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第10話 セドリックの魔力調整2

ー/ー



「魔力調整をする。噛みついたりするなよ」
「え……、んむっ」

 やわらかい唇が、エリアスのものに触れる。一瞬何をされたか理解できず驚いた。反射的に瞼を閉じてしまう。

 一度離れて様子を窺うようにすると、もう一度触れてくる。
 数秒呆然として、されるがままになってしまう。
 戸惑いは強いけれど、同性だからという嫌悪感はない。

 少しずつ身体の中にセドリックの魔力が侵入してくる。触れるだけで暴走しそうになるのに、体内に入り込んだらどうなってしまうのだろう。
 流れる魔力に危機感を持ちながらも、心地よさも同時に感じた。

 シルヴェスターの魔力なら、宥めるように優しく、ただ穏やかに流れていく。
 セドリックの場合は、心地よさと同時に、体内を乱すような二種類の力を感じた。

 相反する意志を持つ魔力に戸惑うしかない。
 混ざることはないはずなのに、どちらもセドリックの魔力だからか溶け合っている。二種類に分かれたり、混ざり合ったりと複雑に蠢いている。
 その動きが身体の内部を妖しく撫でてきて、無意識に鳥肌が立つ。

 それが嫌かと問われるとそうではないことに、焦りを感じる。
 心地よいのに少し焦れったく、例えると性的に触れられている感覚に近い。

 身体を煽るような魔力に、反射的に身体が竦む。

 勝手に身体が痙攣して震える。唇から流れてくる魔力をもっともっととせがみ、セドリックの背に手を回したくなる。
 欲求を抑えて、男の力強い腕を掴むに止めた。

 頭の中は霞がかかったように思考がはっきりしない状態で、このまま流されてしまいそうだ。

 魔力を乱されながら調整されると、こんな感覚になるのかとぼんやり思う。

 軽く啄むように何度か唇が触れると、角度を変えてさらに押しつけられる。何度か食むようにされてぴくりと身体が揺れた。

 一般的な魔力調整は、お互いの皮膚に触れた状態で行う。触れる場所はどこでもいい。ほとんどは手に触れる場合が多い。

 暴走手前や症状が重い場合は、粘膜を接触させて行うことが推奨されている。
 粘膜同士のほうが魔力の抵抗が少なく、早く済むのだ。

 我を忘れるほど魔力が荒れたのは久しぶりだった。これまでなら、ここまで症状が重いと、体外に溢れて周辺は大変なことになっていた。

 粘膜接触での調整ははじめてである。
 戸惑いはあるものの、セドリックに前もって告げられていたこともあり、反抗する気はなかった。

 慣れない感覚から、反射的に身体が逃げの方向へと反応してしまうのはどうしようもない。
 できるだけセドリックから離れないようにする。けれど快楽を拾いすぎないように、これ以上の接触にも気をつける。

 それでも落ち着かず、身体がもぞもぞと動いてしまう。
 まだ粘膜に触れていない今ですら、こうなのだから直接触れたらどうなってしまうのか想像できない。

 今まで気づかなかったけれど、エリアスは魔力調整の快楽に弱いのかもしれない。
 思い返せばシルヴェスターに調整されるときも、気持ちよさで眠気に負けてしまうことが多々あった。

 ただ唇を吸われているだけでは、それほど調整が進むはずもない。仕方なく唇を開くと、肉厚な舌が口腔内に侵入してくる。
 魔力暴走で火照った身体だと、セドリックの舌は少し冷たく感じた。

 ぬめる舌に口内を撫でられて、少しくすぐったい。

 じわりじわりと魔力が体内に注がれる。

 人によって魔力の質は違うと理解していても、シルヴェスターとまるで違う感覚に驚くばかりである。

 エリアスには自身が恍惚とした表情をしている自覚はなかった。
 快楽に耐えて震えている様子が健気に見える上に、色欲に満ちたなんとも言えない表情をしていることに、まったく気づいていない。

