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第7話 竜騎士団長の忠告

ー/ー



 先程の険悪さは消えて、今は清々しい空気が流れている。
 近衛騎士として表情から感情が読まれないように、常に笑顔を貼り付けている。今のエリアスは、同じ笑顔でもまったく種類が異なっている。
 全身から喜びが迸っていて、普段よりも感情が豊かな笑顔だった。

 自分自身でも単純だと思う。エレオノーラと語らうことで機嫌はかなり上向いていた。

 同性の親だからか、ロベルトに対してはどうしても身構えてしまう。先輩のエルフとして頼ることも多かったエレオノーラには、気が緩んでしまう。

 幼い頃に再会した当初は母にも警戒をしていた。けれどそれも長く続かなかった。
 エリアスに流れるエルフの血が原因で、どうしてもエレオノーラに頼らざるを得なかったのだ。
 サザランド伯爵家の力では、魔力暴走の問題を解決できなかったからだ。

 魔力の乱れは精神の不安定さや、外部からの刺激、体調など様々なことが要因で起きる。
 エリアスは幼い頃から誘拐されることもあったし、その美貌が原因で落ち着いた生活ができなかった。
 精神的な負担は、かなり蓄積されていた。

 一度乱れた魔力を調整するのは、幼いエリアスにはまだ難しかった。
 魔力の制御には器用さと、高い集中力、強い精神力などが必要だ。

 大人になった今はささやかなことで乱れることはほとんどなくなった。コントロールする訓練も積み、安易なことで感情が波立つこともなくなった。
 乱れたとしても、ほとんど自身の力でどうにかできるようになったのだ。

 魔力調整が得意なシルヴェスターに認められるくらいには、制御力は上達した。

 それでも体内で暴れる力を整えるよりも、力任せに外へ発散する方が遙かに楽だった。

 義兄の調整能力も、幼い頃は不十分だった。エリアスが生きていくためには、エレオノーラとどうしても接触しなくてはならなかった。

 エリアスの刺々しい警戒心も、何度か魔力調整を受けることで徐々になくなっていった。
 エルフとの混血にしか分からない感覚もあり、共感できることも多かった。
 どれだけ無碍にしても母親として根気強く接してくれたことで、最終的にはがちがちだった心の鎧が解けたのだ。

 幼い頃から馴染む母の魔力が薬草園には満ちていて、あの場所にいるだけでエリアスの体調はよくなる。
 そこにいるだけで調整を行ったかのように身軽な気分だった。

 けれど、それもすぐに消えてしまうことになった。
 そのときまで、誰に嫌みを言われたとしても笑ってやり過ごせそうなくらい、上機嫌だった。

 エレオノーラと別れて数分後、竜騎士団団長に出会ったのだ。顰め面をしているクライヴ・スチュアートは、どこから見ても不機嫌だった。

 もともとクライヴは表情が豊かな男ではない。眉間に皺を寄せている表情を見て、気を引き締めざるを得なかった。

 最初から来るのを待っていたのか、エリアスがクライヴに気づくよりも先にこちらを見ていた。

 黒に近い灰色の髪は襟足に届かないくらいの長さで、榛色の瞳は厳しく細められていた。
 進行方向に立っているし、避けて通ることもできない。

 クライヴは皺が刻んだ眉間を指で解している。相手に緊張感を与えまいとしているのだろうか。それでも身体から重い威圧感を放っていて、あまり意味がない。

 竜騎士団は近衛騎士や他の騎士が所属する王立騎士団とは別に、単独の組織として独立している。

 竜騎士団と王立騎士団の表向きの空気は決して悪くない。それでも互いに思うところはあるのか、あまり交流を図ることはない。

 エリアス個人は特に彼らを嫌っているわけではない。しかし竜騎士は他の騎士よりも立場が上で、特別扱いされることが多く、嫉妬する輩は多い。

 それは彼らの操る竜が主な理由である。神竜とは違う存在でも、竜はやはり特別である。
 一頭の竜が選ぶ人間はたったひとりだけだ。気位の高い彼らが背に乗せるのは、契約した主だけで、他の人間には従わない。

