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第6話 エレオノーラの薬草園2

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 癖のないまっすぐな腰まである金髪を揺らし、森のように深い緑の瞳をエリアスへと向けられる。

「おはようございます、エレオノーラ様」

 彼女の名はエレオノーラ・マユラ。顔の左右から覗いている長く尖った耳は、人前にはほとんど姿を現さないエルフ族の特徴である。

 滑らかな白磁の肌は染みひとつなく、まだ若々しい容姿は少女と言われても疑う余地がない。

 ただ、エルフは人間よりも長命で、実際の年齢は見た目では分からない。
 エレオノーラの柔和な笑みに人の心を落ち着かせる効果があるのか、エリアスの苛立つ感情が落ち着いていく。

 並んで立つとふたりの面差しはよく似ていて、血を分けた姉弟のように見える。

「他人行儀な呼び方ね。ふたりのときくらいは母と呼んでもいいのに」

 残念そうに眉に皺を寄せても、その美貌が色褪せることはない。
 芸術品のような整った顔に感情が乗ると、血の通った生き物なのだと思い知る。少しの変化なのに、苦笑をこぼす彼女の美貌にさらに鮮やかさが増す。

「ほとんど誰も来ない場所でも、誰かに聞かれたら面倒でしょう」
「私たちは聞かれても歓迎するけどね。困るのはあなただけよ」

 実の両親が英雄ロベルト・ニリアンと、森人エレオノーラ・マユラであると知られたくないのは、エリアスの個人的な感情である。
 本来なら個人的な思いなど、両親には関係のないことである。それどころか、勝手に拗れて、突き放すような身勝手な行動になっている。

 両親の好意の上に成り立っている現状を突きつけられて、エリアスは言い返すこともできない。
 眉を八の字にしてぐっと黙り込んでしまうと、エレオノーラはすぐにやわらかな笑みを浮かべた。

「冗談よ。あなたが困るようなことを、私たちがすると思っているの? もう少し信じてほしいわ」
「母さん……」

 自然と漏れた声に、エレオノーラは苦笑する。

「本当はお母様って呼んでほしいけど、大人になった息子にそう呼んでもらうのも難しいかしら」
「わがままだな」

 あれもこれもと望みを応えるつもりはないのに、エレオノーラの少女めいた美しい顔にはどこか切ない雰囲気がある。
 つい本気で願いを叶えてしまおうかと、逡巡してしまう。

 それでも、成人を越えた大人の男性が子どものように母を呼ぶのは、気恥ずかしい。

 一番かわいい時期の子どもを手元で育てることができなかったのだから、彼女の胸の内は母として寂しい思いをしているのだと理解している。
 しかし、素直に呼べるくらいなら、ここまで実父と複雑な関係になっていないだろう。

 エレオノーラは長い耳を少し下げると、気遣うように笑みを浮かべた。

「まだ朝食には早いわ。こんな時間から来るなんて、また何かあったの?」

 母はエルフだが、半分は人間の血が混ざっている。それでも年齢は人間の平均寿命をとうに超えていても、見た目は少女と変わらない。

 エリアスは四半(クォーター)エルフである。今のところ耳は短く、見た目は人間とそう変わらず、年も人間同様に重ねている。
 今後何かしら変化もあるかもしれないけれど、想像でしかない。

 エルフは人間とは比べることができないほど長命で、魔力との相性もいい。
 エリアスが人間では持ち得ない膨大な魔力をその身に宿しているのは、血筋が主な原因だろう。

「誰かにいじめられて、数倍にしてやり返したってところかしら」

 さすが実の母親だ、何があったのかよくわかっている。

「知っているなら、わざわざ聞くなよ」

 エリアスは血が薄すぎて認知できないけれど、エルフは人間には普段見えない精霊や、妖精と交流できるらしい。
 エレオノーラは彼らから情報を得たのだろう。

 実母は悪戯が成功した子どものように、笑みを浮かべた。

「あなたたちって本当に似たもの同士よね」

 誰と言われずとも分かってしまう。だが言われたのが母だからか、あまり怒りも嫌悪も湧いてこない。

「ロベルトも負けず嫌いで、素直じゃないけど、子どもに対しては強く言えないのよね。今の私に対してのあなたみたいに、わがままを叶えてやりたいなんて思ってるのよ。私は子どもじゃないのに」

 頬を膨らませて言われても、まったく怖くないし、迫力もない。
 エリアスは、母の様子を苦々しい気持ちでただ眺める。

 ロベルトと似ているとは認めたくない。しかし大事な人の願いなら叶えてやりたいと思うのは、当然のことではないだろうか。
 できるだけそんな相手の思いに寄り沿いたいと思うのは、おかしいことだろうか。