 ぼんやりと受け入れながら、徐々に魔力の感覚に慣れてくるとある疑問が湧く。

 キスではなく治療だけれど、舌は絡めた方がいいのだろうか。
 粘膜を触れさせた方がいいなら必要だとは思う。触れる面積は広い方がいい。ただそれではディープキスと変わらないような気がする。

 このまま撫でられているだけで十分だとも思う。これ以上快楽を拾いたくないという、逃げようとする思考だと自覚はある。

 自分で判断できず躊躇して瞼を開くと、アイスブルーの瞳がじっとこちらを窺っていた。
 最初からずっと見られていたのだろうか。

 視線が交わると、笑みを浮かべるように、セドリックの目尻が下がる。

 しかし、瞳の奥にどろりとした暗い欲望が見えた気がして、戸惑ってしまう。
 口の中を撫でているだけだったのに、急に舌を吸われて驚く。

「ぁん……むぅっ……」

 逃げようとしてもそれを許されず、奥から引っ張り出される。何度もきつく吸われ、上顎を舐められて、舌を絡めて撫でられる。
 寒気とは別のぞくぞくする感覚に身体が震えた。

 同時に魔力も流す男は本当に器用だと思う。

 粘膜同士が触れ合い、体内の魔力が調整されていると感覚で分かる。分かるけれども、恋人同士がするような深い口吻は許容できない。

 反射的に胸に手を置いて押すけれど、力が入らない手ではがっしりとした男を押しのけられない。

 なぜセドリックから情熱的な深い口づけを与えられるのか、理解できなかった。

 魔力調整で感覚が鋭くなっているのがわかる。舐る舌の感覚に、自然と上がる呼吸に、くちゅくちゅと聞こえる淫らな水音に、意識が攫われそうになる。

「ちょっ、……は、ぅんっ」

 なんとか頭を振って唇を放そうとしても、後ろから頭を固定されて動かせなくなった。

 文句を言おうにも、食われるかのように唇で覆われてしまっていては、くぐもった声しか出せない。
 背中を乱暴に叩いていると、しばらくしてリップ音とともにようやく離れた。

「はぁっ……、何で舌を絡めてくるんだ!」
「ただの治療だと面白くないだろう?」
「ただの治療でいいんだよ。それ以上はいらねぇ!」

 不敬だとわかっていても、今更気にすることなく黒髪を後ろから引っ張る。
 身体が思うように動かせない今のエリアスには、激しいキスをされると主導権が握れない。

 それだけではなく、なぜかこの男に口吻をされると、今までとは違う感覚がして、平静を保てない。
 魔力調整の影響もあるのかもしれない。

「却下だ」
「おい……っ、んんぅ!」

 再び唇を塞がれる。文句を言おうとして開いていた口に、すぐに舌が侵入してきた。

 じゅるじゅると音を立てて吸われ、しつこいくらい口内を犯される。
 反射的に目を閉じてしまう。両の掌で耳から頬にかけて覆われると、世界が閉じたように音が消えた。

 ただ舌を絡める唾液の音が脳内に響いて、音に犯されているように羞恥が湧く。
 目を閉じたのは失敗だったかもしれない。さらに感覚が鋭敏になったような気がする。
 それでも真正面からアイスブルーの瞳を見る勇気はなく、そのまま瞼にぎゅっと力を入れた。

 セドリックがエリアスに乗り上げるようにして覆い被さっているせいで、唾液が自然と口内に溜まる。それを反射的に嚥下すると、セドリックの満足そうに笑う声が聞こえた。

 いつの間にか、口腔内は互いの体温を分けたかのように熱く、熟れた果物のように甘かった。
 魔力の調整はかなり進んでいて、体調も安定してきている。

 しかし深い口吻で鈍くなった思考では、既に冷静な判断ができなかった。

 ひくりとセドリックの腕に触れるエリアスの指先が震える。
 無意識に腹部の周辺に力が入り、身体がびくびくと痙攣する。もどかしい感覚が体内に燻り、下腹部に重い熱が溜まる。

