申し分け、ありませ……っ、くそっ」
すべてを言い切る前に、膝から力が抜けて壁伝いにへたり込んでしまった。
軽く舌打ちしながら立とうとするけれど、暴れる魔力で上手く身体に力が入らない。
セドリックの魔力に反応して、まるで彼を求めるように体外へと溢れようとしてくる。
これほどまでに乱れるのは初めてで、どうすればいいのか分からず拳を握りしめた。
「驚かせて悪かった。だが、放っておくわけにはいかなくなった」
何を思ったのか、セドリックは意を決したように強い言葉を発する。
遠慮も躊躇いもなく伸びてくる腕に、エリアスは焦り、完全に冷静さを欠いていた。
「近寄るな! 俺に触るんじゃねぇ!」
叫ぶような声に、第二王子の動きが止まる。
エリアスの深い緑の瞳には警戒が浮かぶ。
その双眸は体内の魔力の影響で不安定に揺れている。
普段のエリアスは清廉で高潔な騎士として、近寄りがたい雰囲気を纏っている。美しすぎる相貌は、人との間を隔ててしまうこともある。
どんな美女でも裸足で逃げたくなるような美貌に、周囲は遠目で眺めるしかできない。
今の彼はそんな壁が見られず、深い緑の瞳を不安定に揺らし、頼りなげに身体を丸めている。
取り繕っている余裕などなく、普段は見せない表情と、粗野な口調が無意識に出る。
セドリックは淡い青の瞳を細めて、軽く微笑む。
その笑みは優しいものだが、なぜか背筋がぞわぞわとして鳥肌が立ってしまう。
本能的に身体が萎縮する。
「それが、お前の素顔か。普段よりもだいぶ口が悪いな」
エリアスの知らない真実までも暴こうと、深淵まで覗くように視線が向けられる。
「魔力がかなり乱れているな。俺が触れたせいか?」
ぽつりと呟かれた声に微かに驚く。魔力の状態を感知するのは難しい。大抵は直接触れて体内を探らなければ分からない。
魔力の扱いにかなり精通していなければ、できない芸当だった。
セドリックは竜騎士である。魔術師ではないのに、彼は見ただけで理解しているようだった。
「俺は魔力調整はあまりしたことがないんだが……。今のエリアスを他の人間に触れさせたくないな」
何をする気なのかとぼんやりと見ていると、セドリックがエリアスの前に膝をついた。
「王子が騎士に膝をつかないでください!」
「そんな場合ではないだろう。触れるぞ」
「嫌です!」
なんとか暴れる魔力を抑えながら、近づくセドリックを全力で拒否する。
これ以上乱されるのは勘弁してほしい。
しかし、拒絶するエリアスを見て、セドリックの笑みは深くなるばかりである。口角を上げた表情は何かを企んでいるようで、不安を煽ってくる。
有無を言わせずエリアスを抱え上げると、軽い足取りで進み始めた。
直接肌に触れられているわけでもないのに、魔力が荒れ狂う。
鍛えている成人の男を余裕の表情で抱えるセドリックに、驚く余裕もない。
幼少期はここまで魔力が乱れると、暴走して周囲に被害が出ていたはずだが、今はそれがない。
精神が追い詰められているエリアスは、そのことにまるで気づかなかった。
おとなしく抱えられたまま、乱れる魔力を宥めようと、ただただ目を閉じて体内に集中する。
今はそればかりに意識が向いていた。
いつの間にか部屋へと運ばれていたのに、それにも気づけなかった。
「……?」
背中にやわらかな感触がして、切り離していた五感が戻ってくる。
「ここは?」
きょろきょろと視線を巡らせると、整えられたベッドと、書類の散らかった机が目に入る。華美すぎないけれど、品のよい家具やソファもある。
やわらかな感触がしたのは、ベッドに横たえられたからだった。
「ここは、俺の私室だ」
セドリックは短く答えると、ぼんやりと部屋を眺めるエリアスを呆れるように見ている。
「おとなしく抱えられていないで、もう少し警戒心を持ったほうがいい。……まあ、そんな余裕もないと分かっているけどな」
ベッドの傍らに立っている王子は、シーツに膝をついて乗り上げてくる。