 そこまで考えると、やはり父と考え方が似ているのだろうかと思い、なんとも複雑な感情が胸中を渦巻く。

「そろそろロベルトが帰城するみたいなのよね。私は彼の伴侶とはいえ、ロベルトと籍を入れているわけではないから、少し遅れて会うことになるけれど。こういうとき、一緒になっていれば、国王陛下よりも早く会えたのにって思ってしまうのよね」

 普段なら、国外に出た使いが国王を優先するのは当たり前である。例外として、長い旅から帰ってくるときは、家族のほうが優先されるのだ。

 これはロベルトが英雄になったときに作られた慣例である。ただ残念なことに、籍を入れていないこともあり、作る原因となった本人たちは実行できていない。

 エリアスは当時のことを詳しくは知らない。
 スタンピードを封じたロベルトを最初に出迎えたのが、エレオノーラだという。そのときのふたりの姿を見て、国民だけでなく、貴族の心までも大きく揺さぶったと聞く。
 国王もその様子に心打たれて、慣例として広めることにしたらしい。

 ふたりは表向きは伴侶としてともにあるものの、戸籍上は赤の他人である。
 理由はエレオノーラの父親であり、エリアスの祖父が反対しているからだ。

 娘かわいさに、手元から離したくないらしい。それは表向きな理由だろうと、エリアスは思う。

 エレオノーラは(ハーフ)エルフであり、ただの人間であるロベルトとは寿命が違う。
 将来避けられないロベルトの死後、娘がずっと人間の国に縛られるのではないかと、危惧しているのだ。

 ロベルトはアストリア王国の貴族ではあるものの、一般的な貴族とは違う。
 元々は平民で、スタンピードを食い止めた立て役者として叙爵された。

 周囲の貴族は国で囲いたいのだが、国の英雄にまで上り詰めた男を権力で雁字搦めにすることを、国王が認めていない。

 そこまでの強さを持っている男に権力を与えることが、後々どう政治に影響するのか分からないからだと聞いている。
 当時から時間も経っていることもあり、嘘か真実かは分からない話ではある。

 ロベルトの身分は、現在は貴族でありながらも、貴族ではない扱いになっている。領地はなく、貴族としての仕事も少なく、義務もほとんどない。
 羨ましいくらい身軽な身分である。

 このまま爵位を返上してもいいと本人は考えているようだが、そうなるといろいろと困ることもあるそうだ。
 困るのは、大半が貴族の連中であると分かっていても、王家の顔を立てる意味で現状を維持している。

 今のロベルトは王家に貸しを作っている状態なのだ。

 だから、その息子であるエリアスに対しても、王族たちはあまり難題を押しつけることができない。
 それがエリアスの困った事情であり、特別扱いされる原因である。

 幼い頃は両親と上手く関係を築けなかったことが、サザランド領に留まっていた主な理由だった。
 今ではそれだけがロベルトを実父だと認めない理由ではない。

 昔からエリアスは特別扱いというものが嫌いだった。
 平凡で、目立たず、影が薄い存在というものに憧れていたのだ。顔が派手なことが原因で、余計にそう思っていたのかもしれない。

 それも現在では叶わない夢だと悟っている。それでも心の奥底ではまだ燻っていた。

「この国にこだわる必要はないのだけど、わざわざいい関係を壊してしまうのも違う気がするし……」
「俺も王国の騎士だから、出て行ったらいいなんて軽々しく言えねぇけど、母さんがしたいようにすればいいんじゃねぇの。逃げたいなら、助けてやるし」

 国の騎士だからと言いながら、すぐに援助を申し出るあたり、エリアスもあまりこの国にこだわりがない。
 実父には絶対言えないけれど、何かあれば国よりも実の両親を助けてしまうのだろうと、このとき初めて気づいた。

