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第9話 セドリックの魔力調整1

ー/ー



 後ろから追ってこないことを確認して、足を止める。

 誰も見ていないということもあり、不機嫌さを隠す気もなく、苛々と壁に手をつく。そのまま乱暴に壁を叩きたくなる。

 怒りを抑えて眉間に力を込め、全身から徐々に力を抜く。感情を吐き出すように、長く細い息を吐き出した。

 このまま控え室に戻っても、他の近衛騎士に八つ当たりしてしまいそうだ。

 どうしたものかと、金糸の髪を壁についていない手で掻き回す。パーティーのために整えていた髪が、くしゃくしゃと乱れた。

 しばらくじっとしていたけれど、ここに留まるわけにも行かない。苛立つ感情を落ち着かせるためにも、少し散歩をしようと決める。

 一歩踏み出そうとしたところで、背中に視線を感じた。

 ロベルトが追ってきたのかと一瞬考えて、すぐに否定する。背後から感じる魔力は包み込むような実父のものと違い、控えめなのに自己主張が強い。

 すぐに覚えのある気配だと気づく。ロベルトよりも面倒な人物だとわかり、逃げ出したくなる。
 いつも何かから逃げ出したいと考えていることに気づき、少し情けなく思う。
 だいたい、逃げたくても逃げられない場合が多いけれど。

 その事実に辟易しながら、後ろの人物についてどうしたものかと悩む。

「エリアス、大丈夫か?」

 聞こえてきた心配そうな声に、苦虫を噛みつぶしたような気分になる。心配されていると分かっていても、振り返りたくない。
 しばし間を開けて背後へと視線を向ける。

「第二王子殿下」

 パーティー用に装飾が施された騎士の制服を着ているのは、セドリックだった。
 ふだんよりも重い空気が感じられて、違和感を覚える。
 疑問を晴らそうと探るように第二王子の姿をまじまじと見る。

 艶やかな黒髪は整えられていて、前髪も後ろに撫でつけるように上げている。それだけで普段よりも、落ち着いているように見えて、どっしりとした雰囲気が増す。
 化粧も施されていて、形のいい顔の造作や、アイスブルーの瞳がさらに強調されていた。

  一見すると、冷然とした男に見える。
 温和な態度を崩さないセドリックにしては、強気な正装姿だった。

 それが違和感の原因だと気づいた。
 アイスブルーの瞳に映す感情は、姿とは相反してエリアスの体調を案じている。

 自分の姿を客観的に思い浮かべる。手を壁について俯いている姿を見れば、体調不良に見えるのもわかる。

 明らかに心配されて少し居心地が悪かったけれど、どこか擽ったくも思う。苛立っていた気持ちが少し落ち着きを取り戻した。

 王子相手に恐れ多いと思わないところは、図々しいと自分でも思う。

「大丈夫です。体調が悪いわけではないので」
「しかし、顔色が悪い」

 それは仕方がないことだった。
 セドリックが近くにいるだけで魔力が波立ち、落ち着かない気分になるのだ。できればすぐにこの男の側から離れたい。

 エリアスが普段よりも素っ気ない態度でいるからか、余計にセドリックが勘違いをしているようだった。

「控え室へ戻った方がいい。いや、それよりも寮に帰った方が……」
「いえ、本当に大丈夫ですから」

 できれば離れてほしい。そう言いたいところをぐっと堪える。純粋に心配している相手を突き放すのも気が引ける。

 それほど顔を合わせていないのに、なぜかセドリックからは好印象を持たれているようだった。
 セドリックが距離を縮めようとしても、エリアスは仲を深めたいとは思わない。

 できればこれ以上会話をしたくない。どうやってこの場を切り抜けるか思案しても、荒れ狂う体内の魔力が思考を邪魔する。

 吐き気や気持ちの悪さはなくても、腹の奥で渦巻く膨大な魔力に、不快感で顔が歪む。
 それを見たセドリックが手を伸ばしてきた。

 ぎょっとして身を引いたけれど、魔力の乱れで本調子ではないエリアスを捕らえるのは簡単だった。

 肩を掴まれてびくりと身体が反応する。体内に魔力を流されたわけでもないのに、ざわめいて津波のように荒れ狂う。
 肩に伝わるセドリックの力強い魔力を感じて、反射的に腕を振り払ってしまった。