横たえられたエリアスの顔を囲うように手をつくと、アイスブルーの瞳に上から見下ろされた。
「お前の魔力は不思議だな。大きすぎて主張が激しいのに、派手さはない。美しい色合いをしている。それになぜか落ち着く」
「……え?」
魔力の色が見えると言ったのだろうか。人間には魔力の色は見えないはずだ。
見上げたエリアスの疑問に気づいたはずなのに、それに応えはなかった。
セドリックは片手でエリアスの顎を上向けると、さらに距離を詰めてくる。
誰も見ていないということもあり、不機嫌さを隠す気もなく、苛々と壁に手をつく。そのまま乱暴に壁を叩きたくなる。
怒りを抑えて眉間に力を込め、全身から徐々に力を抜く。感情を吐き出すように、長く細い息を吐き出した。
このまま控え室に戻っても、他の近衛騎士に八つ当たりしてしまいそうだ。
どうしたものかと、金糸の髪を壁についていない手で掻き回す。パーティーのために整えていた髪が、くしゃくしゃと乱れた。
しばらくじっとしていたけれど、ここに留まるわけにも行かない。苛立つ感情を落ち着かせるためにも、少し散歩をしようと決める。
一歩踏み出そうとしたところで、背中に視線を感じた。
ロベルトが追ってきたのかと一瞬考えて、すぐに否定する。背後から感じる魔力は包み込むような実父のものと違い、控えめなのに自己主張が強い。
すぐに覚えのある気配だと気づく。ロベルトよりも面倒な人物だとわかり、逃げ出したくなる。
いつも何かから逃げ出したいと考えていることに気づき、少し情けなく思う。
だいたい、逃げたくても逃げられない場合が多いけれど。
その事実に辟易しながら、後ろの人物についてどうしたものかと悩む。
「エリアス、大丈夫か?」
聞こえてきた心配そうな声に、苦虫を噛みつぶしたような気分になる。心配されていると分かっていても、振り返りたくない。
しばし間を開けて背後へと視線を向ける。
「第二王子殿下」
パーティー用に装飾が施された騎士の制服を着ているのは、セドリックだった。
ふだんよりも重い空気が感じられて、違和感を覚える。
疑問を晴らそうと探るように第二王子の姿をまじまじと見る。
艶やかな黒髪は整えられていて、前髪も後ろに撫でつけるように上げている。それだけで普段よりも、落ち着いているように見えて、どっしりとした雰囲気が増す。
化粧も施されていて、形のいい顔の造作や、アイスブルーの瞳がさらに強調されていた。
一見すると、冷然とした男に見える。
温和な態度を崩さないセドリックにしては、強気な正装姿だった。
それが違和感の原因だと気づいた。
アイスブルーの瞳に映す感情は、姿とは相反してエリアスの体調を案じている。
自分の姿を客観的に思い浮かべる。手を壁について俯いている姿を見れば、体調不良に見えるのもわかる。
明らかに心配されて少し居心地が悪かったけれど、どこか擽ったくも思う。苛立っていた気持ちが少し落ち着きを取り戻した。
王子相手に恐れ多いと思わないところは、図々しいと自分でも思う。
「大丈夫です。体調が悪いわけではないので」
「しかし、顔色が悪い」
それは仕方がないことだった。
セドリックが近くにいるだけで魔力が波立ち、落ち着かない気分になるのだ。できればすぐにこの男の側から離れたい。
エリアスが普段よりも素っ気ない態度でいるからか、余計にセドリックが勘違いをしているようだった。
「控え室へ戻った方がいい。いや、それよりも寮に帰った方が……」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
できれば離れてほしい。そう言いたいところをぐっと堪える。純粋に心配している相手を突き放すのも気が引ける。
それほど顔を合わせていないのに、なぜかセドリックからは好印象を持たれているようだった。
セドリックが距離を縮めようとしても、エリアスは仲を深めたいとは思わない。
