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第5話 エレオノーラの薬草園1

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 表面にはあまり出ていないものの、身のうちの膨大な魔力が波立つほどエリアスの機嫌は悪かった。

 空を見上げればエリアスの気分とは裏腹に、雲ひとつない晴天である。
 少し涼しいくらいの気温も、高すぎない湿度も、動きやすく過ごしやすい。それが却って気持ちとの落差を浮き彫りにする。

 エリアスの周囲の空気だけが異様で、圧力に負けて誰も近づけない。
 美貌の相貌は庇護欲を掻き立てるような沈んだ表情ではあるものの、頭の中は先程まで絡んできた騎士を殴り飛ばしたくて仕方がなかった。

 いつも通り難癖をつけられただけである。ただ、エリアスにも我慢ならないときがある。
 エリアスの男女関係をちくちくと言葉の棘で刺すだけでなく、サザランド領伯爵家のことを悪く言われて頭に血が上った。

 エリアスが手を出せば問題になることは理解していたため、それはしなかった。ただ口から出る言葉に手は抜かなかった。

 腹が立って思いつくがままに言いたいことを言っても、自分の立場を忘れたわけではない。出てくる言葉は丁寧で、表情はにこやかな笑みを浮かべていた。

 表情と発言のギャップに、相手は何を言われているのか理解できていない様子だった。夢でも見ているかのように、あんぐりと口を開けて情けない顔だった。
 秀麗で人形のように整っているエリアスに雅で彩られた言葉で罵られても、現実味が薄かったのだろう。

 口だけで高すぎるくらい高い自尊心を粉々にしたつもりだが、ただ単に驚きすぎて呆然としていただけかもしれない。

 それはそれで逃げ出すことができたのだから、悪い結果にはなっていない。
 言いたいことは言った。相手からも解放された。それでも怒りの矛先が目の前からなくなっただけで、溜飲は下がらない。

 エリアスのことだけならば、ここまで怒りを露わにすることはない。ただサザランド伯爵家のことや、その領地について悪く言われると、冷静ではいられなくなる。
 それだけ義家族のことを尊敬し、大切に思っているのだ。

 いくら素行が悪いからとはいえ、エリアスの行動で育った家が悪く言われるのは本意ではない。
 手を出すのは我慢したものの、まったく怒りが収まらない。

 自分のことならば、言われる内容はいつも似たようなことばかりだ。皆想像力が乏しい上に、使える語彙が少ないのだなという感想を持つくらいである。

 今回言われたのも交友関係のことだった。友人ではなく、身体の関係の方である。

 今まで夜の相手をしてきた女の数は、両手両足の指を足しても余裕で足りなくなる。
 ただ本当の意味で遊び目的で寝た人間は少ない。本気の相手となるとひとりも存在しない。

 相手には本気ではないことと、性欲の発散であり自身は恋愛をするつもりはないと事前に説明することは忘れたことがない。そして、寝るのはたった一晩だけだとも伝えている。

 事前に相手の身辺調査をしてから関係を持つようにしていたこともあり、今まで大きな問題になったことはない。

 貴族たちと交わすような飾った言葉を使うこともないし、エリアス自身も誤解されるような言動をしたことがない。

 素っ気ないくらいの態度で夜の街を過ごしていても、引く手は数多だった。
 それでもエリアスはそういう相手と、何度も関わることはしない。

 事情をある程度知られていて、信頼できる相手ならばエリアスから約束を取り付けて会いに行くこともある。ただそのときはベッドを同じにしないことを前提としている。

 元から人に対して執着するような性質ではないこともあり、あまり深く関わることもしない。

 整いすぎる顔のおかげか、相手にする女は嫉妬を募らせるよりも、エリアスに選ばれた幸運を喜ぶ人物の方が多かった。

 行為を交わす目的は相手から情報を得ることである。そういう人間は大抵後ろ暗いものを隠しているし、道ばたで声をかけられただけで本気になるような人間は少ない。

 その代わり警戒心も強く、心を通わすのは難しい。それでも快楽に呑まれて、冷静ではない間は油断しやすい。
 そして他の人間から得た情報と照らし合わせれば、得るものが少なくてもだいたい真実が見えてくる。

 さっぱりとした交友と、はっきりとした物言いが好まれているのか、貴族と比べると人間関係は良好だった。

 貴族は潔癖な輩が多いからか、ただ相手をした数が多いという事実だけでエリアスを見下す。それなのに第三王子に重用されていることもあり、あからさまな嫉妬で絡んでくるのである。

