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第百七十話 医務室にて、カリンとフェリシア

ー/ー



--皇宮 皇帝の私室。

 皇帝の私室には、特使達に謁見した皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、皇太子ジークフリート、帝国魔法科学省長官ハリッシュの四人がいた。

 ラインハルトは、歩きながら考えるように呟く。

「謁見中に友好国の特使が倒れるとは。何事も無ければ良いが。……ジーク。典医は何と言っていた?」

 ジークは、窓際にある四人掛けの席でナナイ、ハリッシュと共に椅子に座っていた。

「典医は、『過度の緊張と疲労が溜まっていたのだろう』と申しておりました」

 ラインハルトは答える。

「……ふむ。それは静養が必要だな」 

 ナナイは、窓際の席でカップに紅茶を淹れながら口を開く。

「貴方が脅かすからですよ。……あの()、貴方に怯えて震えていましたよ?」

 ラインハルトは、驚きながら答える。 

「私が!? ……謁見の時にそんなに怖い顔をしていたか?」

 ハリッシュは助け舟を出す。

「彼女は、ラインハルトの()()に怯えていたのではなく、()()()()()()()()()()()()()に怯えて委縮していたのですよ」

 ジークは口を開く。

「顔色は蒼白で、手は震えていましたね」

「ふーむ」

 皆の言葉を聞いて、ラインハルトは歩きながら顎に手を当てて考える仕草したまま室内を少し歩くと、何かを思いついたように口を開く。

「ジーク。お前に特使の接待役を任せる。おそらく、お前と彼女は同世代だろう。私が直接、彼女と話すより、お前が応対した方が彼女に掛かる精神的負荷が少ないだろう」 

 ジークは答える。

「判りました」

 ラインハルトは続ける。

「純朴で素直そうな可愛い娘だったな。国を想う直向きな性格も良い」

 紅茶を飲みながら、ナナイは口を開く。

「随分と、あの()が気に入ったようですね」

 ラインハルトは、苦笑いしながら答える。

「ナナイ。自分の子供と近い歳の娘相手に妬くな。 ……ジーク、お前の四人目の妃にどうだ?」

 ハリッシュは口を開く。

「意外に名案かもしれませんよ? そうなれば、バレンシュテッド帝国とゴズフレズ王国は姻戚関係になります。帝国は、堂々とゴズフレズ王国に派兵できる口実を得られますし、帝国が派兵できれば、ゴズフレズ王国からスベリエ軍とカスパニア軍を排除できます」

 ジークは、苦笑いしながら答える。

「……お戯れを」

 ジークは続ける。

「医務室にいる彼女の付き添いは、フェリシアにやらせようと思っています。未婚の女性が相手ですから、神職の巫女であるフェリシアが適任でしょう。神聖魔法や回復魔法も使えますし」