 しかし、騎士団として統率できないと組織として成り立たない。竜騎士たちの上に立つ人物がいるとすれば、竜たちに認められている存在でなくてはならない。
 つまり、竜よりも神聖で、彼らが敬う神竜の血を引く王族だけである。

 他の騎士団よりも竜騎士団の方が上の立場になるのは、王族が組織をまとめているからだ。
 表面上は同じ騎士として同等に扱われている。それでも王族が多くいる竜騎士団の方が、優遇されてしまうのだ。

 竜を人間社会の枠組みに当てはめるのは、無理な話だ。エリアスもそれを理解していても、近衛騎士として多少複雑な思いもある。
 王家に一番近いのは近衛騎士ではなく、竜騎士団であると言われているようなものである。

 だがアストリア王国にとって竜は必要な存在だ。今の王家が続く限り、切っても切れない神竜との縁も続く。
 だから竜騎士をないがしろにすることはできない。

 その竜騎士たちのトップであるクライヴは、誠実で絵に描いたような真面目な騎士である。
 品行方正で不正を嫌う彼だが、意外にもエリアスには柔らかい態度で接する。

 一見するとエリアスのような素行の悪い人間とは相性が悪いように思う。実際のふたりは険悪さはまるでなく、言い関係を築いている。

 表向きの理由は国王であるアーロンの意向が強い。
 英雄ロベルトを手放したくはないけれど、あまり口を出すわけにもいかない。しかし距離が開きすぎるのもよくない。

 クライヴもエリアスが英雄の実子だと知っている。しかしそれだけが竜騎士団長が友好的な態度をとる理由ではない。

 表面的には国王から命じられているようにしか見えない。
 だが、実際に話してみると真摯に対応し、本気でエリアスの立場を心配している。

 エリアスには散々な噂が流れているだけでなく、ふたりは正反対な生き様である。それでもクライヴは噂を鵜呑みにすることもなく、エリアス個人を評価している。

 王の意見を聞きながらも、特別扱いをしてこない彼をエリアスは気に入っていた。
 ただ、今朝はとりわけ厳しい表情をしていて、無意識に緊張してしまう。

「おはようございます。何かありましたか? 朝から近衛の方に赴くなんて、珍しいですね」

 ふたりが立っているのは王城の回廊であり、近衛騎士の詰め所が近くにある。
 王や国に忠誠を誓っている王立騎士団とは違い、竜騎士団は王にだけ忠義を持つ。
 しかし、気高い竜を操る彼らが、弱いものを虐げることはあり得ない。王に忠誠を誓っていても、民をないがしろにするわけではないのだ。

 竜に認められるということは、その性根も彼らは見ている。精神的に腐った連中が竜騎士に選ばれることはないと言っていい。

 竜が選ぶ人間に身分は関係ない。貴族よりも平民の竜騎士が多いくらいである。貴族出身の多い他の騎士たちには、受け入れにくい事実だった。

 王立騎士団に所属する騎士も貴族が多く、拒否感を持つ者が多い。それがふたつの騎士団が不仲になる原因だった。

 エリアスは市井によく出ているし、市民や貧民のこともよく知っている。
 彼らの立場をよくしようと思うことはあれ、陥れようなんて思いもしない。まして有益な情報を与えてくれる彼らのことを、差別しようとは思わない。

 エリアスは貴族の中で育ちながら、視野を広く持っている。世界は身分だけで生きていけないのだと理解している。
 そういう思考を持っているせいなのか、エリアスは竜に好かれやすい性質である。ただ、体質のこともあり、竜に近づくことは遠慮したかった。

