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第8話 英雄ロベルト・ニリアン

ー/ー



 あっという間にパーティー当日となった。
 煌びやかな会場はシャンデリアに明るく照らされて、夜という時間を忘れさせる。

 招待された貴族たちはパートナーとともに入場している。
 王族たちの挨拶は簡単なもので済まされ、皆緩やかな時間を楽しんでいた。

 バルコニーから外を見れば、街の明かりはぽつりぽつりとしか見えない。しかし夜空の星々は、まるで英雄の帰還を歓迎するように煌々と輝いている。
 街でも英雄の帰還という話題で、盛り上がっていることが予想できた。

 国王が主催するこの祝いの席は、社交を目的としたものではない。普段よりは気軽に参加できるとあって、招待された貴族は大体のものが参加しているようだった。

 貴族同士の社交が目的ではないとはいえ、英雄と交流したい貴族は大勢いる。
 英雄ロベルト・ニリアン。元は平民だが、今は叙爵されて伯爵としての立場を持っている。

 当初は子爵であったものの、英雄としての功績を積み上げすぎて、今では伯爵まで上り詰めていた。

 輝く美貌というにほど整っているわけではないけれど、ロベルトの柔和な顔は好印象を抱かせる。剣の腕は大陸最強と言われているほどなのに、その顔の作りで威圧的には感じられない。

 アストリア王国ではよくある淡い金髪は、光を反射して王冠のように輝き、瞳は碧眼でやわらかな色を帯びている。
 瞳に映す意志の強さは、さらにロベルトを魅力的に見せている。

 身体はがっしりとした厚い筋肉に覆われていて、日頃から鍛えられているのがよくわかる。
 やわらかな笑みを浮かべていると、そこまで武芸に秀でているようには見えない。伝えられる武勇伝とは対照的に、ロベルトには穏やかで落ち着いた雰囲気がある。

 身を包む服は王立騎士団の制服と似ているけれど、どの部隊にも存在しない色合いだった。華美になりすぎない淡い空色の服は、ロベルトにだけ許された色だ。

 元々は王立騎士団に所属していたロベルトは、英雄として力を発揮すると組織に所属することが許されない立場となった。
 大きすぎる栄光が邪魔で、ロベルトに首輪をつけることができなくなったのだ。

 社交の場で貴族として着飾ることもある。それでも基本的な性質は騎士のときに培われたものだ。
 その貴質もあり、だいたい普段からこの制服を着ていることが多い。
 今回のパーティーは帰還の祝いということもあり、この服で出ているようだ。

 始めは国王の意向で、英雄が普段着る服は華やかな衣装を考えていたらしい。けれどロベルトが華美ものを好まないことはよく知られていたこともあり、いつのまにかこの空色の制服がロベルトの象徴となっていた。

 まったく貴族らしくなく、王城ではよく見る形の服で、どちらかといえば目立たないと言ってもいい。それでもロベルトはこの服を好んでいたし、よく似合っていた。

 強すぎる権力も厄介だが、物理的な能力が高すぎるのはもっと厄介だった。
 彼一人の力で国ひとつ滅ぼすことも可能であると言われている。

 猛獣と同じような扱いを受けつつも、理性のある人間である。この男を自由に制御することが難しくても、話ができるだけましなのかもしれない。
 そんな風に扱われてもロベルト自身は、平和を愛する人物でむやみに争うことはない。

 やわらかな笑顔を浮かべていても、立場としては国王よりも慎重に扱われることが多い。
 そんなロベルトの周囲には、なんとしてでも顔を覚えてもらいたい貴族が押しかけている。

 それを横目にエリアスは普段通り護衛の任務に就いていた。

 テーブルに並べられた料理は、国を代表する最高の料理人が作っている。そんな極上の一皿を横目に見ていると空腹を感じてしまう。
 そんなことは微塵も顔に出さないで、エリアスはトリスタンの背後におとなしく控えている。