 ラインハルトは答える。

「……判った。お前に任せる」



--皇宮 医務室。

 カリンは、ベッドの上で目覚める。

「気が付いたようですね」

 カリンが声がした方を振り向くと、黒目黒髪で今までカリンが見たことのない巫女服に身を包んだ女性がベッドの傍らの椅子に座り、カリンの顔を見て微笑んでいた。

 カリンは女性に尋ねる。

「ここは?」

 黒目黒髪の女性は、穏やかに答える。

「ここは、皇宮の医務室です。貴女は、陛下との謁見中に倒れたのです」

「そうでしたか……。失礼ですが、貴女は?」

「申し遅れました。私は、皇太子第三妃のフェリシアといいます」

 フェリシアは、ジークからカリンの付き添いを命じられていた。

 フェリシアは続ける。

「『極度の緊張と疲労から倒れたのだろう』と典医が申しておりました。慣れない長旅で、疲れが溜まっているのでしょう。ゆっくり休んでください」

 カリンは、フェリシアの言葉を聞いて、慌てて起き上がろうとする。

「私は休んでいる場合では……。国は!? ゴズフレズは? 皇帝陛下に援軍をお願いせねば! 父上が!」

 フェリシアは慌てるカリンを押さえながら、彼女をなだめる。

「落ち着いて! 典医が『安静に』と!」 

 フェリシアに両肩を押さえられながらも、カリンは尚も起き上がってベッドから出ようとする。

 医務室のドアをノックする音がした後、ドアが開けられる。
 
「姫様!」

「爺!」

 医務室に入って来たのは、カリンの従者の老執事であった。

「姫様、どうかフェリシア様のおっしゃられる通り、安静にして下され」

 カリンは、老執事の顔を見て少し落ち着きを取り戻す。

「爺! 皇帝陛下に援軍をお願いせねばなりません!」

 老執事は、険しい表情でカリンに答える。

「姫様が謁見された際に、皇帝陛下は『それはできない』とおっしゃられました。……残念ですが」

「そんな! それでは……、ゴズフレズは……」

 カリンは呆然として俯き、フェリシアに身を委ねる。

 フェリシアはカリンをベッドに寝かせると、カリンに尋ねる。

「どのような事情があるのかは存じませんが、よろしければ、何があったのか、私に話していただけませんか?」

「……判りました」

 謁見の際に、皇帝であるラインハルトにゴズフレズへの援軍を断られたカリンは、ベッドで上半身を起こすと、すがる想いでフェリシアにカスパニア軍によるゴズフレズ侵略を語り始める。




 ゴズフレズ王国は、バレンシュテット帝国の北側に位置し、帝国とは峻険な竜王山脈によって隔てられていた。

 中小国と呼ばれるだけにその国土の多くは低地で広くはなく、農業生産は多くないものの、陶器やガラス製品といった工芸品の生産と交易が盛んであった。

 そして、北東に列強であるスベリエ王国、南西に列強であるカスパニア王国属州ホラントに国境を接していた。

 歴代のゴズフレズ王は、列強であるスベリエ王国に従属し、租税を払う代わりに軍事的な保護を受けてきた。

 カリンは話しを続ける。

「バレンシュテット帝国が百万の軍勢を動員して港湾自治都市群を制圧しました。その時に『黒衣の剣士と氷の魔女』が列強であるカスパニア軍十万を撃退したという話もゴズフレズに伝わりました」

 フェリシアも口を開く。

「帝国による港湾自治都市群の制圧は、私も存じております」

 カリンは悔しそうに続ける。

「バレンシュテット帝国に港湾自治都市群での戦いで手痛い敗北を喫したにカスパニアは、帝国の辺境である港湾自治都市群を狙う『南進政策』から、ゴズフレズといった北部の国々を狙う『北進政策』に国策を切り替えたのです。……カスパニアは属州ホラントで軍を立て直すと、ゴズフレズへの侵略を開始しました」

 老執事は口を挟む。

「カスパニアは、バレンシュテッド帝国よりも、我々、北部の国々のほうが侵略しやすいと考えたのでしょう」

 カリンは、カスパニアによる侵略を語り始める。

「越境してきたカスパニア軍に対して、ゴズフレズは農民たちを徴兵して防戦に当たらせました。しかし、農民たちは畑を恋うて浮足立ち、ゴズフレズは苦戦を強いられています。カスパニアは、農民が畑の刈り入れを行う、この時期を狙っていたのです」

 フェリシアは、カリンの話を聞いて、納得したかのように頷く。

「……それで、この時期に戦争が始まったのですね?」

 カリンは、両手で顔を覆うと悲痛な声で話を続ける。

「カスパニア軍は、畑に火を放って村々を略奪し、『人狩り』に農民たちを捕らえさせ、奴隷商人に売り渡しています。このままではゴズフレズは滅びてしまいます」

 老執事は、悔しそうに口を開く。

「王は、我が国が従属するスベリエ王国に援軍を求めました。すると、スベリエ側は姫様の身柄と戦争税という重税を要求してきました。『援軍が欲しければ、カリン王女を差し出して、莫大な戦費を負担しろ』と」

 カリンも俯いたまま、悔しそうにベッドの上で両手を握る。

「……我が国が単独で列強のカスパニアと戦っても、勝ち目はありません。ゴズフレズは滅びてしまいます。……かと言って、スベリエに頼っても、私自身はともかく、民は重税で身ぐるみを剥がれてしまいます。穀物や家畜まで奪われるとなると、どうやって、この先の冬を越せば良いのでしょうか」

 カリンの話を聞いたフェリシアも表情を曇らせる。

「酷い話ですね」

 カリンは続ける。

「……そこで、父は私をバレンシュテット帝国に遣わしました。『革命戦役という内戦から、数年で帝国を立て直したラインハルト皇帝陛下なら。聡明で聞こえた皇帝陛下なら、長年の友好の情に応えて、我が国を助けてくれるだろう』と。……ですが、……謁見の結果は……」