 もし近づいて暴走なんてことになったら目も当てられない。

「たいしたことではないんだが……。最近トリスタン殿下のご様子はどうだ? 私は政治が苦手だから、あまりそちらの事情に明るくない」

 悩ましげに口を開くクライヴを見て得心がいく。

 神竜の血を引くからなのか、それともただ単に第二王子である兄の影響なのか。トリスタンもまた竜騎士団に所属している。王子でありながら、部下でもあるトリスタンが心配なのだろう。

 まだ将来を決めていないこともあり、現在は見習い騎士なのだ。

 ただ、王族である彼らには契約している竜はいない。
 神竜に敬意を表しているのか、王子たちを好いていても、契約しようとする竜がいないのだ。

 代わりに竜たちは王族の言うことをよく聞き、従う。だからこそ、特定の竜が必要というわけでもない。

 そんなトリスタンの立場は微妙である。王太子は既にいるし、三人の王子たちの仲は良好である。
 兄弟の間には特に問題はないのだが、貴族の勢力が彼らを放っておかない。

 王太子の派閥が一番大きく、支持も厚い。将来は安泰だと言われている。
 それでも他二人の王子にも派閥がある。
 弟王子たちは長子である王太子に反発する気などない。本人たちがそうでも、立場がある人間の周囲には、厄介な連中が集まりやすい。

 そういう(しがらみ)から離れるためにも、独立した竜騎士団に所属する王族は多い。

 このクライヴも王族の血に連なるものだ。先々代公爵が当時の王弟だった。
 黒色に近い濃い灰色の髪は、王家の血が影響している。若い頃はよくできそこないと揶揄されていたという話は、エリアスも知っている。

 クライヴは英雄ロベルトと同い年である。親同士が顔見知りということもあり、エリアスはクライヴのことをよく知っている。

「トリスタン殿下は上手く立ち回られていますよ。あれこれよくない話を持ち込む貴族もいますが、そういう輩は綺麗に排除しておられます」

 トリスタンはややきつめの相貌をしているけれど、微笑むと甘く緩む。末弟であるという強みを活かして、女性にもかわいがられやすい。
 人をよく見ているし、立ち回りも上手い。

 本性を偽っているセドリックに対しても、申し訳ないと思っているようだ。口に出していなくても、考えていることはなんとなくわかっている。

「そうか。やはりあの方は王族向きの性格をしているな」

 ぽつりと呟かれた言葉に、貴族を転がすのは確かに上手いと心の内で同意した。

「ただ、極端な連中もいる。反王太子派の過激な連中が、よくないことを起こそうとしていると聞いた。公にされていないとはいえ、きみの生まれを知っているものもいる。それに立っているだけで目立つ」

 最後は褒めているのか、貶しているのか、それとも冗談なのかよくわからない。
 あまりそのことを深く考えないで、クライヴの言葉を脳裏で反芻する。

 国王の忠臣や、上位の立場の人間なら、エリアスの出自は知っている。そういう厄介な貴族が動いているということなのだろう。
 気を引き締めなくてはならない。

「十分気をつけてくれ」
「ご忠告ありがとうございます」

 国王が英雄を重要視していても、手を出してくる輩はいる。つまり、現国王に不満を持つものが動いていると捉えることもできる。

 まだ情報があやふやすぎて、こちらから動くことはできない。現状は相手に合わせて後手に回るしかない。こちらでも探ってみるかとエリアスは思案した。

「あまり目立った行動はするな。お前に被害があれば、あいつの怒りで一番面倒なことになる」

 思考を読むようとすぐに止められてしまう。相変わらず、エリアスの考え方をよく理解している。

 クライヴが顰め面をしながら言うあいつとは、ロベルトのことだ。
 友人というほど仲がいいわけではないけれど、ふたりはお互いのことをよく知っている。所謂腐れ縁なのだろう。