 エレオノーラはぱちぱちと何度か目を瞬くと、少女めいた唇から鈴を転がすように笑い声を漏らした。

「本当に、エリアスったらあの人の子どもよね」
「うるせえ」

 嫌な顔をしながら否定しても、本当のところ拒否感はない。
 母がころころと笑ってくれるならそれもいいかと思うのは、甘過ぎだろうか。

 気がつけばどろどろに腐っていた気分は上向いていた。
 思いのほか長居をしすぎたと思っても、この庭園に足を運んでよかった。

 独特な薬草の匂いに囲まれるこの場所で、もう少し穏やかな時間に浸っていたい。しかし護衛の仕事もあるし、そろそろ行かなくてはならない。

 名残惜しく思いながらも、エレオノーラに手を振られながら薬草園を後にした。


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 癖のないまっすぐな腰まである金髪を揺らし、森のように深い緑の瞳をエリアスへと向けられる。
「おはようございます、エレオノーラ様」
 彼女の名はエレオノーラ・マユラ。顔の左右から覗いている長く尖った耳は、人前にはほとんど姿を現さないエルフ族の特徴である。
 滑らかな白磁の肌は染みひとつなく、まだ若々しい容姿は少女と言われても疑う余地がない。
 ただ、エルフは人間よりも長命で、実際の年齢は見た目では分からない。
 エレオノーラの柔和な笑みに人の心を落ち着かせる効果があるのか、エリアスの苛立つ感情が落ち着いていく。
 並んで立つとふたりの面差しはよく似ていて、血を分けた姉弟のように見える。
「他人行儀な呼び方ね。ふたりのときくらいは母と呼んでもいいのに」
 残念そうに眉に皺を寄せても、その美貌が色褪せることはない。
 芸術品のような整った顔に感情が乗ると、血の通った生き物なのだと思い知る。少しの変化なのに、苦笑をこぼす彼女の美貌にさらに鮮やかさが増す。
「ほとんど誰も来ない場所でも、誰かに聞かれたら面倒でしょう」
「私たちは聞かれても歓迎するけどね。困るのはあなただけよ」
 実の両親が英雄ロベルト・ニリアンと、森人エレオノーラ・マユラであると知られたくないのは、エリアスの個人的な感情である。
 本来なら個人的な思いなど、両親には関係のないことである。それどころか、勝手に拗れて、突き放すような身勝手な行動になっている。
 両親の好意の上に成り立っている現状を突きつけられて、エリアスは言い返すこともできない。
 眉を八の字にしてぐっと黙り込んでしまうと、エレオノーラはすぐにやわらかな笑みを浮かべた。
「冗談よ。あなたが困るようなことを、私たちがすると思っているの? もう少し信じてほしいわ」
「母さん……」
 自然と漏れた声に、エレオノーラは苦笑する。
「本当はお母様って呼んでほしいけど、大人になった息子にそう呼んでもらうのも難しいかしら」
「わがままだな」
 あれもこれもと望みを応えるつもりはないのに、エレオノーラの少女めいた美しい顔にはどこか切ない雰囲気がある。
 つい本気で願いを叶えてしまおうかと、逡巡してしまう。
 それでも、成人を越えた大人の男性が子どものように母を呼ぶのは、気恥ずかしい。
 一番かわいい時期の子どもを手元で育てることができなかったのだから、彼女の胸の内は母として寂しい思いをしているのだと理解している。
 しかし、素直に呼べるくらいなら、ここまで実父と複雑な関係になっていないだろう。
 エレオノーラは長い耳を少し下げると、気遣うように笑みを浮かべた。
「まだ朝食には早いわ。こんな時間から来るなんて、また何かあったの?」
 母はエルフだが、半分は人間の血が混ざっている。それでも年齢は人間の平均寿命をとうに超えていても、見た目は少女と変わらない。
 エリアスは|四半《クォーター》エルフである。今のところ耳は短く、見た目は人間とそう変わらず、年も人間同様に重ねている。
 今後何かしら変化もあるかもしれないけれど、想像でしかない。
 エルフは人間とは比べることができないほど長命で、魔力との相性もいい。
 エリアスが人間では持ち得ない膨大な魔力をその身に宿しているのは、血筋が主な原因だろう。
「誰かにいじめられて、数倍にしてやり返したってところかしら」
 さすが実の母親だ、何があったのかよくわかっている。
「知っているなら、わざわざ聞くなよ」
 エリアスは血が薄すぎて認知できないけれど、エルフは人間には普段見えない精霊や、妖精と交流できるらしい。
 エレオノーラは彼らから情報を得たのだろう。
 実母は悪戯が成功した子どものように、笑みを浮かべた。
「あなたたちって本当に似たもの同士よね」
 誰と言われずとも分かってしまう。だが言われたのが母だからか、あまり怒りも嫌悪も湧いてこない。
「ロベルトも負けず嫌いで、素直じゃないけど、子どもに対しては強く言えないのよね。今の私に対してのあなたみたいに、わがままを叶えてやりたいなんて思ってるのよ。私は子どもじゃないのに」