 父親がどこにいるかなんて、人だかりだけで分かってしまう。
 おそらく英雄の周囲に集まっている貴族たちは、ロベルトの頭の中ではかぼちゃのようなものだろう。

 そこにできるだけ近づかないようにと、パーティーの前から何度もトリスタンに頼み込んだ。その甲斐もあって距離は空いている。

 それでも第三王子としてロベルトと対面する機会がある。
 その時間帯はなんとか護衛の担当を外させてもらったので、直接ロベルトと顔を合わせることはないだろう。

 だが、ロベルトの方はエリアスに会いたいはずだ。
 エリアスはロベルトを嫌って近づかないのに、ロベルトは息子を溺愛していて、機会があれば話しかけてこようとするのだ。

 エリアスに嫌われていると本人も知っているのに、どれだけ冷たい視線を向けても、刺々しい言葉で拒否しても諦めない。

 エリアスは父親のしつこいくらいの愛情に辟易しているのに、ロベルトは拒絶してもまったく意に介さないのだ。

 エリアスの美しい顔面に、ロベルトの強い視線が突き刺さる。先程からずっとちらちらと目が向けられているのは、気づいていた。
 実父が今どこを見ているかなんて、視線を向けなくても分かるくらいだ。

「ロベルトがとろけるような笑顔でこちらを見ているぞ」
「そんなのいちいち教えてくれなくても知ってます」

 トリスタンの呆れた声に疲れた声で応じながらも、エリアスは柔和な笑みを浮かべてロベルトを無視している。

「エリアスの顔はこの国一番と言われるほどの美貌だからな。父親としては、変な虫がつかないか心配なんだろう」
「俺は成人した男で、騎士ですから。そんな心配をされても迷惑なだけです」
「まあ、確かに、うざいくらいの視線だな」

 くつくつと喉を鳴らして笑っているのを、エリアスは嘆息する。
 時折エリアスと会話をしながらも、やってくる貴族を優雅にあしらうトリスタンの手腕はさすがである。

 護衛として約一年側にいるけれど、いまだに貴族の相手をするのは好きになれない。
 話しかけられればにこやかに対応はするけれど、好んで話したいとは思えない。貴族同士の駆け引きや、相手の裏を読みながらの言葉での応酬は、エリアスは苦手だった。

 情報収集で夜の街を徘徊するときに似たようなことしていても、そちらは楽しむ余裕がある。平民は無駄に相手を褒めたり、綺麗な言葉の裏に棘を含ませたりしない。

 着飾らない素直な言葉は、とても好ましい。
 相手を如何にして追い落とそうと画策しながらの会話など、まったく面白くない。

 こんな人間たちを相手にする王子という立場は、本当に大変だろうと思う。心中の疲労を察しながらも、静かにエリアスは立ち続ける。
 しばらくすると交代の近衛騎士がやってきた。ようやく休憩に入ることができる。

 この時間にトリスタンはロベルトに話しかけると聞いている。
 なんだかんだとよくしてくれるトリスタンには、感謝しかない。

 会場を出る前に中の様子をもう一度見る。自然と人が疎らな一角に視線を向ける。

 パーティーに合わせて装飾を施した華やかな騎士服に身を包むセドリックがいた。
 彼の周囲にも人はいるものの、ロベルトや王太子、トリスタンほど人口密度は高くない。

 政治的な立場では、あまり力がないのだとよく分かる構図だった。
 ちらほらセドリックの周囲にいるのは中立派の貴族が多い。その様子はどの派閥に所属したくないという、彼の意思が見え隠れする。

 期待されない第二王子ではあるものの、アイスブルーの瞳は注意深く周囲を見ている。
 彼の人と形は平和を愛する穏やかな性格だと思っていた。
 淡い瞳は意志が強く、人好きすると笑みを浮かべている。今ではそれが却って何を考えているのか分からないと思う。

 セドリックの近くに寄ると魔力が乱されてしまうだけではなく、何か厄介なことに巻き込まれてしまいそうな予感がある。
 数日前に会ったとき、本能的にそう感じたのだ。

 今まではロベルトばかりを注視していたけれど、今後は第二王子にも気をつけなくてならない。
 会場を後にして用意された護衛の控え室へと向かう。今日の護衛はおしまいだが、この後も仕事はある。