 カリンは、声を詰まらせる。

 フェリシアは、カリンの様子を見て口を開く。

「私からジーク様にお願いしてみます。帝国の皇太子であるジーク様なら、きっと力添えして頂けると思います」

 カリンはフェリシアに懇願する。

「……どうか、よろしくお願いします」



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--皇宮 皇帝の私室。
 皇帝の私室には、特使達に謁見した皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、皇太子ジークフリート、帝国魔法科学省長官ハリッシュの四人がいた。
 ラインハルトは、歩きながら考えるように呟く。
「謁見中に友好国の特使が倒れるとは。何事も無ければ良いが。……ジーク。典医は何と言っていた?」
 ジークは、窓際にある四人掛けの席でナナイ、ハリッシュと共に椅子に座っていた。
「典医は、『過度の緊張と疲労が溜まっていたのだろう』と申しておりました」
 ラインハルトは答える。
「……ふむ。それは静養が必要だな」 
 ナナイは、窓際の席でカップに紅茶を淹れながら口を開く。
「貴方が脅かすからですよ。……あの|娘《こ》、貴方に怯えて震えていましたよ?」
 ラインハルトは、驚きながら答える。 
「私が!? ……謁見の時にそんなに怖い顔をしていたか?」
 ハリッシュは助け舟を出す。
「彼女は、ラインハルトの|人《・》|相《・》に怯えていたのではなく、|バ《・》|レ《・》|ン《・》|シ《・》|ュ《・》|テ《・》|ッ《・》|ト《・》|帝《・》|国《・》|の《・》|皇《・》|帝《・》に怯えて委縮していたのですよ」
 ジークは口を開く。
「顔色は蒼白で、手は震えていましたね」
「ふーむ」
 皆の言葉を聞いて、ラインハルトは歩きながら顎に手を当てて考える仕草したまま室内を少し歩くと、何かを思いついたように口を開く。
「ジーク。お前に特使の接待役を任せる。おそらく、お前と彼女は同世代だろう。私が直接、彼女と話すより、お前が応対した方が彼女に掛かる精神的負荷が少ないだろう」 
 ジークは答える。
「判りました」
 ラインハルトは続ける。
「純朴で素直そうな可愛い娘だったな。国を想う直向きな性格も良い」
 紅茶を飲みながら、ナナイは口を開く。
「随分と、あの|娘《こ》が気に入ったようですね」
 ラインハルトは、苦笑いしながら答える。
「ナナイ。自分の子供と近い歳の娘相手に妬くな。 ……ジーク、お前の四人目の妃にどうだ?」
 ハリッシュは口を開く。
「意外に名案かもしれませんよ? そうなれば、バレンシュテッド帝国とゴズフレズ王国は姻戚関係になります。帝国は、堂々とゴズフレズ王国に派兵できる口実を得られますし、帝国が派兵できれば、ゴズフレズ王国からスベリエ軍とカスパニア軍を排除できます」
 ジークは、苦笑いしながら答える。
「……お戯れを」
 ジークは続ける。
「医務室にいる彼女の付き添いは、フェリシアにやらせようと思っています。未婚の女性が相手ですから、神職の巫女であるフェリシアが適任でしょう。神聖魔法や回復魔法も使えますし」
 ラインハルトは答える。
「……判った。お前に任せる」
--皇宮 医務室。
 カリンは、ベッドの上で目覚める。
「気が付いたようですね」
 カリンが声がした方を振り向くと、黒目黒髪で今までカリンが見たことのない巫女服に身を包んだ女性がベッドの傍らの椅子に座り、カリンの顔を見て微笑んでいた。
 カリンは女性に尋ねる。
「ここは?」
 黒目黒髪の女性は、穏やかに答える。
「ここは、皇宮の医務室です。貴女は、陛下との謁見中に倒れたのです」
「そうでしたか……。失礼ですが、貴女は?」
「申し遅れました。私は、皇太子第三妃のフェリシアといいます」
 フェリシアは、ジークからカリンの付き添いを命じられていた。
 フェリシアは続ける。
「『極度の緊張と疲労から倒れたのだろう』と典医が申しておりました。慣れない長旅で、疲れが溜まっているのでしょう。ゆっくり休んでください」
 カリンは、フェリシアの言葉を聞いて、慌てて起き上がろうとする。
「私は休んでいる場合では……。国は!? ゴズフレズは? 皇帝陛下に援軍をお願いせねば! 父上が!」
 フェリシアは慌てるカリンを押さえながら、彼女をなだめる。
「落ち着いて! 典医が『安静に』と!」 
 フェリシアに両肩を押さえられながらも、カリンは尚も起き上がってベッドから出ようとする。