できればこれ以上会話をしたくない。どうやってこの場を切り抜けるか思案しても、荒れ狂う体内の魔力が思考を邪魔する。
吐き気や気持ちの悪さはなくても、腹の奥で渦巻く膨大な魔力に、不快感で顔が歪む。
それを見たセドリックが手を伸ばしてきた。
ぎょっとして身を引いたけれど、魔力の乱れで本調子ではないエリアスを捕らえるのは簡単だった。
肩を掴まれてびくりと身体が反応する。体内に魔力を流されたわけでもないのに、ざわめいて津波のように荒れ狂う。
肩に伝わるセドリックの力強い魔力を感じて、反射的に腕を振り払ってしまった。
「……も、申し分け、ありませ……っ、くそっ」
すべてを言い切る前に、膝から力が抜けて壁伝いにへたり込んでしまった。
軽く舌打ちしながら立とうとするけれど、暴れる魔力で上手く身体に力が入らない。
セドリックの魔力に反応して、まるで彼を求めるように体外へと溢れようとしてくる。
これほどまでに乱れるのは初めてで、どうすればいいのか分からず拳を握りしめた。
「驚かせて悪かった。だが、放っておくわけにはいかなくなった」
何を思ったのか、セドリックは意を決したように強い言葉を発する。
遠慮も躊躇いもなく伸びてくる腕に、エリアスは焦り、完全に冷静さを欠いていた。
「近寄るな! 俺に触るんじゃねぇ!」
叫ぶような声に、第二王子の動きが止まる。
エリアスの深い緑の瞳には警戒が浮かぶ。
その双眸は体内の魔力の影響で不安定に揺れている。
普段のエリアスは清廉で高潔な騎士として、近寄りがたい雰囲気を纏っている。美しすぎる相貌は、人との間を隔ててしまうこともある。
どんな美女でも裸足で逃げたくなるような美貌に、周囲は遠目で眺めるしかできない。
今の彼はそんな壁が見られず、深い緑の瞳を不安定に揺らし、頼りなげに身体を丸めている。
取り繕っている余裕などなく、普段は見せない表情と、粗野な口調が無意識に出る。
セドリックは淡い青の瞳を細めて、軽く微笑む。
その笑みは優しいものだが、なぜか背筋がぞわぞわとして鳥肌が立ってしまう。
本能的に身体が萎縮する。
「それが、お前の素顔か。普段よりもだいぶ口が悪いな」
エリアスの知らない真実までも暴こうと、深淵まで覗くように視線が向けられる。
「魔力がかなり乱れているな。俺が触れたせいか?」
ぽつりと呟かれた声に微かに驚く。魔力の状態を感知するのは難しい。大抵は直接触れて体内を探らなければ分からない。
魔力の扱いにかなり精通していなければ、できない芸当だった。
セドリックは竜騎士である。魔術師ではないのに、彼は見ただけで理解しているようだった。
「俺は魔力調整はあまりしたことがないんだが……。今のエリアスを他の人間に触れさせたくないな」
何をする気なのかとぼんやりと見ていると、セドリックがエリアスの前に膝をついた。
「王子が騎士に膝をつかないでください!」
「そんな場合ではないだろう。触れるぞ」
「嫌です!」
なんとか暴れる魔力を抑えながら、近づくセドリックを全力で拒否する。
これ以上乱されるのは勘弁してほしい。
しかし、拒絶するエリアスを見て、セドリックの笑みは深くなるばかりである。口角を上げた表情は何かを企んでいるようで、不安を煽ってくる。
有無を言わせずエリアスを抱え上げると、軽い足取りで進み始めた。
直接肌に触れられているわけでもないのに、魔力が荒れ狂う。
鍛えている成人の男を余裕の表情で抱えるセドリックに、驚く余裕もない。
幼少期はここまで魔力が乱れると、暴走して周囲に被害が出ていたはずだが、今はそれがない。
精神が追い詰められているエリアスは、そのことにまるで気づかなかった。
おとなしく抱えられたまま、乱れる魔力を宥めようと、ただただ目を閉じて体内に集中する。
今はそればかりに意識が向いていた。
いつの間にか部屋へと運ばれていたのに、それにも気づけなかった。
「……?」
背中にやわらかな感触がして、切り離していた五感が戻ってくる。
