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五話 ライダーはみんな、これを見とくべきだね。

ー/ー



 七月の最終日。揺れるバスの中で二人掛けシートに収まったふたりは、お互いの免許証に写るそれぞれの澄ました顔を眺め合っていた。

「すみれさん、免許の写真にしては可愛く撮れてるよ」

 中途半端な褒め方にすみれは口を尖らせ、本物はもっと可愛いわよ、と抗議しながら逸郎が持つ免許証を取り返す。が、手元に来た二枚の同じ位置に印字されている『普自二』という文字列に、湧き上がる笑顔を抑えきれていない。

「やっと取れた」

 もう何度目になるかわからない感嘆を、すみれは呟いた。逸郎も大きく頷く。




 朝早く駅前のバスロータリーに集合したふたりが一時間半バスに揺られて着いた先は、ちょっとした宿場町だった。だだっ広い県の中で実技試験に対応できる免許センターが、交通の便が決して良いとは言えないここ一か所だけなので、飲食店と宿泊施設が立ち並ぶ城下町の体を成しているのだ。

「私たちみたいな実技免除組は、ホントは駅前の免許センターでも取れるんだけどね」

 なんかピクニックみたいで楽しいじゃない。昨夜、電話でそう提案してきたのはすみれだった。

「そんな面倒なことみんな絶対しないから、ふたりっきりでゆっくりできるよ」

 彼女は電話の最後を、お弁当つくってくね、で締めた。




 筆記試験も無事合格したふたりは、土手に座って昼休みの実技コースを眼下に眺めながらすみれの握ってきたおにぎりを食べていた。青空の高原は、真夏とは思えない爽やかな風をふたりに届けてくれている。
 と、すぐ下から、いきなり爆音が聞こえてきた。音に誘われそちらを見下ろしてみる。狭いスペースに何本かのパイロンを並べた簡易コースで、白バイ隊員たちが取り回しのタイムアタックをして遊んでいた。

「すごいな、あれ」

「ホント。私たちじゃ絶対無理」

 隊員たちは重量感たっぷりの白バイを重心移動とアクセルワークだけで自在に操り、十メートル四方も無いような狭く複雑なコースでの最短時間を競っている。一番上手い猛者のトライアルでは、車体一台分くらいのスパンしかない8の字からの百八十度ターンで後輪から白煙が上がっていた。

「あんなの見ちゃったら、彼らから逃げ切ろうなんて絶対思わなくなるよね」

 感心する逸郎に、すみれもうんうんと大きく頷いた。

「ライダーはみんな、これを見とくべきだね。遵法意識がめちゃめちゃ上がるよ」

 すみれの言葉に、逸郎はまたひとつ同じ魂を見つけ、ほほ笑んだ。




 駅前に帰り着いたのは四時を過ぎていた。

「けっこう時間かかっちゃったね。一日仕事だったよ」

「楽しかったから、いいよ。おにぎりも美味しかったし」

 照れるすみれ。早起きした甲斐あったよ、と腕を回してくる。

「ね、イツロー、せっかくだし、今日はこのままお酒飲みに行っちゃおうよ。すみれちゃんイツローくん免許取得おめでとう会。明後日(あさって)の納車過ぎたらなかなか飲めなくなるかもしれないし」

 たしかにそれはそうだ。それに、考えてみればふたりでお酒を飲むのも初めてだ。すみれの飲んでる姿はバイト先で見たことあるけれど。
 逸郎には、もちろん断る理由などあるはずも無い。

「大通りからちょっと入ったとこに本屋さんと映画館が入ってる白いビルがあるでしょ。あの近くに、前から気になってるお店があるの。イツローと行きたいなって思って。たしか十七時からのはずだから、本屋さん寄ってればちょうどいいくらいじゃないかな」



 すみれが選んだ店は、女子に人気という評判だけあっておしゃれな雰囲気だったが、料理のボリュームも味もなかなかで、逸郎も気に入った。ウィスキーのメニューが無いのは残念だったが、食事メインなら理に適っている。

 平日の早い時間ということもあって、カップル専用個室が取れたのもよかった。おかげで、やってくるかもしれない学生客の視線を気にする必要もなく、ふたりきりでゆっくりできる。辺境の試験場ならいざ知らず、この狭い街の繁華街では、すみれの容姿は目立ち過ぎるのだ。

 オーダーを取りに来た店員さんに応じたすみれは、逸郎に相談することもなく、とりあえず、と前置きして、三時間飲み放題付の『炭火焼鳥&燻製肉六品コース』を二人分注文した。店員が去った後、ふりむいて、いいよねという顔。無問題、と応える逸郎。
 この信頼感は実に心地良い。逸郎はそう思った。