「……も、申し分け、ありませ……っ、くそっ」

 すべてを言い切る前に、膝から力が抜けて壁伝いにへたり込んでしまった。

 軽く舌打ちしながら立とうとするけれど、暴れる魔力で上手く身体に力が入らない。
 セドリックの魔力に反応して、まるで彼を求めるように体外へと溢れようとしてくる。

 これほどまでに乱れるのは初めてで、どうすればいいのか分からず拳を握りしめた。

「驚かせて悪かった。だが、放っておくわけにはいかなくなった」

 何を思ったのか、セドリックは意を決したように強い言葉を発する。
 遠慮も躊躇いもなく伸びてくる腕に、エリアスは焦り、完全に冷静さを欠いていた。

「近寄るな! 俺に触るんじゃねぇ!」

 叫ぶような声に、第二王子の動きが止まる。

 エリアスの深い緑の瞳には警戒が浮かぶ。
 その双眸は体内の魔力の影響で不安定に揺れている。

 普段のエリアスは清廉で高潔な騎士として、近寄りがたい雰囲気を纏っている。美しすぎる相貌は、人との間を隔ててしまうこともある。
 どんな美女でも裸足で逃げたくなるような美貌に、周囲は遠目で眺めるしかできない。

 今の彼はそんな壁が見られず、深い緑の瞳を不安定に揺らし、頼りなげに身体を丸めている。

 取り繕っている余裕などなく、普段は見せない表情と、粗野な口調が無意識に出る。
 セドリックは淡い青の瞳を細めて、軽く微笑む。

 その笑みは優しいものだが、なぜか背筋がぞわぞわとして鳥肌が立ってしまう。
 本能的に身体が萎縮する。

「それが、お前の素顔か。普段よりもだいぶ口が悪いな」

 エリアスの知らない真実までも暴こうと、深淵まで覗くように視線が向けられる。

「魔力がかなり乱れているな。俺が触れたせいか?」

 ぽつりと呟かれた声に微かに驚く。魔力の状態を感知するのは難しい。大抵は直接触れて体内を探らなければ分からない。
 魔力の扱いにかなり精通していなければ、できない芸当だった。

 セドリックは竜騎士である。魔術師ではないのに、彼は見ただけで理解しているようだった。

「俺は魔力調整はあまりしたことがないんだが……。今のエリアスを他の人間に触れさせたくないな」

 何をする気なのかとぼんやりと見ていると、セドリックがエリアスの前に膝をついた。

「王子が騎士に膝をつかないでください!」
「そんな場合ではないだろう。触れるぞ」
「嫌です!」

 なんとか暴れる魔力を抑えながら、近づくセドリックを全力で拒否する。
 これ以上乱されるのは勘弁してほしい。

 しかし、拒絶するエリアスを見て、セドリックの笑みは深くなるばかりである。口角を上げた表情は何かを企んでいるようで、不安を煽ってくる。

 有無を言わせずエリアスを抱え上げると、軽い足取りで進み始めた。
 直接肌に触れられているわけでもないのに、魔力が荒れ狂う。
 鍛えている成人の男を余裕の表情で抱えるセドリックに、驚く余裕もない。