 美味そうな料理を見ているしかできなかったエリアスは、この時間に空腹を満たしておこうと改めて考える。
 しかし、聞きたくない声が耳に入って、その楽しみを諦めざるを得なくなる。

「エリアス」

 低く落ち着いた声だけれど、感情の揺れと緊張を孕んだものだった。
 聞かなかったことにしてそのまま去ろうかとも考える。しかし既に足を止めてしまっていて、無視することもできない。

「何かご用でしょうか、ニリアン伯爵」

 重苦しい息を吐き出すのを堪えて、振り返る。ロベルトは形のいい眉の端を下げて、鮮やかな碧眼はエリアスの機嫌を窺うようにしている。

 パーティー会場で見たときは、声をかけてくる貴族に穏やかに対応していて、ここまで気後れした様子はなかった。

 実の息子から長年冷たくあしらわれているからだろう。どう振る舞っていいのか分からず、困惑しているのがよく分かる。

 そこまで扱いに困るのなら、エリアスのことなど放っておけばいいのに。そうエリアスが思っていても、この男が息子をぞんざいに扱うことはなかった。

 エレオノーラとよく似た美貌を持つ息子を、実父は目に入れても痛くないくらい溺愛している。

 そうと分かっていても、エリアスはロベルトを受け入れることができない。
 エレオノーラのようにじっくり話せばわかり合えるのかもしれないけれど、ロベルトが同性の親だからか、なかなか距離を縮めることができない。

 エリアス本人は、実父に近づくことすらしない。距離を縮める気もまったくない。
 一方的な愛情を成人してからも与えられるのは、正直うんざりしている。

 ロベルトくらいの年齢の親なら、エリアス程度の若者などまだまだかわいいものなのかもしれない。

 まるで、まだ終わらない反抗期を拗らせているかのような現状を、エリアスも崩したいと思っていることは事実である。

 罪悪感に似たような気まずさも感じていて、余計にこの場から逃げ出したかった。
 できればロベルトの側にはいたくない。

「僕ときみは実の親子だろう。他人行儀な呼び方はやめてくれないか」
「……誰が聞いているか分からない場所で言うのはやめてください」
「サザランド家から籍を抜けとは言わないから、たまには一緒に、親子三人で過ごしてほしいんだけど。まあ、僕の息子と呼ばれるのが嫌なことは分かっている。でも公にするのも、エリアスにとって悪いことばかりではないと思う」

 さみしそうに細められる碧眼に、少し罪悪感もある。それでも気まずさと同等に、しつこい愛情に辟易しているのも事実だ。
 押しつけてくる親としての愛情が本当にエリアスのためだと思っているのだろうか。

 昔はそれほどしつこさのなかったロベルトの態度に、執念のような押しの強さが混じり始めたのはいつ頃からだったろうか。

 それまでは多少話すくらいなら対応していたのだが、今では話さなくてもいいように近づかないようにしている。
 何か原因があるのかもしれないけれど、考えるのも煩わしくて仕方がない。

「俺にとっていいとか言いつつ、あんたは俺を囲い込みたいだけだろ。俺はもう成人した男だし、放っておいてくれないか」
「そうもいかない。知らないだろうけど、きみの立場は危ういんだ。できれば強い後ろ盾はあった方がいい」
「それほど俺の出生を知っている貴族は少ない。あんたが黙っていれば、何も問題はない」

 そう言いつつも、エリアスは自身の考えが甘いとも思っている。
 国王は英雄にあまり関わらない方針をとっているけれど、機会があれば弱みを握りたいと考えているはずだ。

 最も弱みとなりそうなものが、エリアスである。
 今のところエリアスにあまり接触がないのは、国王にも迷いがあるからなのか、トリスタンの元にいるからなのか、他の理由があるからなのかは分からない。

 今の平穏な生活に変化が訪れるのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
 先送りにしてはいけない問題だが、感情はまったく制御できない。