 だからエリアスが父親に対して複雑に思っていることも、ロベルトが息子を溺愛していることも知っていた。

 自身の立場が厄介なものであると理解している。仕方なくエリアスは渋々頷く。
 どこにいても父親の存在がちらほらと出てきて、エリアスの癪に障る。
 表面に感情は出さないようにして、にこやかに笑みを浮かべた。


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 先程の険悪さは消えて、今は清々しい空気が流れている。
 近衛騎士として表情から感情が読まれないように、常に笑顔を貼り付けている。今のエリアスは、同じ笑顔でもまったく種類が異なっている。
 全身から喜びが迸っていて、普段よりも感情が豊かな笑顔だった。
 自分自身でも単純だと思う。エレオノーラと語らうことで機嫌はかなり上向いていた。
 同性の親だからか、ロベルトに対してはどうしても身構えてしまう。先輩のエルフとして頼ることも多かったエレオノーラには、気が緩んでしまう。
 幼い頃に再会した当初は母にも警戒をしていた。けれどそれも長く続かなかった。
 エリアスに流れるエルフの血が原因で、どうしてもエレオノーラに頼らざるを得なかったのだ。
 サザランド伯爵家の力では、魔力暴走の問題を解決できなかったからだ。
 魔力の乱れは精神の不安定さや、外部からの刺激、体調など様々なことが要因で起きる。
 エリアスは幼い頃から誘拐されることもあったし、その美貌が原因で落ち着いた生活ができなかった。
 精神的な負担は、かなり蓄積されていた。
 一度乱れた魔力を調整するのは、幼いエリアスにはまだ難しかった。
 魔力の制御には器用さと、高い集中力、強い精神力などが必要だ。
 大人になった今はささやかなことで乱れることはほとんどなくなった。コントロールする訓練も積み、安易なことで感情が波立つこともなくなった。
 乱れたとしても、ほとんど自身の力でどうにかできるようになったのだ。
 魔力調整が得意なシルヴェスターに認められるくらいには、制御力は上達した。
 それでも体内で暴れる力を整えるよりも、力任せに外へ発散する方が遙かに楽だった。
 義兄の調整能力も、幼い頃は不十分だった。エリアスが生きていくためには、エレオノーラとどうしても接触しなくてはならなかった。
 エリアスの刺々しい警戒心も、何度か魔力調整を受けることで徐々になくなっていった。
 エルフとの混血にしか分からない感覚もあり、共感できることも多かった。
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 そこにいるだけで調整を行ったかのように身軽な気分だった。
 けれど、それもすぐに消えてしまうことになった。
 そのときまで、誰に嫌みを言われたとしても笑ってやり過ごせそうなくらい、上機嫌だった。
 エレオノーラと別れて数分後、竜騎士団団長に出会ったのだ。顰め面をしているクライヴ・スチュアートは、どこから見ても不機嫌だった。
 もともとクライヴは表情が豊かな男ではない。眉間に皺を寄せている表情を見て、気を引き締めざるを得なかった。
 最初から来るのを待っていたのか、エリアスがクライヴに気づくよりも先にこちらを見ていた。
 黒に近い灰色の髪は襟足に届かないくらいの長さで、榛色の瞳は厳しく細められていた。
 進行方向に立っているし、避けて通ることもできない。
 クライヴは皺が刻んだ眉間を指で解している。相手に緊張感を与えまいとしているのだろうか。それでも身体から重い威圧感を放っていて、あまり意味がない。
 竜騎士団は近衛騎士や他の騎士が所属する王立騎士団とは別に、単独の組織として独立している。
 竜騎士団と王立騎士団の表向きの空気は決して悪くない。それでも互いに思うところはあるのか、あまり交流を図ることはない。
 エリアス個人は特に彼らを嫌っているわけではない。しかし竜騎士は他の騎士よりも立場が上で、特別扱いされることが多く、嫉妬する輩は多い。