 男の象徴が変化しそうになる感覚を誤魔化すように、自由に動くようになった舌で自分からも絡める。覆い被さる男に反撃するように、激しく交わす。

 まともに動くようになったのだから、全力で押し退けるのも難しくなかったはずなのに、考えが至らなかった。

 腕を持ち上げて、セドリックの首に回してがっちりと固定する。
 激しいキスの応酬に、静かな部屋の中では唾液の水音と、ふたりの息継ぎと、抑えきれない声が響く。

 しばらく治療の延長で続いた時間は、長くも短くも感じた。

「ふあ……」

 苦しいくらいの口吻から唇が解放されると、足りなかった空気が一気に肺へと流れ込む。
 肩を上下させながら、自分の失態に気づく。
 夢中になりすぎた自分が恥ずかしく、セドリックの視線から逃れるように顔を逸らした。

「……顔がいいと、どんな反応でもかわいく見えるものなんだな」
「……は?」

 唾液で湿った唇をおとなしく撫でられていると、セドリックから感想がこぼれた。
 散々吸われた唇は赤く、唾液で塗れててらてらと淫らに艶めく。匂い立つような色香が全身から溢れていても、エリアスは気づかない。

 とっさに顔を上げると、微かに水を張ったアイスブルーの瞳が、爛々と輝いてこちらを見ていた。
 まるで獲物を狙う猛獣のようだ。

 瞳の強さにぎょっとしていると、肩をベッドに押しつけられる。
 本能的に逃れようと手足をばたつかせると、セドリックの苦笑が聞こえた。

「さすがにこれ以上手は出さない。許可なく手を出したら、後々面倒そうだ」

 セドリックの言葉に感謝も、安心もできるわけがない。そんなことをなぜ言われたのかも理解できず、正装の上着を脱がされ始めた。
 慌ててボタンを外す手を止めようとする。

「手は出さないと言っただろう。上着を脱がすだけだ。そのままだと寝にくいだろう」

 事務的な動きしかしないセドリックをしばらく眺めて、ようやく暴れるのをやめた。
 男は椅子の背に上着をかけると、再び隣へと戻ってきた。
 並んで横になると腰へと手が伸びて、背中から抱えられる。

 エリアスがあれほど乱れて、翻弄されたというのに、男は平然としている。瞳だけは夜の闇の中で爛々と煌めいていたのが嘘のようだ。

「誰も来ないから、安心しろ」
「全然安心できないんですけど……」

 腕を軽く叩いても離れる様子はまるでなく、そのまま項に顔を押しつけてくる。放さないと主張するように、力強く抱き込まれた。

 強い腕の力とは裏腹にまったく苦しくない。けれど気恥ずかしくて文句しか言えない。
 男がどんな表情をしているのか気になっても、振り返る勇気もない。

 なぜこんなにふたりの空気が甘いものになっているのか、エリアスには理解できない。

 魔力を調整されたばかりだからか、セドリックに触れられてもエリアスの体内は落ち着いている。

「慣れない魔力調整をしたからか疲れた。しばらく一緒に寝ていろ」

 そう言った直後に、セドリックから規則正しい呼吸音が聞こえてきて呆れる。即寝落ちとは、緊張感の欠片もない。

「……なんでこんなことになったんだ?」

 抱き枕にされてもおとなしくしている義理はないのに、気持ちよく寝ている様子を見ると暴れる気も失せる。
 魔力調整にはそれなりに集中力がいる。慣れないと言っていたし、疲れたのは本当だろう。