 己が誰よりも優れていると勘違いをし、自分たちの美意識に固執しているからか、エリアスのような存在は貴族からは爪弾きにあう。
 それでも今のところは上手く折り合いをつけている。
 問題を起こすこともあるのだから、それで本当に上手くいっているのかどうかは、目を瞑っている。

 エリアスの出自は、表向きはサザランド家の遠縁の親戚という身分で、平民の設定である。
 英雄の息子だと知っている貴族は存外少ない。
 真実を知るのは王族と、公爵家や侯爵家当主のほんの一部である。

 多くの貴族が知っていれば、実父の存在を恐れて遠巻きにするか、利用価値を見出して取り入ろうと近づいてくる輩はもっと多かっただろう。

 それだけではなく、エリアスの夜の行いが原因で近づいてくるような連中は少なかった。

 高位貴族であればあるほど、エリアスのような人間を毛嫌いするのだ。
 どれほど貴族の自尊心が高く、潔癖なのか、それだけで理解できてしまう。

 エリアスのように動いている人間がいるから、社会や政治、経済など、円滑に回るということを知ろうともしない。

 トリスタンは貴族よりもさらに位の高い王族で直系の王子だが、エリアスの行動を理解して護衛として望んだのだ。
 彼は柔軟に物事を見て、エリアスの利用価値を見出し、その動かし方も上手い。

 そういう上司に拾われたのは、幸運だった。
 王子に選ばれたことで余計に絡まれる機会が増えたことは、面倒だけれど。

 口では言わないものの内心ではエリアスも、罵ってくる相手を馬鹿にしている。
 大体の人間は嫌いな相手を擁護したり、好んだりすることはしない。エリアスも同様で、敵意を持って近づいてくるなら、相手を尊重する気もない。害があるなら、潰すだけである。

 結局、エリアスも心の狭い人間なのだ。顔が聖人のように美しくても、口汚く罵ったり、見下したりすることもある。普通の人間なのだから、当たり前のことだ。

 感情のある人間だと理解しない連中もそれなりにいる。顔だけで判断して、少し乱暴に扱えば、降参するような人間だと勘違いされることが多い。

 だから、少し言い返すだけで鳩が豆鉄砲を食らったようにこちらを見てくる。そういう相手の場合は、おおよそ簡単に撃退できる。
 ただ、そういう手合いが最近多くて、無駄な時間も増えた。

 エリアスを罵ってくる相手は暇なのだろう。それほど時間が余っているのなら、仕事を真面目に取り組めばいいのにと思う。
 憂さを晴らすように心の内で文句を浴びせる。

 外見からは分からないくらい魔力がおとなしくなる頃には、王城に誂えられた庭園へと着いた。

 人の手で整えられた庭園は、庭師が整えていて季節の花が咲き誇っている。貴族の屋敷がすっぽり入ってしまいそうなくらい広い。

 切りそろえられた芝生をさくさく踏みしめて、人目につかない奥へと進む。しばらくするとガラス張りの透明なハウスが現れた。

 ハウスには青々と植物が生い茂っている。中に入ると、慣れた足取りで迷いなく奥へと進む。

 あちこちに見慣れない植物が生えている。ほとんどが有益な薬草で、辺境に生えているような貴重なものも多い。
 あちこちで青々と立派に育っている。

 見ているだけでここの植物は大切に、とても愛情深く世話されているとすぐに分かる。
 エリアスは植物に詳しくはないが、それでも気づくことがある。

 これだけ数が多いのに、雑草ひとつ生えていない。枯れている箇所や、病気になっている様子もない。
 細かいところにまで手入れが行き届いている。

 部屋が快適な気温に保たれている原理はよく分からない。温度管理が徹底されている。
 ガラス一枚で遮られているだけなのに、あちらは熱帯気候のように蒸し暑かったり、こちらは北の大地のように寒かったりと、どうやって管理されているのか興味深い。

 この部屋だけでも、世界各地の珍しい植物が植わっている。
 栽培されている薬草は一般的なものから、珍しい薬草まで、様々なものがある。その管理はたった一人の女性がしている。