 それは彼らの操る竜が主な理由である。神竜とは違う存在でも、竜はやはり特別である。
 一頭の竜が選ぶ人間はたったひとりだけだ。気位の高い彼らが背に乗せるのは、契約した主だけで、他の人間には従わない。
 しかし、騎士団として統率できないと組織として成り立たない。竜騎士たちの上に立つ人物がいるとすれば、竜たちに認められている存在でなくてはならない。
 つまり、竜よりも神聖で、彼らが敬う神竜の血を引く王族だけである。
 他の騎士団よりも竜騎士団の方が上の立場になるのは、王族が組織をまとめているからだ。
 表面上は同じ騎士として同等に扱われている。それでも王族が多くいる竜騎士団の方が、優遇されてしまうのだ。
 竜を人間社会の枠組みに当てはめるのは、無理な話だ。エリアスもそれを理解していても、近衛騎士として多少複雑な思いもある。
 王家に一番近いのは近衛騎士ではなく、竜騎士団であると言われているようなものである。
 だがアストリア王国にとって竜は必要な存在だ。今の王家が続く限り、切っても切れない神竜との縁も続く。
 だから竜騎士をないがしろにすることはできない。
 その竜騎士たちのトップであるクライヴは、誠実で絵に描いたような真面目な騎士である。
 品行方正で不正を嫌う彼だが、意外にもエリアスには柔らかい態度で接する。
 一見するとエリアスのような素行の悪い人間とは相性が悪いように思う。実際のふたりは険悪さはまるでなく、言い関係を築いている。
 表向きの理由は国王であるアーロンの意向が強い。
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 クライヴもエリアスが英雄の実子だと知っている。しかしそれだけが竜騎士団長が友好的な態度をとる理由ではない。
 表面的には国王から命じられているようにしか見えない。
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 エリアスには散々な噂が流れているだけでなく、ふたりは正反対な生き様である。それでもクライヴは噂を鵜呑みにすることもなく、エリアス個人を評価している。
 王の意見を聞きながらも、特別扱いをしてこない彼をエリアスは気に入っていた。
 ただ、今朝はとりわけ厳しい表情をしていて、無意識に緊張してしまう。
「おはようございます。何かありましたか? 朝から近衛の方に赴くなんて、珍しいですね」
 ふたりが立っているのは王城の回廊であり、近衛騎士の詰め所が近くにある。
 王や国に忠誠を誓っている王立騎士団とは違い、竜騎士団は王にだけ忠義を持つ。
 しかし、気高い竜を操る彼らが、弱いものを虐げることはあり得ない。王に忠誠を誓っていても、民をないがしろにするわけではないのだ。
 竜に認められるということは、その性根も彼らは見ている。精神的に腐った連中が竜騎士に選ばれることはないと言っていい。
 竜が選ぶ人間に身分は関係ない。貴族よりも平民の竜騎士が多いくらいである。貴族出身の多い他の騎士たちには、受け入れにくい事実だった。
 王立騎士団に所属する騎士も貴族が多く、拒否感を持つ者が多い。それがふたつの騎士団が不仲になる原因だった。
 エリアスは市井によく出ているし、市民や貧民のこともよく知っている。
 彼らの立場をよくしようと思うことはあれ、陥れようなんて思いもしない。まして有益な情報を与えてくれる彼らのことを、差別しようとは思わない。
 エリアスは貴族の中で育ちながら、視野を広く持っている。世界は身分だけで生きていけないのだと理解している。
 そういう思考を持っているせいなのか、エリアスは竜に好かれやすい性質である。ただ、体質のこともあり、竜に近づくことは遠慮したかった。
 もし近づいて暴走なんてことになったら目も当てられない。
「たいしたことではないんだが……。最近トリスタン殿下のご様子はどうだ? 私は政治が苦手だから、あまりそちらの事情に明るくない」