 幼少期はここまで魔力が乱れると、暴走して周囲に被害が出ていたはずだが、今はそれがない。
 精神が追い詰められているエリアスは、そのことにまるで気づかなかった。

 おとなしく抱えられたまま、乱れる魔力を宥めようと、ただただ目を閉じて体内に集中する。
 今はそればかりに意識が向いていた。

 いつの間にか部屋へと運ばれていたのに、それにも気づけなかった。

「……?」

 背中にやわらかな感触がして、切り離していた五感が戻ってくる。

「ここは?」

 きょろきょろと視線を巡らせると、整えられたベッドと、書類の散らかった机が目に入る。華美すぎないけれど、品のよい家具やソファもある。

 やわらかな感触がしたのは、ベッドに横たえられたからだった。

「ここは、俺の私室だ」

 セドリックは短く答えると、ぼんやりと部屋を眺めるエリアスを呆れるように見ている。

「おとなしく抱えられていないで、もう少し警戒心を持ったほうがいい。……まあ、そんな余裕もないと分かっているけどな」

 ベッドの傍らに立っている王子は、シーツに膝をついて乗り上げてくる。
 横たえられたエリアスの顔を囲うように手をつくと、アイスブルーの瞳に上から見下ろされた。

「お前の魔力は不思議だな。大きすぎて主張が激しいのに、派手さはない。美しい色合いをしている。それになぜか落ち着く」
「……え?」

 魔力の色が見えると言ったのだろうか。人間には魔力の色は見えないはずだ。
 見上げたエリアスの疑問に気づいたはずなのに、それに応えはなかった。

 セドリックは片手でエリアスの顎を上向けると、さらに距離を詰めてくる。


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 後ろから追ってこないことを確認して、足を止める。
 誰も見ていないということもあり、不機嫌さを隠す気もなく、苛々と壁に手をつく。そのまま乱暴に壁を叩きたくなる。
 怒りを抑えて眉間に力を込め、全身から徐々に力を抜く。感情を吐き出すように、長く細い息を吐き出した。
 このまま控え室に戻っても、他の近衛騎士に八つ当たりしてしまいそうだ。
 どうしたものかと、金糸の髪を壁についていない手で掻き回す。パーティーのために整えていた髪が、くしゃくしゃと乱れた。
 しばらくじっとしていたけれど、ここに留まるわけにも行かない。苛立つ感情を落ち着かせるためにも、少し散歩をしようと決める。
 一歩踏み出そうとしたところで、背中に視線を感じた。
 ロベルトが追ってきたのかと一瞬考えて、すぐに否定する。背後から感じる魔力は包み込むような実父のものと違い、控えめなのに自己主張が強い。
 すぐに覚えのある気配だと気づく。ロベルトよりも面倒な人物だとわかり、逃げ出したくなる。
 いつも何かから逃げ出したいと考えていることに気づき、少し情けなく思う。
 だいたい、逃げたくても逃げられない場合が多いけれど。
 その事実に辟易しながら、後ろの人物についてどうしたものかと悩む。
「エリアス、大丈夫か?」
 聞こえてきた心配そうな声に、苦虫を噛みつぶしたような気分になる。心配されていると分かっていても、振り返りたくない。
 しばし間を開けて背後へと視線を向ける。
「第二王子殿下」
 パーティー用に装飾が施された騎士の制服を着ているのは、セドリックだった。
 ふだんよりも重い空気が感じられて、違和感を覚える。
 疑問を晴らそうと探るように第二王子の姿をまじまじと見る。
 艶やかな黒髪は整えられていて、前髪も後ろに撫でつけるように上げている。それだけで普段よりも、落ち着いているように見えて、どっしりとした雰囲気が増す。
 化粧も施されていて、形のいい顔の造作や、アイスブルーの瞳がさらに強調されていた。
  一見すると、冷然とした男に見える。
 温和な態度を崩さないセドリックにしては、強気な正装姿だった。
 それが違和感の原因だと気づいた。
 アイスブルーの瞳に映す感情は、姿とは相反してエリアスの体調を案じている。
 自分の姿を客観的に思い浮かべる。手を壁について俯いている姿を見れば、体調不良に見えるのもわかる。
 明らかに心配されて少し居心地が悪かったけれど、どこか擽ったくも思う。苛立っていた気持ちが少し落ち着きを取り戻した。
 王子相手に恐れ多いと思わないところは、図々しいと自分でも思う。
「大丈夫です。体調が悪いわけではないので」
「しかし、顔色が悪い」
 それは仕方がないことだった。
 セドリックが近くにいるだけで魔力が波立ち、落ち着かない気分になるのだ。できればすぐにこの男の側から離れたい。
 エリアスが普段よりも素っ気ない態度でいるからか、余計にセドリックが勘違いをしているようだった。
「控え室へ戻った方がいい。いや、それよりも寮に帰った方が……」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
 できれば離れてほしい。そう言いたいところをぐっと堪える。純粋に心配している相手を突き放すのも気が引ける。
 それほど顔を合わせていないのに、なぜかセドリックからは好印象を持たれているようだった。