 頬を膨らませて言われても、まったく怖くないし、迫力もない。
 エリアスは、母の様子を苦々しい気持ちでただ眺める。
 ロベルトと似ているとは認めたくない。しかし大事な人の願いなら叶えてやりたいと思うのは、当然のことではないだろうか。
 できるだけそんな相手の思いに寄り沿いたいと思うのは、おかしいことだろうか。
 そこまで考えると、やはり父と考え方が似ているのだろうかと思い、なんとも複雑な感情が胸中を渦巻く。
「そろそろロベルトが帰城するみたいなのよね。私は彼の伴侶とはいえ、ロベルトと籍を入れているわけではないから、少し遅れて会うことになるけれど。こういうとき、一緒になっていれば、国王陛下よりも早く会えたのにって思ってしまうのよね」
 普段なら、国外に出た使いが国王を優先するのは当たり前である。例外として、長い旅から帰ってくるときは、家族のほうが優先されるのだ。
 これはロベルトが英雄になったときに作られた慣例である。ただ残念なことに、籍を入れていないこともあり、作る原因となった本人たちは実行できていない。
 エリアスは当時のことを詳しくは知らない。
 スタンピードを封じたロベルトを最初に出迎えたのが、エレオノーラだという。そのときのふたりの姿を見て、国民だけでなく、貴族の心までも大きく揺さぶったと聞く。
 国王もその様子に心打たれて、慣例として広めることにしたらしい。
 ふたりは表向きは伴侶としてともにあるものの、戸籍上は赤の他人である。
 理由はエレオノーラの父親であり、エリアスの祖父が反対しているからだ。
 娘かわいさに、手元から離したくないらしい。それは表向きな理由だろうと、エリアスは思う。
 エレオノーラは|半《ハーフ》エルフであり、ただの人間であるロベルトとは寿命が違う。
 将来避けられないロベルトの死後、娘がずっと人間の国に縛られるのではないかと、危惧しているのだ。
 ロベルトはアストリア王国の貴族ではあるものの、一般的な貴族とは違う。
 元々は平民で、スタンピードを食い止めた立て役者として叙爵された。
 周囲の貴族は国で囲いたいのだが、国の英雄にまで上り詰めた男を権力で雁字搦めにすることを、国王が認めていない。
 そこまでの強さを持っている男に権力を与えることが、後々どう政治に影響するのか分からないからだと聞いている。
 当時から時間も経っていることもあり、嘘か真実かは分からない話ではある。
 ロベルトの身分は、現在は貴族でありながらも、貴族ではない扱いになっている。領地はなく、貴族としての仕事も少なく、義務もほとんどない。
 羨ましいくらい身軽な身分である。
 このまま爵位を返上してもいいと本人は考えているようだが、そうなるといろいろと困ることもあるそうだ。
 困るのは、大半が貴族の連中であると分かっていても、王家の顔を立てる意味で現状を維持している。
 今のロベルトは王家に貸しを作っている状態なのだ。
 だから、その息子であるエリアスに対しても、王族たちはあまり難題を押しつけることができない。
 それがエリアスの困った事情であり、特別扱いされる原因である。
 幼い頃は両親と上手く関係を築けなかったことが、サザランド領に留まっていた主な理由だった。
 今ではそれだけがロベルトを実父だと認めない理由ではない。
 昔からエリアスは特別扱いというものが嫌いだった。
 平凡で、目立たず、影が薄い存在というものに憧れていたのだ。顔が派手なことが原因で、余計にそう思っていたのかもしれない。
 それも現在では叶わない夢だと悟っている。それでも心の奥底ではまだ燻っていた。
「この国にこだわる必要はないのだけど、わざわざいい関係を壊してしまうのも違う気がするし……」
「俺も王国の騎士だから、出て行ったらいいなんて軽々しく言えねぇけど、母さんがしたいようにすればいいんじゃねぇの。逃げたいなら、助けてやるし」
 国の騎士だからと言いながら、すぐに援助を申し出るあたり、エリアスもあまりこの国にこだわりがない。
 実父には絶対言えないけれど、何かあれば国よりも実の両親を助けてしまうのだろうと、このとき初めて気づいた。
 エレオノーラはぱちぱちと何度か目を瞬くと、少女めいた唇から鈴を転がすように笑い声を漏らした。
「本当に、エリアスったらあの人の子どもよね」
「うるせえ」
 嫌な顔をしながら否定しても、本当のところ拒否感はない。
 母がころころと笑ってくれるならそれもいいかと思うのは、甘過ぎだろうか。
 気がつけばどろどろに腐っていた気分は上向いていた。
 思いのほか長居をしすぎたと思っても、この庭園に足を運んでよかった。
 独特な薬草の匂いに囲まれるこの場所で、もう少し穏やかな時間に浸っていたい。しかし護衛の仕事もあるし、そろそろ行かなくてはならない。
 名残惜しく思いながらも、エレオノーラに手を振られながら薬草園を後にした。