 悩ましげに口を開くクライヴを見て得心がいく。
 神竜の血を引くからなのか、それともただ単に第二王子である兄の影響なのか。トリスタンもまた竜騎士団に所属している。王子でありながら、部下でもあるトリスタンが心配なのだろう。
 まだ将来を決めていないこともあり、現在は見習い騎士なのだ。
 ただ、王族である彼らには契約している竜はいない。
 神竜に敬意を表しているのか、王子たちを好いていても、契約しようとする竜がいないのだ。
 代わりに竜たちは王族の言うことをよく聞き、従う。だからこそ、特定の竜が必要というわけでもない。
 そんなトリスタンの立場は微妙である。王太子は既にいるし、三人の王子たちの仲は良好である。
 兄弟の間には特に問題はないのだが、貴族の勢力が彼らを放っておかない。
 王太子の派閥が一番大きく、支持も厚い。将来は安泰だと言われている。
 それでも他二人の王子にも派閥がある。
 弟王子たちは長子である王太子に反発する気などない。本人たちがそうでも、立場がある人間の周囲には、厄介な連中が集まりやすい。
 そういう|柵《しがらみ》から離れるためにも、独立した竜騎士団に所属する王族は多い。
 このクライヴも王族の血に連なるものだ。先々代公爵が当時の王弟だった。
 黒色に近い濃い灰色の髪は、王家の血が影響している。若い頃はよくできそこないと揶揄されていたという話は、エリアスも知っている。
 クライヴは英雄ロベルトと同い年である。親同士が顔見知りということもあり、エリアスはクライヴのことをよく知っている。
「トリスタン殿下は上手く立ち回られていますよ。あれこれよくない話を持ち込む貴族もいますが、そういう輩は綺麗に排除しておられます」
 トリスタンはややきつめの相貌をしているけれど、微笑むと甘く緩む。末弟であるという強みを活かして、女性にもかわいがられやすい。
 人をよく見ているし、立ち回りも上手い。
 本性を偽っているセドリックに対しても、申し訳ないと思っているようだ。口に出していなくても、考えていることはなんとなくわかっている。
「そうか。やはりあの方は王族向きの性格をしているな」
 ぽつりと呟かれた言葉に、貴族を転がすのは確かに上手いと心の内で同意した。
「ただ、極端な連中もいる。反王太子派の過激な連中が、よくないことを起こそうとしていると聞いた。公にされていないとはいえ、きみの生まれを知っているものもいる。それに立っているだけで目立つ」
 最後は褒めているのか、貶しているのか、それとも冗談なのかよくわからない。
 あまりそのことを深く考えないで、クライヴの言葉を脳裏で反芻する。
 国王の忠臣や、上位の立場の人間なら、エリアスの出自は知っている。そういう厄介な貴族が動いているということなのだろう。
 気を引き締めなくてはならない。
「十分気をつけてくれ」
「ご忠告ありがとうございます」
 国王が英雄を重要視していても、手を出してくる輩はいる。つまり、現国王に不満を持つものが動いていると捉えることもできる。
 まだ情報があやふやすぎて、こちらから動くことはできない。現状は相手に合わせて後手に回るしかない。こちらでも探ってみるかとエリアスは思案した。
「あまり目立った行動はするな。お前に被害があれば、あいつの怒りで一番面倒なことになる」
 思考を読むようとすぐに止められてしまう。相変わらず、エリアスの考え方をよく理解している。
 クライヴが顰め面をしながら言うあいつとは、ロベルトのことだ。
 友人というほど仲がいいわけではないけれど、ふたりはお互いのことをよく知っている。所謂腐れ縁なのだろう。
 だからエリアスが父親に対して複雑に思っていることも、ロベルトが息子を溺愛していることも知っていた。
 自身の立場が厄介なものであると理解している。仕方なくエリアスは渋々頷く。
 どこにいても父親の存在がちらほらと出てきて、エリアスの癪に障る。
 表面に感情は出さないようにして、にこやかに笑みを浮かべた。