 仕方なく身体の力を抜いて男の腕の中でじっとする。
 瞼を閉じて今までのことを反芻していると、恥ずかしさから手で顔を覆いたくなった。

 あれこれ考えていると、徐々に意識がぼやけてきた。夜に溶けていく思考に抗う術はなかった。


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 やわらかい唇が、エリアスのものに触れる。一瞬何をされたか理解できず驚いた。反射的に瞼を閉じてしまう。
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 数秒呆然として、されるがままになってしまう。
 戸惑いは強いけれど、同性だからという嫌悪感はない。
 少しずつ身体の中にセドリックの魔力が侵入してくる。触れるだけで暴走しそうになるのに、体内に入り込んだらどうなってしまうのだろう。
 流れる魔力に危機感を持ちながらも、心地よさも同時に感じた。
 シルヴェスターの魔力なら、宥めるように優しく、ただ穏やかに流れていく。
 セドリックの場合は、心地よさと同時に、体内を乱すような二種類の力を感じた。
 相反する意志を持つ魔力に戸惑うしかない。
 混ざることはないはずなのに、どちらもセドリックの魔力だからか溶け合っている。二種類に分かれたり、混ざり合ったりと複雑に蠢いている。
 その動きが身体の内部を妖しく撫でてきて、無意識に鳥肌が立つ。
 それが嫌かと問われるとそうではないことに、焦りを感じる。
 心地よいのに少し焦れったく、例えると性的に触れられている感覚に近い。
 身体を煽るような魔力に、反射的に身体が竦む。
 勝手に身体が痙攣して震える。唇から流れてくる魔力をもっともっととせがみ、セドリックの背に手を回したくなる。
 欲求を抑えて、男の力強い腕を掴むに止めた。
 頭の中は霞がかかったように思考がはっきりしない状態で、このまま流されてしまいそうだ。
 魔力を乱されながら調整されると、こんな感覚になるのかとぼんやり思う。
 軽く啄むように何度か唇が触れると、角度を変えてさらに押しつけられる。何度か食むようにされてぴくりと身体が揺れた。
 一般的な魔力調整は、お互いの皮膚に触れた状態で行う。触れる場所はどこでもいい。ほとんどは手に触れる場合が多い。
 暴走手前や症状が重い場合は、粘膜を接触させて行うことが推奨されている。
 粘膜同士のほうが魔力の抵抗が少なく、早く済むのだ。
 我を忘れるほど魔力が荒れたのは久しぶりだった。これまでなら、ここまで症状が重いと、体外に溢れて周辺は大変なことになっていた。
 粘膜接触での調整ははじめてである。
 戸惑いはあるものの、セドリックに前もって告げられていたこともあり、反抗する気はなかった。
 慣れない感覚から、反射的に身体が逃げの方向へと反応してしまうのはどうしようもない。
 できるだけセドリックから離れないようにする。けれど快楽を拾いすぎないように、これ以上の接触にも気をつける。
 それでも落ち着かず、身体がもぞもぞと動いてしまう。
 まだ粘膜に触れていない今ですら、こうなのだから直接触れたらどうなってしまうのか想像できない。
 今まで気づかなかったけれど、エリアスは魔力調整の快楽に弱いのかもしれない。
 思い返せばシルヴェスターに調整されるときも、気持ちよさで眠気に負けてしまうことが多々あった。
 ただ唇を吸われているだけでは、それほど調整が進むはずもない。仕方なく唇を開くと、肉厚な舌が口腔内に侵入してくる。
 魔力暴走で火照った身体だと、セドリックの舌は少し冷たく感じた。
 ぬめる舌に口内を撫でられて、少しくすぐったい。
 じわりじわりと魔力が体内に注がれる。
 人によって魔力の質は違うと理解していても、シルヴェスターとまるで違う感覚に驚くばかりである。