「話がそれだけなら、俺はもう行きます」
「エリアス……」

 弱々しく名を呼ぶ声に背を向けると、振り向くことなくその場を離れた。


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次のエピソードへ進む 第9話 セドリックの魔力調整1


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 煌びやかな会場はシャンデリアに明るく照らされて、夜という時間を忘れさせる。
 招待された貴族たちはパートナーとともに入場している。
 王族たちの挨拶は簡単なもので済まされ、皆緩やかな時間を楽しんでいた。
 バルコニーから外を見れば、街の明かりはぽつりぽつりとしか見えない。しかし夜空の星々は、まるで英雄の帰還を歓迎するように煌々と輝いている。
 街でも英雄の帰還という話題で、盛り上がっていることが予想できた。
 国王が主催するこの祝いの席は、社交を目的としたものではない。普段よりは気軽に参加できるとあって、招待された貴族は大体のものが参加しているようだった。
 貴族同士の社交が目的ではないとはいえ、英雄と交流したい貴族は大勢いる。
 英雄ロベルト・ニリアン。元は平民だが、今は叙爵されて伯爵としての立場を持っている。
 当初は子爵であったものの、英雄としての功績を積み上げすぎて、今では伯爵まで上り詰めていた。
 輝く美貌というにほど整っているわけではないけれど、ロベルトの柔和な顔は好印象を抱かせる。剣の腕は大陸最強と言われているほどなのに、その顔の作りで威圧的には感じられない。
 アストリア王国ではよくある淡い金髪は、光を反射して王冠のように輝き、瞳は碧眼でやわらかな色を帯びている。
 瞳に映す意志の強さは、さらにロベルトを魅力的に見せている。
 身体はがっしりとした厚い筋肉に覆われていて、日頃から鍛えられているのがよくわかる。
 やわらかな笑みを浮かべていると、そこまで武芸に秀でているようには見えない。伝えられる武勇伝とは対照的に、ロベルトには穏やかで落ち着いた雰囲気がある。
 身を包む服は王立騎士団の制服と似ているけれど、どの部隊にも存在しない色合いだった。華美になりすぎない淡い空色の服は、ロベルトにだけ許された色だ。
 元々は王立騎士団に所属していたロベルトは、英雄として力を発揮すると組織に所属することが許されない立場となった。
 大きすぎる栄光が邪魔で、ロベルトに首輪をつけることができなくなったのだ。
 社交の場で貴族として着飾ることもある。それでも基本的な性質は騎士のときに培われたものだ。
 その貴質もあり、だいたい普段からこの制服を着ていることが多い。
 今回のパーティーは帰還の祝いということもあり、この服で出ているようだ。
 始めは国王の意向で、英雄が普段着る服は華やかな衣装を考えていたらしい。けれどロベルトが華美ものを好まないことはよく知られていたこともあり、いつのまにかこの空色の制服がロベルトの象徴となっていた。
 まったく貴族らしくなく、王城ではよく見る形の服で、どちらかといえば目立たないと言ってもいい。それでもロベルトはこの服を好んでいたし、よく似合っていた。
 強すぎる権力も厄介だが、物理的な能力が高すぎるのはもっと厄介だった。
 彼一人の力で国ひとつ滅ぼすことも可能であると言われている。
 猛獣と同じような扱いを受けつつも、理性のある人間である。この男を自由に制御することが難しくても、話ができるだけましなのかもしれない。
 そんな風に扱われてもロベルト自身は、平和を愛する人物でむやみに争うことはない。
 やわらかな笑顔を浮かべていても、立場としては国王よりも慎重に扱われることが多い。
 そんなロベルトの周囲には、なんとしてでも顔を覚えてもらいたい貴族が押しかけている。
 それを横目にエリアスは普段通り護衛の任務に就いていた。
 テーブルに並べられた料理は、国を代表する最高の料理人が作っている。そんな極上の一皿を横目に見ていると空腹を感じてしまう。
 そんなことは微塵も顔に出さないで、エリアスはトリスタンの背後におとなしく控えている。