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 七月の最終日。揺れるバスの中で二人掛けシートに収まったふたりは、お互いの免許証に写るそれぞれの澄ました顔を眺め合っていた。
「すみれさん、免許の写真にしては可愛く撮れてるよ」
 中途半端な褒め方にすみれは口を尖らせ、本物はもっと可愛いわよ、と抗議しながら逸郎が持つ免許証を取り返す。が、手元に来た二枚の同じ位置に印字されている『普自二』という文字列に、湧き上がる笑顔を抑えきれていない。
「やっと取れた」
 もう何度目になるかわからない感嘆を、すみれは呟いた。逸郎も大きく頷く。
 朝早く駅前のバスロータリーに集合したふたりが一時間半バスに揺られて着いた先は、ちょっとした宿場町だった。だだっ広い県の中で実技試験に対応できる免許センターが、交通の便が決して良いとは言えないここ一か所だけなので、飲食店と宿泊施設が立ち並ぶ城下町の体を成しているのだ。
「私たちみたいな実技免除組は、ホントは駅前の免許センターでも取れるんだけどね」
 なんかピクニックみたいで楽しいじゃない。昨夜、電話でそう提案してきたのはすみれだった。
「そんな面倒なことみんな絶対しないから、ふたりっきりでゆっくりできるよ」
 彼女は電話の最後を、お弁当つくってくね、で締めた。
 筆記試験も無事合格したふたりは、土手に座って昼休みの実技コースを眼下に眺めながらすみれの握ってきたおにぎりを食べていた。青空の高原は、真夏とは思えない爽やかな風をふたりに届けてくれている。
 と、すぐ下から、いきなり爆音が聞こえてきた。音に誘われそちらを見下ろしてみる。狭いスペースに何本かのパイロンを並べた簡易コースで、白バイ隊員たちが取り回しのタイムアタックをして遊んでいた。
「すごいな、あれ」
「ホント。私たちじゃ絶対無理」
 隊員たちは重量感たっぷりの白バイを重心移動とアクセルワークだけで自在に操り、十メートル四方も無いような狭く複雑なコースでの最短時間を競っている。一番上手い猛者のトライアルでは、車体一台分くらいのスパンしかない8の字からの百八十度ターンで後輪から白煙が上がっていた。
「あんなの見ちゃったら、彼らから逃げ切ろうなんて絶対思わなくなるよね」
 感心する逸郎に、すみれもうんうんと大きく頷いた。
「ライダーはみんな、これを見とくべきだね。遵法意識がめちゃめちゃ上がるよ」
 すみれの言葉に、逸郎はまたひとつ同じ魂を見つけ、ほほ笑んだ。
 駅前に帰り着いたのは四時を過ぎていた。
「けっこう時間かかっちゃったね。一日仕事だったよ」
「楽しかったから、いいよ。おにぎりも美味しかったし」
 照れるすみれ。早起きした甲斐あったよ、と腕を回してくる。
「ね、イツロー、せっかくだし、今日はこのままお酒飲みに行っちゃおうよ。すみれちゃんイツローくん免許取得おめでとう会。|明後日《あさって》の納車過ぎたらなかなか飲めなくなるかもしれないし」
 たしかにそれはそうだ。それに、考えてみればふたりでお酒を飲むのも初めてだ。すみれの飲んでる姿はバイト先で見たことあるけれど。
 逸郎には、もちろん断る理由などあるはずも無い。
「大通りからちょっと入ったとこに本屋さんと映画館が入ってる白いビルがあるでしょ。あの近くに、前から気になってるお店があるの。イツローと行きたいなって思って。たしか十七時からのはずだから、本屋さん寄ってればちょうどいいくらいじゃないかな」
 すみれが選んだ店は、女子に人気という評判だけあっておしゃれな雰囲気だったが、料理のボリュームも味もなかなかで、逸郎も気に入った。ウィスキーのメニューが無いのは残念だったが、食事メインなら理に適っている。
 平日の早い時間ということもあって、カップル専用個室が取れたのもよかった。おかげで、やってくるかもしれない学生客の視線を気にする必要もなく、ふたりきりでゆっくりできる。辺境の試験場ならいざ知らず、この狭い街の繁華街では、すみれの容姿は目立ち過ぎるのだ。
 オーダーを取りに来た店員さんに応じたすみれは、逸郎に相談することもなく、とりあえず、と前置きして、三時間飲み放題付の『炭火焼鳥&燻製肉六品コース』を二人分注文した。店員が去った後、ふりむいて、いいよねという顔。無問題、と応える逸郎。
 この信頼感は実に心地良い。逸郎はそう思った。