 エリアスには自身が恍惚とした表情をしている自覚はなかった。
 快楽に耐えて震えている様子が健気に見える上に、色欲に満ちたなんとも言えない表情をしていることに、まったく気づいていない。
 ぼんやりと受け入れながら、徐々に魔力の感覚に慣れてくるとある疑問が湧く。
 キスではなく治療だけれど、舌は絡めた方がいいのだろうか。
 粘膜を触れさせた方がいいなら必要だとは思う。触れる面積は広い方がいい。ただそれではディープキスと変わらないような気がする。
 このまま撫でられているだけで十分だとも思う。これ以上快楽を拾いたくないという、逃げようとする思考だと自覚はある。
 自分で判断できず躊躇して瞼を開くと、アイスブルーの瞳がじっとこちらを窺っていた。
 最初からずっと見られていたのだろうか。
 視線が交わると、笑みを浮かべるように、セドリックの目尻が下がる。
 しかし、瞳の奥にどろりとした暗い欲望が見えた気がして、戸惑ってしまう。
 口の中を撫でているだけだったのに、急に舌を吸われて驚く。
「ぁん……むぅっ……」
 逃げようとしてもそれを許されず、奥から引っ張り出される。何度もきつく吸われ、上顎を舐められて、舌を絡めて撫でられる。
 寒気とは別のぞくぞくする感覚に身体が震えた。
 同時に魔力も流す男は本当に器用だと思う。
 粘膜同士が触れ合い、体内の魔力が調整されていると感覚で分かる。分かるけれども、恋人同士がするような深い口吻は許容できない。
 反射的に胸に手を置いて押すけれど、力が入らない手ではがっしりとした男を押しのけられない。
 なぜセドリックから情熱的な深い口づけを与えられるのか、理解できなかった。
 魔力調整で感覚が鋭くなっているのがわかる。舐る舌の感覚に、自然と上がる呼吸に、くちゅくちゅと聞こえる淫らな水音に、意識が攫われそうになる。
「ちょっ、……は、ぅんっ」
 なんとか頭を振って唇を放そうとしても、後ろから頭を固定されて動かせなくなった。
 文句を言おうにも、食われるかのように唇で覆われてしまっていては、くぐもった声しか出せない。
 背中を乱暴に叩いていると、しばらくしてリップ音とともにようやく離れた。
「はぁっ……、何で舌を絡めてくるんだ!」
「ただの治療だと面白くないだろう?」
「ただの治療でいいんだよ。それ以上はいらねぇ!」
 不敬だとわかっていても、今更気にすることなく黒髪を後ろから引っ張る。
 身体が思うように動かせない今のエリアスには、激しいキスをされると主導権が握れない。
 それだけではなく、なぜかこの男に口吻をされると、今までとは違う感覚がして、平静を保てない。
 魔力調整の影響もあるのかもしれない。
「却下だ」
「おい……っ、んんぅ!」
 再び唇を塞がれる。文句を言おうとして開いていた口に、すぐに舌が侵入してきた。
 じゅるじゅると音を立てて吸われ、しつこいくらい口内を犯される。
 反射的に目を閉じてしまう。両の掌で耳から頬にかけて覆われると、世界が閉じたように音が消えた。
 ただ舌を絡める唾液の音が脳内に響いて、音に犯されているように羞恥が湧く。
 目を閉じたのは失敗だったかもしれない。さらに感覚が鋭敏になったような気がする。
 それでも真正面からアイスブルーの瞳を見る勇気はなく、そのまま瞼にぎゅっと力を入れた。
 セドリックがエリアスに乗り上げるようにして覆い被さっているせいで、唾液が自然と口内に溜まる。それを反射的に嚥下すると、セドリックの満足そうに笑う声が聞こえた。
 いつの間にか、口腔内は互いの体温を分けたかのように熱く、熟れた果物のように甘かった。
 魔力の調整はかなり進んでいて、体調も安定してきている。
 しかし深い口吻で鈍くなった思考では、既に冷静な判断ができなかった。