「ここは?」
きょろきょろと視線を巡らせると、整えられたベッドと、書類の散らかった机が目に入る。華美すぎないけれど、品のよい家具やソファもある。
やわらかな感触がしたのは、ベッドに横たえられたからだった。
「ここは、俺の私室だ」
セドリックは短く答えると、ぼんやりと部屋を眺めるエリアスを呆れるように見ている。
「おとなしく抱えられていないで、もう少し警戒心を持ったほうがいい。……まあ、そんな余裕もないと分かっているけどな」
ベッドの傍らに立っている王子は、シーツに膝をついて乗り上げてくる。
横たえられたエリアスの顔を囲うように手をつくと、アイスブルーの瞳に上から見下ろされた。
「お前の魔力は不思議だな。大きすぎて主張が激しいのに、派手さはない。美しい色合いをしている。それになぜか落ち着く」
「……え?」
魔力の色が見えると言ったのだろうか。人間には魔力の色は見えないはずだ。
見上げたエリアスの疑問に気づいたはずなのに、それに応えはなかった。
セドリックは片手でエリアスの顎を上向けると、さらに距離を詰めてくる。
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誰も見ていないということもあり、不機嫌さを隠す気もなく、苛々と壁に手をつく。そのまま乱暴に壁を叩きたくなる。
怒りを抑えて眉間に力を込め、全身から徐々に力を抜く。感情を吐き出すように、長く細い息を吐き出した。
このまま控え室に戻っても、他の近衛騎士に八つ当たりしてしまいそうだ。
どうしたものかと、金糸の髪を壁についていない手で掻き回す。パーティーのために整えていた髪が、くしゃくしゃと乱れた。
しばらくじっとしていたけれど、ここに留まるわけにも行かない。苛立つ感情を落ち着かせるためにも、少し散歩をしようと決める。
一歩踏み出そうとしたところで、背中に視線を感じた。
ロベルトが追ってきたのかと一瞬考えて、すぐに否定する。背後から感じる魔力は包み込むような実父のものと違い、控えめなのに自己主張が強い。
すぐに覚えのある気配だと気づく。ロベルトよりも面倒な人物だとわかり、逃げ出したくなる。
いつも何かから逃げ出したいと考えていることに気づき、少し情けなく思う。
だいたい、逃げたくても逃げられない場合が多いけれど。
いつも何かから逃げ出したいと考えていることに気づき、少し情けなく思う。
だいたい、逃げたくても逃げられない場合が多いけれど。
その事実に辟易しながら、後ろの人物についてどうしたものかと悩む。
「エリアス、大丈夫か?」
聞こえてきた心配そうな声に、苦虫を噛みつぶしたような気分になる。心配されていると分かっていても、振り返りたくない。
しばし間を開けて背後へと視線を向ける。
しばし間を開けて背後へと視線を向ける。
「第二王子殿下」
パーティー用に装飾が施された騎士の制服を着ているのは、セドリックだった。
ふだんよりも重い空気が感じられて、違和感を覚える。
疑問を晴らそうと探るように第二王子の姿をまじまじと見る。
ふだんよりも重い空気が感じられて、違和感を覚える。
疑問を晴らそうと探るように第二王子の姿をまじまじと見る。
艶やかな黒髪は整えられていて、前髪も後ろに撫でつけるように上げている。それだけで普段よりも、落ち着いているように見えて、どっしりとした雰囲気が増す。
化粧も施されていて、形のいい顔の造作や、アイスブルーの瞳がさらに強調されていた。
化粧も施されていて、形のいい顔の造作や、アイスブルーの瞳がさらに強調されていた。
一見すると、冷然とした男に見える。
温和な態度を崩さないセドリックにしては、強気な正装姿だった。
温和な態度を崩さないセドリックにしては、強気な正装姿だった。
それが違和感の原因だと気づいた。
アイスブルーの瞳に映す感情は、姿とは相反してエリアスの体調を案じている。