「おはよう、今日は早いのね」

 耳に馴染む心地のいい声が聞こえる。顔を巡らすと、木々の間で若い女性が立っていた。


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 表面にはあまり出ていないものの、身のうちの膨大な魔力が波立つほどエリアスの機嫌は悪かった。
 空を見上げればエリアスの気分とは裏腹に、雲ひとつない晴天である。
 少し涼しいくらいの気温も、高すぎない湿度も、動きやすく過ごしやすい。それが却って気持ちとの落差を浮き彫りにする。
 エリアスの周囲の空気だけが異様で、圧力に負けて誰も近づけない。
 美貌の相貌は庇護欲を掻き立てるような沈んだ表情ではあるものの、頭の中は先程まで絡んできた騎士を殴り飛ばしたくて仕方がなかった。
 いつも通り難癖をつけられただけである。ただ、エリアスにも我慢ならないときがある。
 エリアスの男女関係をちくちくと言葉の棘で刺すだけでなく、サザランド領伯爵家のことを悪く言われて頭に血が上った。
 エリアスが手を出せば問題になることは理解していたため、それはしなかった。ただ口から出る言葉に手は抜かなかった。
 腹が立って思いつくがままに言いたいことを言っても、自分の立場を忘れたわけではない。出てくる言葉は丁寧で、表情はにこやかな笑みを浮かべていた。
 表情と発言のギャップに、相手は何を言われているのか理解できていない様子だった。夢でも見ているかのように、あんぐりと口を開けて情けない顔だった。
 秀麗で人形のように整っているエリアスに雅で彩られた言葉で罵られても、現実味が薄かったのだろう。
 口だけで高すぎるくらい高い自尊心を粉々にしたつもりだが、ただ単に驚きすぎて呆然としていただけかもしれない。
 それはそれで逃げ出すことができたのだから、悪い結果にはなっていない。
 言いたいことは言った。相手からも解放された。それでも怒りの矛先が目の前からなくなっただけで、溜飲は下がらない。
 エリアスのことだけならば、ここまで怒りを露わにすることはない。ただサザランド伯爵家のことや、その領地について悪く言われると、冷静ではいられなくなる。
 それだけ義家族のことを尊敬し、大切に思っているのだ。
 いくら素行が悪いからとはいえ、エリアスの行動で育った家が悪く言われるのは本意ではない。
 手を出すのは我慢したものの、まったく怒りが収まらない。
 自分のことならば、言われる内容はいつも似たようなことばかりだ。皆想像力が乏しい上に、使える語彙が少ないのだなという感想を持つくらいである。
 今回言われたのも交友関係のことだった。友人ではなく、身体の関係の方である。
 今まで夜の相手をしてきた女の数は、両手両足の指を足しても余裕で足りなくなる。
 ただ本当の意味で遊び目的で寝た人間は少ない。本気の相手となるとひとりも存在しない。
 相手には本気ではないことと、性欲の発散であり自身は恋愛をするつもりはないと事前に説明することは忘れたことがない。そして、寝るのはたった一晩だけだとも伝えている。
 事前に相手の身辺調査をしてから関係を持つようにしていたこともあり、今まで大きな問題になったことはない。
 貴族たちと交わすような飾った言葉を使うこともないし、エリアス自身も誤解されるような言動をしたことがない。
 素っ気ないくらいの態度で夜の街を過ごしていても、引く手は数多だった。
 それでもエリアスはそういう相手と、何度も関わることはしない。
 事情をある程度知られていて、信頼できる相手ならばエリアスから約束を取り付けて会いに行くこともある。ただそのときはベッドを同じにしないことを前提としている。
 元から人に対して執着するような性質ではないこともあり、あまり深く関わることもしない。
 整いすぎる顔のおかげか、相手にする女は嫉妬を募らせるよりも、エリアスに選ばれた幸運を喜ぶ人物の方が多かった。
 行為を交わす目的は相手から情報を得ることである。そういう人間は大抵後ろ暗いものを隠しているし、道ばたで声をかけられただけで本気になるような人間は少ない。
 その代わり警戒心も強く、心を通わすのは難しい。それでも快楽に呑まれて、冷静ではない間は油断しやすい。
 そして他の人間から得た情報と照らし合わせれば、得るものが少なくてもだいたい真実が見えてくる。