 セドリックが距離を縮めようとしても、エリアスは仲を深めたいとは思わない。
 できればこれ以上会話をしたくない。どうやってこの場を切り抜けるか思案しても、荒れ狂う体内の魔力が思考を邪魔する。
 吐き気や気持ちの悪さはなくても、腹の奥で渦巻く膨大な魔力に、不快感で顔が歪む。
 それを見たセドリックが手を伸ばしてきた。
 ぎょっとして身を引いたけれど、魔力の乱れで本調子ではないエリアスを捕らえるのは簡単だった。
 肩を掴まれてびくりと身体が反応する。体内に魔力を流されたわけでもないのに、ざわめいて津波のように荒れ狂う。
 肩に伝わるセドリックの力強い魔力を感じて、反射的に腕を振り払ってしまった。
「……も、申し分け、ありませ……っ、くそっ」
 すべてを言い切る前に、膝から力が抜けて壁伝いにへたり込んでしまった。
 軽く舌打ちしながら立とうとするけれど、暴れる魔力で上手く身体に力が入らない。
 セドリックの魔力に反応して、まるで彼を求めるように体外へと溢れようとしてくる。
 これほどまでに乱れるのは初めてで、どうすればいいのか分からず拳を握りしめた。
「驚かせて悪かった。だが、放っておくわけにはいかなくなった」
 何を思ったのか、セドリックは意を決したように強い言葉を発する。
 遠慮も躊躇いもなく伸びてくる腕に、エリアスは焦り、完全に冷静さを欠いていた。
「近寄るな! 俺に触るんじゃねぇ!」
 叫ぶような声に、第二王子の動きが止まる。
 エリアスの深い緑の瞳には警戒が浮かぶ。
 その双眸は体内の魔力の影響で不安定に揺れている。
 普段のエリアスは清廉で高潔な騎士として、近寄りがたい雰囲気を纏っている。美しすぎる相貌は、人との間を隔ててしまうこともある。
 どんな美女でも裸足で逃げたくなるような美貌に、周囲は遠目で眺めるしかできない。
 今の彼はそんな壁が見られず、深い緑の瞳を不安定に揺らし、頼りなげに身体を丸めている。
 取り繕っている余裕などなく、普段は見せない表情と、粗野な口調が無意識に出る。
 セドリックは淡い青の瞳を細めて、軽く微笑む。
 その笑みは優しいものだが、なぜか背筋がぞわぞわとして鳥肌が立ってしまう。
 本能的に身体が萎縮する。
「それが、お前の素顔か。普段よりもだいぶ口が悪いな」
 エリアスの知らない真実までも暴こうと、深淵まで覗くように視線が向けられる。
「魔力がかなり乱れているな。俺が触れたせいか?」
 ぽつりと呟かれた声に微かに驚く。魔力の状態を感知するのは難しい。大抵は直接触れて体内を探らなければ分からない。
 魔力の扱いにかなり精通していなければ、できない芸当だった。
 セドリックは竜騎士である。魔術師ではないのに、彼は見ただけで理解しているようだった。
「俺は魔力調整はあまりしたことがないんだが……。今のエリアスを他の人間に触れさせたくないな」
 何をする気なのかとぼんやりと見ていると、セドリックがエリアスの前に膝をついた。
「王子が騎士に膝をつかないでください!」
「そんな場合ではないだろう。触れるぞ」
「嫌です!」
 なんとか暴れる魔力を抑えながら、近づくセドリックを全力で拒否する。
 これ以上乱されるのは勘弁してほしい。
 しかし、拒絶するエリアスを見て、セドリックの笑みは深くなるばかりである。口角を上げた表情は何かを企んでいるようで、不安を煽ってくる。
 有無を言わせずエリアスを抱え上げると、軽い足取りで進み始めた。
 直接肌に触れられているわけでもないのに、魔力が荒れ狂う。
 鍛えている成人の男を余裕の表情で抱えるセドリックに、驚く余裕もない。
 幼少期はここまで魔力が乱れると、暴走して周囲に被害が出ていたはずだが、今はそれがない。
 精神が追い詰められているエリアスは、そのことにまるで気づかなかった。
 おとなしく抱えられたまま、乱れる魔力を宥めようと、ただただ目を閉じて体内に集中する。
 今はそればかりに意識が向いていた。
 いつの間にか部屋へと運ばれていたのに、それにも気づけなかった。
「……?」
 背中にやわらかな感触がして、切り離していた五感が戻ってくる。
「ここは?」
 きょろきょろと視線を巡らせると、整えられたベッドと、書類の散らかった机が目に入る。華美すぎないけれど、品のよい家具やソファもある。
 やわらかな感触がしたのは、ベッドに横たえられたからだった。
「ここは、俺の私室だ」
 セドリックは短く答えると、ぼんやりと部屋を眺めるエリアスを呆れるように見ている。
「おとなしく抱えられていないで、もう少し警戒心を持ったほうがいい。……まあ、そんな余裕もないと分かっているけどな」
 ベッドの傍らに立っている王子は、シーツに膝をついて乗り上げてくる。
 横たえられたエリアスの顔を囲うように手をつくと、アイスブルーの瞳に上から見下ろされた。
「お前の魔力は不思議だな。大きすぎて主張が激しいのに、派手さはない。美しい色合いをしている。それになぜか落ち着く」
「……え?」
 魔力の色が見えると言ったのだろうか。人間には魔力の色は見えないはずだ。
 見上げたエリアスの疑問に気づいたはずなのに、それに応えはなかった。
 セドリックは片手でエリアスの顎を上向けると、さらに距離を詰めてくる。