アイスブルーの瞳に映す感情は、姿とは相反してエリアスの体調を案じている。
自分の姿を客観的に思い浮かべる。手を壁について俯いている姿を見れば、体調不良に見えるのもわかる。
明らかに心配されて少し居心地が悪かったけれど、どこか擽ったくも思う。苛立っていた気持ちが少し落ち着きを取り戻した。
王子相手に恐れ多いと思わないところは、図々しいと自分でも思う。
「大丈夫です。体調が悪いわけではないので」
「しかし、顔色が悪い」
「しかし、顔色が悪い」
それは仕方がないことだった。
セドリックが近くにいるだけで魔力が波立ち、落ち着かない気分になるのだ。できればすぐにこの男の側から離れたい。
セドリックが近くにいるだけで魔力が波立ち、落ち着かない気分になるのだ。できればすぐにこの男の側から離れたい。
エリアスが普段よりも素っ気ない態度でいるからか、余計にセドリックが勘違いをしているようだった。
「控え室へ戻った方がいい。いや、それよりも寮に帰った方が……」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
できれば離れてほしい。そう言いたいところをぐっと堪える。純粋に心配している相手を突き放すのも気が引ける。
それほど顔を合わせていないのに、なぜかセドリックからは好印象を持たれているようだった。
セドリックが距離を縮めようとしても、エリアスは仲を深めたいとは思わない。
セドリックが距離を縮めようとしても、エリアスは仲を深めたいとは思わない。
できればこれ以上会話をしたくない。どうやってこの場を切り抜けるか思案しても、荒れ狂う体内の魔力が思考を邪魔する。
吐き気や気持ちの悪さはなくても、腹の奥で渦巻く膨大な魔力に、不快感で顔が歪む。
それを見たセドリックが手を伸ばしてきた。
それを見たセドリックが手を伸ばしてきた。
ぎょっとして身を引いたけれど、魔力の乱れで本調子ではないエリアスを捕らえるのは簡単だった。
肩を掴まれてびくりと身体が反応する。体内に魔力を流されたわけでもないのに、ざわめいて津波のように荒れ狂う。
肩に伝わるセドリックの力強い魔力を感じて、反射的に腕を振り払ってしまった。
肩に伝わるセドリックの力強い魔力を感じて、反射的に腕を振り払ってしまった。
「……も、申し分け、ありませ……っ、くそっ」
すべてを言い切る前に、膝から力が抜けて壁伝いにへたり込んでしまった。
軽く舌打ちしながら立とうとするけれど、暴れる魔力で上手く身体に力が入らない。
セドリックの魔力に反応して、まるで彼を求めるように体外へと溢れようとしてくる。
セドリックの魔力に反応して、まるで彼を求めるように体外へと溢れようとしてくる。
これほどまでに乱れるのは初めてで、どうすればいいのか分からず拳を握りしめた。
「驚かせて悪かった。だが、放っておくわけにはいかなくなった」
何を思ったのか、セドリックは意を決したように強い言葉を発する。
遠慮も躊躇いもなく伸びてくる腕に、エリアスは焦り、完全に冷静さを欠いていた。
遠慮も躊躇いもなく伸びてくる腕に、エリアスは焦り、完全に冷静さを欠いていた。
「近寄るな! 俺に触るんじゃねぇ!」
叫ぶような声に、第二王子の動きが止まる。
エリアスの深い緑の瞳には警戒が浮かぶ。
その双眸は体内の魔力の影響で不安定に揺れている。
その双眸は体内の魔力の影響で不安定に揺れている。
普段のエリアスは清廉で高潔な騎士として、近寄りがたい雰囲気を纏っている。美しすぎる相貌は、人との間を隔ててしまうこともある。
どんな美女でも裸足で逃げたくなるような美貌に、周囲は遠目で眺めるしかできない。
どんな美女でも裸足で逃げたくなるような美貌に、周囲は遠目で眺めるしかできない。
今の彼はそんな壁が見られず、深い緑の瞳を不安定に揺らし、頼りなげに身体を丸めている。
取り繕っている余裕などなく、普段は見せない表情と、粗野な口調が無意識に出る。