 父親がどこにいるかなんて、人だかりだけで分かってしまう。
 おそらく英雄の周囲に集まっている貴族たちは、ロベルトの頭の中ではかぼちゃのようなものだろう。
 そこにできるだけ近づかないようにと、パーティーの前から何度もトリスタンに頼み込んだ。その甲斐もあって距離は空いている。
 それでも第三王子としてロベルトと対面する機会がある。
 その時間帯はなんとか護衛の担当を外させてもらったので、直接ロベルトと顔を合わせることはないだろう。
 だが、ロベルトの方はエリアスに会いたいはずだ。
 エリアスはロベルトを嫌って近づかないのに、ロベルトは息子を溺愛していて、機会があれば話しかけてこようとするのだ。
 エリアスに嫌われていると本人も知っているのに、どれだけ冷たい視線を向けても、刺々しい言葉で拒否しても諦めない。
 エリアスは父親のしつこいくらいの愛情に辟易しているのに、ロベルトは拒絶してもまったく意に介さないのだ。
 エリアスの美しい顔面に、ロベルトの強い視線が突き刺さる。先程からずっとちらちらと目が向けられているのは、気づいていた。
 実父が今どこを見ているかなんて、視線を向けなくても分かるくらいだ。
「ロベルトがとろけるような笑顔でこちらを見ているぞ」
「そんなのいちいち教えてくれなくても知ってます」
 トリスタンの呆れた声に疲れた声で応じながらも、エリアスは柔和な笑みを浮かべてロベルトを無視している。
「エリアスの顔はこの国一番と言われるほどの美貌だからな。父親としては、変な虫がつかないか心配なんだろう」
「俺は成人した男で、騎士ですから。そんな心配をされても迷惑なだけです」
「まあ、確かに、うざいくらいの視線だな」
 くつくつと喉を鳴らして笑っているのを、エリアスは嘆息する。
 時折エリアスと会話をしながらも、やってくる貴族を優雅にあしらうトリスタンの手腕はさすがである。
 護衛として約一年側にいるけれど、いまだに貴族の相手をするのは好きになれない。
 話しかけられればにこやかに対応はするけれど、好んで話したいとは思えない。貴族同士の駆け引きや、相手の裏を読みながらの言葉での応酬は、エリアスは苦手だった。
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 着飾らない素直な言葉は、とても好ましい。
 相手を如何にして追い落とそうと画策しながらの会話など、まったく面白くない。
 こんな人間たちを相手にする王子という立場は、本当に大変だろうと思う。心中の疲労を察しながらも、静かにエリアスは立ち続ける。
 しばらくすると交代の近衛騎士がやってきた。ようやく休憩に入ることができる。
 この時間にトリスタンはロベルトに話しかけると聞いている。
 なんだかんだとよくしてくれるトリスタンには、感謝しかない。
 会場を出る前に中の様子をもう一度見る。自然と人が疎らな一角に視線を向ける。
 パーティーに合わせて装飾を施した華やかな騎士服に身を包むセドリックがいた。
 彼の周囲にも人はいるものの、ロベルトや王太子、トリスタンほど人口密度は高くない。
 政治的な立場では、あまり力がないのだとよく分かる構図だった。
 ちらほらセドリックの周囲にいるのは中立派の貴族が多い。その様子はどの派閥に所属したくないという、彼の意思が見え隠れする。
 期待されない第二王子ではあるものの、アイスブルーの瞳は注意深く周囲を見ている。
 彼の人と形は平和を愛する穏やかな性格だと思っていた。
 淡い瞳は意志が強く、人好きすると笑みを浮かべている。今ではそれが却って何を考えているのか分からないと思う。
 セドリックの近くに寄ると魔力が乱されてしまうだけではなく、何か厄介なことに巻き込まれてしまいそうな予感がある。
 数日前に会ったとき、本能的にそう感じたのだ。
 今まではロベルトばかりを注視していたけれど、今後は第二王子にも気をつけなくてならない。
 会場を後にして用意された護衛の控え室へと向かう。今日の護衛はおしまいだが、この後も仕事はある。