 ひくりとセドリックの腕に触れるエリアスの指先が震える。
 無意識に腹部の周辺に力が入り、身体がびくびくと痙攣する。もどかしい感覚が体内に燻り、下腹部に重い熱が溜まる。
 男の象徴が変化しそうになる感覚を誤魔化すように、自由に動くようになった舌で自分からも絡める。覆い被さる男に反撃するように、激しく交わす。
 まともに動くようになったのだから、全力で押し退けるのも難しくなかったはずなのに、考えが至らなかった。
 腕を持ち上げて、セドリックの首に回してがっちりと固定する。
 激しいキスの応酬に、静かな部屋の中では唾液の水音と、ふたりの息継ぎと、抑えきれない声が響く。
 しばらく治療の延長で続いた時間は、長くも短くも感じた。
「ふあ……」
 苦しいくらいの口吻から唇が解放されると、足りなかった空気が一気に肺へと流れ込む。
 肩を上下させながら、自分の失態に気づく。
 夢中になりすぎた自分が恥ずかしく、セドリックの視線から逃れるように顔を逸らした。
「……顔がいいと、どんな反応でもかわいく見えるものなんだな」
「……は?」
 唾液で湿った唇をおとなしく撫でられていると、セドリックから感想がこぼれた。
 散々吸われた唇は赤く、唾液で塗れててらてらと淫らに艶めく。匂い立つような色香が全身から溢れていても、エリアスは気づかない。
 とっさに顔を上げると、微かに水を張ったアイスブルーの瞳が、爛々と輝いてこちらを見ていた。
 まるで獲物を狙う猛獣のようだ。
 瞳の強さにぎょっとしていると、肩をベッドに押しつけられる。
 本能的に逃れようと手足をばたつかせると、セドリックの苦笑が聞こえた。
「さすがにこれ以上手は出さない。許可なく手を出したら、後々面倒そうだ」
 セドリックの言葉に感謝も、安心もできるわけがない。そんなことをなぜ言われたのかも理解できず、正装の上着を脱がされ始めた。
 慌ててボタンを外す手を止めようとする。
「手は出さないと言っただろう。上着を脱がすだけだ。そのままだと寝にくいだろう」
 事務的な動きしかしないセドリックをしばらく眺めて、ようやく暴れるのをやめた。
 男は椅子の背に上着をかけると、再び隣へと戻ってきた。
 並んで横になると腰へと手が伸びて、背中から抱えられる。
 エリアスがあれほど乱れて、翻弄されたというのに、男は平然としている。瞳だけは夜の闇の中で爛々と煌めいていたのが嘘のようだ。
「誰も来ないから、安心しろ」
「全然安心できないんですけど……」
 腕を軽く叩いても離れる様子はまるでなく、そのまま項に顔を押しつけてくる。放さないと主張するように、力強く抱き込まれた。
 強い腕の力とは裏腹にまったく苦しくない。けれど気恥ずかしくて文句しか言えない。
 男がどんな表情をしているのか気になっても、振り返る勇気もない。
 なぜこんなにふたりの空気が甘いものになっているのか、エリアスには理解できない。
 魔力を調整されたばかりだからか、セドリックに触れられてもエリアスの体内は落ち着いている。
「慣れない魔力調整をしたからか疲れた。しばらく一緒に寝ていろ」
 そう言った直後に、セドリックから規則正しい呼吸音が聞こえてきて呆れる。即寝落ちとは、緊張感の欠片もない。
「……なんでこんなことになったんだ?」
 抱き枕にされてもおとなしくしている義理はないのに、気持ちよく寝ている様子を見ると暴れる気も失せる。
 魔力調整にはそれなりに集中力がいる。慣れないと言っていたし、疲れたのは本当だろう。
 仕方なく身体の力を抜いて男の腕の中でじっとする。
 瞼を閉じて今までのことを反芻していると、恥ずかしさから手で顔を覆いたくなった。
 あれこれ考えていると、徐々に意識がぼやけてきた。夜に溶けていく思考に抗う術はなかった。