セドリックは淡い青の瞳を細めて、軽く微笑む。
セドリックは淡い青の瞳を細めて、軽く微笑む。
その笑みは優しいものだが、なぜか背筋がぞわぞわとして鳥肌が立ってしまう。
本能的に身体が萎縮する。
本能的に身体が萎縮する。
「それが、お前の素顔か。普段よりもだいぶ口が悪いな」
エリアスの知らない真実までも暴こうと、深淵まで覗くように視線が向けられる。
「魔力がかなり乱れているな。俺が触れたせいか?」
ぽつりと呟かれた声に微かに驚く。魔力の状態を感知するのは難しい。大抵は直接触れて体内を探らなければ分からない。
魔力の扱いにかなり精通していなければ、できない芸当だった。
魔力の扱いにかなり精通していなければ、できない芸当だった。
セドリックは竜騎士である。魔術師ではないのに、彼は見ただけで理解しているようだった。
「俺は魔力調整はあまりしたことがないんだが……。今のエリアスを他の人間に触れさせたくないな」
何をする気なのかとぼんやりと見ていると、セドリックがエリアスの前に膝をついた。
「王子が騎士に膝をつかないでください!」
「そんな場合ではないだろう。触れるぞ」
「嫌です!」
「そんな場合ではないだろう。触れるぞ」
「嫌です!」
なんとか暴れる魔力を抑えながら、近づくセドリックを全力で拒否する。
これ以上乱されるのは勘弁してほしい。
これ以上乱されるのは勘弁してほしい。
しかし、拒絶するエリアスを見て、セドリックの笑みは深くなるばかりである。口角を上げた表情は何かを企んでいるようで、不安を煽ってくる。
有無を言わせずエリアスを抱え上げると、軽い足取りで進み始めた。
直接肌に触れられているわけでもないのに、魔力が荒れ狂う。
鍛えている成人の男を余裕の表情で抱えるセドリックに、驚く余裕もない。
直接肌に触れられているわけでもないのに、魔力が荒れ狂う。
鍛えている成人の男を余裕の表情で抱えるセドリックに、驚く余裕もない。
幼少期はここまで魔力が乱れると、暴走して周囲に被害が出ていたはずだが、今はそれがない。
精神が追い詰められているエリアスは、そのことにまるで気づかなかった。
精神が追い詰められているエリアスは、そのことにまるで気づかなかった。
おとなしく抱えられたまま、乱れる魔力を宥めようと、ただただ目を閉じて体内に集中する。
今はそればかりに意識が向いていた。
今はそればかりに意識が向いていた。
いつの間にか部屋へと運ばれていたのに、それにも気づけなかった。
「……?」
背中にやわらかな感触がして、切り離していた五感が戻ってくる。
「ここは?」
きょろきょろと視線を巡らせると、整えられたベッドと、書類の散らかった机が目に入る。華美すぎないけれど、品のよい家具やソファもある。
やわらかな感触がしたのは、ベッドに横たえられたからだった。
「ここは、俺の私室だ」
セドリックは短く答えると、ぼんやりと部屋を眺めるエリアスを呆れるように見ている。
「おとなしく抱えられていないで、もう少し警戒心を持ったほうがいい。……まあ、そんな余裕もないと分かっているけどな」
ベッドの傍らに立っている王子は、シーツに膝をついて乗り上げてくる。
横たえられたエリアスの顔を囲うように手をつくと、アイスブルーの瞳に上から見下ろされた。
横たえられたエリアスの顔を囲うように手をつくと、アイスブルーの瞳に上から見下ろされた。
「お前の魔力は不思議だな。大きすぎて主張が激しいのに、派手さはない。美しい色合いをしている。それになぜか落ち着く」
「……え?」
「……え?」
魔力の色が見えると言ったのだろうか。人間には魔力の色は見えないはずだ。
見上げたエリアスの疑問に気づいたはずなのに、それに応えはなかった。
見上げたエリアスの疑問に気づいたはずなのに、それに応えはなかった。
セドリックは片手でエリアスの顎を上向けると、さらに距離を詰めてくる。