 美味そうな料理を見ているしかできなかったエリアスは、この時間に空腹を満たしておこうと改めて考える。
 しかし、聞きたくない声が耳に入って、その楽しみを諦めざるを得なくなる。
「エリアス」
 低く落ち着いた声だけれど、感情の揺れと緊張を孕んだものだった。
 聞かなかったことにしてそのまま去ろうかとも考える。しかし既に足を止めてしまっていて、無視することもできない。
「何かご用でしょうか、ニリアン伯爵」
 重苦しい息を吐き出すのを堪えて、振り返る。ロベルトは形のいい眉の端を下げて、鮮やかな碧眼はエリアスの機嫌を窺うようにしている。
 パーティー会場で見たときは、声をかけてくる貴族に穏やかに対応していて、ここまで気後れした様子はなかった。
 実の息子から長年冷たくあしらわれているからだろう。どう振る舞っていいのか分からず、困惑しているのがよく分かる。
 そこまで扱いに困るのなら、エリアスのことなど放っておけばいいのに。そうエリアスが思っていても、この男が息子をぞんざいに扱うことはなかった。
 エレオノーラとよく似た美貌を持つ息子を、実父は目に入れても痛くないくらい溺愛している。
 そうと分かっていても、エリアスはロベルトを受け入れることができない。
 エレオノーラのようにじっくり話せばわかり合えるのかもしれないけれど、ロベルトが同性の親だからか、なかなか距離を縮めることができない。
 エリアス本人は、実父に近づくことすらしない。距離を縮める気もまったくない。
 一方的な愛情を成人してからも与えられるのは、正直うんざりしている。
 ロベルトくらいの年齢の親なら、エリアス程度の若者などまだまだかわいいものなのかもしれない。
 まるで、まだ終わらない反抗期を拗らせているかのような現状を、エリアスも崩したいと思っていることは事実である。
 罪悪感に似たような気まずさも感じていて、余計にこの場から逃げ出したかった。
 できればロベルトの側にはいたくない。
「僕ときみは実の親子だろう。他人行儀な呼び方はやめてくれないか」
「……誰が聞いているか分からない場所で言うのはやめてください」
「サザランド家から籍を抜けとは言わないから、たまには一緒に、親子三人で過ごしてほしいんだけど。まあ、僕の息子と呼ばれるのが嫌なことは分かっている。でも公にするのも、エリアスにとって悪いことばかりではないと思う」
 さみしそうに細められる碧眼に、少し罪悪感もある。それでも気まずさと同等に、しつこい愛情に辟易しているのも事実だ。
 押しつけてくる親としての愛情が本当にエリアスのためだと思っているのだろうか。
 昔はそれほどしつこさのなかったロベルトの態度に、執念のような押しの強さが混じり始めたのはいつ頃からだったろうか。
 それまでは多少話すくらいなら対応していたのだが、今では話さなくてもいいように近づかないようにしている。
 何か原因があるのかもしれないけれど、考えるのも煩わしくて仕方がない。
「俺にとっていいとか言いつつ、あんたは俺を囲い込みたいだけだろ。俺はもう成人した男だし、放っておいてくれないか」
「そうもいかない。知らないだろうけど、きみの立場は危ういんだ。できれば強い後ろ盾はあった方がいい」
「それほど俺の出生を知っている貴族は少ない。あんたが黙っていれば、何も問題はない」
 そう言いつつも、エリアスは自身の考えが甘いとも思っている。
 国王は英雄にあまり関わらない方針をとっているけれど、機会があれば弱みを握りたいと考えているはずだ。
 最も弱みとなりそうなものが、エリアスである。
 今のところエリアスにあまり接触がないのは、国王にも迷いがあるからなのか、トリスタンの元にいるからなのか、他の理由があるからなのかは分からない。
 今の平穏な生活に変化が訪れるのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
 先送りにしてはいけない問題だが、感情はまったく制御できない。
「話がそれだけなら、俺はもう行きます」
「エリアス……」
 弱々しく名を呼ぶ声に背を向けると、振り向くことなくその場を離れた。