 さっぱりとした交友と、はっきりとした物言いが好まれているのか、貴族と比べると人間関係は良好だった。
 貴族は潔癖な輩が多いからか、ただ相手をした数が多いという事実だけでエリアスを見下す。それなのに第三王子に重用されていることもあり、あからさまな嫉妬で絡んでくるのである。
 己が誰よりも優れていると勘違いをし、自分たちの美意識に固執しているからか、エリアスのような存在は貴族からは爪弾きにあう。
 それでも今のところは上手く折り合いをつけている。
 問題を起こすこともあるのだから、それで本当に上手くいっているのかどうかは、目を瞑っている。
 エリアスの出自は、表向きはサザランド家の遠縁の親戚という身分で、平民の設定である。
 英雄の息子だと知っている貴族は存外少ない。
 真実を知るのは王族と、公爵家や侯爵家当主のほんの一部である。
 多くの貴族が知っていれば、実父の存在を恐れて遠巻きにするか、利用価値を見出して取り入ろうと近づいてくる輩はもっと多かっただろう。
 それだけではなく、エリアスの夜の行いが原因で近づいてくるような連中は少なかった。
 高位貴族であればあるほど、エリアスのような人間を毛嫌いするのだ。
 どれほど貴族の自尊心が高く、潔癖なのか、それだけで理解できてしまう。
 エリアスのように動いている人間がいるから、社会や政治、経済など、円滑に回るということを知ろうともしない。
 トリスタンは貴族よりもさらに位の高い王族で直系の王子だが、エリアスの行動を理解して護衛として望んだのだ。
 彼は柔軟に物事を見て、エリアスの利用価値を見出し、その動かし方も上手い。
 そういう上司に拾われたのは、幸運だった。
 王子に選ばれたことで余計に絡まれる機会が増えたことは、面倒だけれど。
 口では言わないものの内心ではエリアスも、罵ってくる相手を馬鹿にしている。
 大体の人間は嫌いな相手を擁護したり、好んだりすることはしない。エリアスも同様で、敵意を持って近づいてくるなら、相手を尊重する気もない。害があるなら、潰すだけである。
 結局、エリアスも心の狭い人間なのだ。顔が聖人のように美しくても、口汚く罵ったり、見下したりすることもある。普通の人間なのだから、当たり前のことだ。
 感情のある人間だと理解しない連中もそれなりにいる。顔だけで判断して、少し乱暴に扱えば、降参するような人間だと勘違いされることが多い。
 だから、少し言い返すだけで鳩が豆鉄砲を食らったようにこちらを見てくる。そういう相手の場合は、おおよそ簡単に撃退できる。
 ただ、そういう手合いが最近多くて、無駄な時間も増えた。
 エリアスを罵ってくる相手は暇なのだろう。それほど時間が余っているのなら、仕事を真面目に取り組めばいいのにと思う。
 憂さを晴らすように心の内で文句を浴びせる。
 外見からは分からないくらい魔力がおとなしくなる頃には、王城に誂えられた庭園へと着いた。
 人の手で整えられた庭園は、庭師が整えていて季節の花が咲き誇っている。貴族の屋敷がすっぽり入ってしまいそうなくらい広い。
 切りそろえられた芝生をさくさく踏みしめて、人目につかない奥へと進む。しばらくするとガラス張りの透明なハウスが現れた。
 ハウスには青々と植物が生い茂っている。中に入ると、慣れた足取りで迷いなく奥へと進む。
 あちこちに見慣れない植物が生えている。ほとんどが有益な薬草で、辺境に生えているような貴重なものも多い。
 あちこちで青々と立派に育っている。
 見ているだけでここの植物は大切に、とても愛情深く世話されているとすぐに分かる。
 エリアスは植物に詳しくはないが、それでも気づくことがある。
 これだけ数が多いのに、雑草ひとつ生えていない。枯れている箇所や、病気になっている様子もない。
 細かいところにまで手入れが行き届いている。
 部屋が快適な気温に保たれている原理はよく分からない。温度管理が徹底されている。
 ガラス一枚で遮られているだけなのに、あちらは熱帯気候のように蒸し暑かったり、こちらは北の大地のように寒かったりと、どうやって管理されているのか興味深い。
 この部屋だけでも、世界各地の珍しい植物が植わっている。
 栽培されている薬草は一般的なものから、珍しい薬草まで、様々なものがある。その管理はたった一人の女性がしている。
「おはよう、今日は早いのね」
 耳に馴染む心地のいい声が聞こえる。顔を巡らすと、木々の間で若い女性が立っていた。