 医務室のドアをノックする音がした後、ドアが開けられる。
「姫様!」
「爺!」
 医務室に入って来たのは、カリンの従者の老執事であった。
「姫様、どうかフェリシア様のおっしゃられる通り、安静にして下され」
 カリンは、老執事の顔を見て少し落ち着きを取り戻す。
「爺! 皇帝陛下に援軍をお願いせねばなりません!」
 老執事は、険しい表情でカリンに答える。
「姫様が謁見された際に、皇帝陛下は『それはできない』とおっしゃられました。……残念ですが」
「そんな! それでは……、ゴズフレズは……」
 カリンは呆然として俯き、フェリシアに身を委ねる。
 フェリシアはカリンをベッドに寝かせると、カリンに尋ねる。
「どのような事情があるのかは存じませんが、よろしければ、何があったのか、私に話していただけませんか?」
「……判りました」
 謁見の際に、皇帝であるラインハルトにゴズフレズへの援軍を断られたカリンは、ベッドで上半身を起こすと、すがる想いでフェリシアにカスパニア軍によるゴズフレズ侵略を語り始める。
 ゴズフレズ王国は、バレンシュテット帝国の北側に位置し、帝国とは峻険な竜王山脈によって隔てられていた。
 中小国と呼ばれるだけにその国土の多くは低地で広くはなく、農業生産は多くないものの、陶器やガラス製品といった工芸品の生産と交易が盛んであった。
 そして、北東に列強であるスベリエ王国、南西に列強であるカスパニア王国属州ホラントに国境を接していた。
 歴代のゴズフレズ王は、列強であるスベリエ王国に従属し、租税を払う代わりに軍事的な保護を受けてきた。
 カリンは話しを続ける。
「バレンシュテット帝国が百万の軍勢を動員して港湾自治都市群を制圧しました。その時に『黒衣の剣士と氷の魔女』が列強であるカスパニア軍十万を撃退したという話もゴズフレズに伝わりました」
 フェリシアも口を開く。
「帝国による港湾自治都市群の制圧は、私も存じております」
 カリンは悔しそうに続ける。
「バレンシュテット帝国に港湾自治都市群での戦いで手痛い敗北を喫したにカスパニアは、帝国の辺境である港湾自治都市群を狙う『南進政策』から、ゴズフレズといった北部の国々を狙う『北進政策』に国策を切り替えたのです。……カスパニアは属州ホラントで軍を立て直すと、ゴズフレズへの侵略を開始しました」
 老執事は口を挟む。
「カスパニアは、バレンシュテッド帝国よりも、我々、北部の国々のほうが侵略しやすいと考えたのでしょう」
 カリンは、カスパニアによる侵略を語り始める。
「越境してきたカスパニア軍に対して、ゴズフレズは農民たちを徴兵して防戦に当たらせました。しかし、農民たちは畑を恋うて浮足立ち、ゴズフレズは苦戦を強いられています。カスパニアは、農民が畑の刈り入れを行う、この時期を狙っていたのです」
 フェリシアは、カリンの話を聞いて、納得したかのように頷く。
「……それで、この時期に戦争が始まったのですね?」
 カリンは、両手で顔を覆うと悲痛な声で話を続ける。
「カスパニア軍は、畑に火を放って村々を略奪し、『人狩り』に農民たちを捕らえさせ、奴隷商人に売り渡しています。このままではゴズフレズは滅びてしまいます」
 老執事は、悔しそうに口を開く。
「王は、我が国が従属するスベリエ王国に援軍を求めました。すると、スベリエ側は姫様の身柄と戦争税という重税を要求してきました。『援軍が欲しければ、カリン王女を差し出して、莫大な戦費を負担しろ』と」
 カリンも俯いたまま、悔しそうにベッドの上で両手を握る。
「……我が国が単独で列強のカスパニアと戦っても、勝ち目はありません。ゴズフレズは滅びてしまいます。……かと言って、スベリエに頼っても、私自身はともかく、民は重税で身ぐるみを剥がれてしまいます。穀物や家畜まで奪われるとなると、どうやって、この先の冬を越せば良いのでしょうか」
 カリンの話を聞いたフェリシアも表情を曇らせる。
「酷い話ですね」
 カリンは続ける。
「……そこで、父は私をバレンシュテット帝国に遣わしました。『革命戦役という内戦から、数年で帝国を立て直したラインハルト皇帝陛下なら。聡明で聞こえた皇帝陛下なら、長年の友好の情に応えて、我が国を助けてくれるだろう』と。……ですが、……謁見の結果は……」
 カリンは、声を詰まらせる。
 フェリシアは、カリンの様子を見て口を開く。
「私からジーク様にお願いしてみます。帝国の皇太子であるジーク様なら、きっと力添えして頂けると思います」
 カリンはフェリシアに懇願する。
「……どうか、よろしくお願いします」