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第十三話 変な想像したろ

ー/ー



「『設定』?」

 何が何だか。訳がわからずに、泰樹(たいき)は聞き返した。

「はい。(くわ)しくは場所を移して、(わたくし)の工房でお話しいたします。参りましょう」

 いつになく真剣な眼差しで、シーモスは告げる。
 それに気圧(けお)されて、泰樹とイリスは黙ってシーモスについて行った。


 シーモスの工房は、イリスの屋敷の中にある。シーモスも、自分の屋敷を持ってはいる。だが、あまりにも長くイリスの屋敷に入りびたっているので、ここに魔法やらなんやらを試すための工房を作ってしまったのだとか。
 工房はこぢんまりとした部屋で、片隅に今は火のはいっていない暖炉が()え付けられていた。床の上には本やら何かの設計図やら、訳のわからない道具などが散らばっている。
 乾燥させた薬草の匂い、炭と金属の匂い、紙と(ほこり)の匂い。全てが混ざり合って、なんだか懐かしいような、ほっとするような匂いが鼻に届く。
 そんなシーモスの工房では、黒い魔獣、アルダーが伏せのポーズで待っていた。
 泰樹はまだこの魔獣が苦手だったが、側にいるだけで怖いと思うことは無くなった。
 よく見ると、アルダーは眼が優しい。角度によっては黒にも見える、珍しい紫色の瞳は穏やかに辺りを映していた。

「アルダーくんーもうご飯食べた?」

 イリスは気軽に、魔獣の頭を撫でている。そんなイリスの態度も、泰樹の恐怖を和らげているのかも知れない。

「アルダー様は、今日もきちんと朝食をお召し上がりになりましたよ。さあ、工房に結界を張りました。これでこの工房の中でお話ししたことは外部に漏れません」
「うん。それで、『設定』ってなんなの?」

 魔獣と(たわむ)れることをやめて、イリスは工房にあった椅子に腰掛けた。
 泰樹も手頃な椅子に座る。シーモスに手渡された書類をめくってみると、それにはみっちりと何かが書かれていた。
 それだけで読む気が失せる。泰樹はもともと、勉強は得意では無いのだ。

「タイキ様は『マレビト』でいらっしゃいますが、『議会』にはあくまで『ソトビト』としてお披露目(ひろめ)いたします。そのために、タイキ様にその設定を覚えていただきたいのです」
「なんで、わざわざ覚えなきゃいけないんだ? 魔法が有るだろ? 魔法ではぱーっと覚えさせたり出来ないのか?」

 どうしても、暗記を回避したい。楽して覚えられるなら、その方が良いに決まっている。

「残念ですが、幻魔議員の中には魔法師の方もいらっしゃいます。貴方に魔法の痕跡があれば、きっと疑われるでしょう。ですがタイキ様が覚えた記憶と本当の記憶を正確に分ける術はございません。人間の記憶には、必ず嘘や矛盾がございますから。ですから、『設定』を暗記していただきます」

 眼鏡を押し上げたシーモスは、有無を言わさぬ迫力。厳しい教師のように、いつになく真剣な眼差しでシーモスは書類を示した。

「……マジで?」
「マジ、でございます。……さ、まずは出身地の設定でございますが……」





「……あ、あ、……いや、だ……! も、無理……! 入る、わけ、ねぇ……!」

 小一時間ほど設定を詰め込めるだけ詰め込んで、泰樹は壊れた。

「そんな、悩ましげなお声でおっしゃっても、設定は減りませんよ」

 ぴしゃりと告げるシーモスの頬が、心なしか(ゆる)んでいる。

「……今、変な想像したろ……」
「……しておりません。……さ、次は、家族と仕事、それから……」
「ねーシーモス。ちょっと休憩しようよータイキだって、疲れてるみたいだし」

 イリスも始めのうちは泰樹に付き合って、シーモスが説明する『設定』を聞いていた。だが、次第に飽きてきたようで、今はアルダーと遊んでいる。いや、遊んで貰っている。

「……マジで無理なんだよ……俺は暗記とか苦手なんだよ……こんなの、たった6日で覚えられるわけないだろぉー!」
「無理でもなんでも、やっていただきます。タイキ様が『マレビト』であることが『議会』に発覚すれば、必ず私たちと貴方は引き離されます。それから先も、今と同じ待遇で暮らせるとは限りませんよ?」

 確かに、シーモスのセクハラをのぞけばここでの暮らしは快適だ。それにシーモスが調べている、古文書の問題も有る。少しでも、地球へ戻る手がかりの側にいたい。それが本心だ。

「うう……学校の勉強も、歴史とか地理とか全然ダメだったな……」

 それでも弱音を吐く泰樹に、シーモスは改めて困ったように眉を寄せる。

「うーん。この程度の量なら、6日あれば余裕を持って覚えられるかと思っていたのですが……」
「それはシーモスが、でしょ? タイキはタイキのペースがあるもの」

 ねー。と同意を求めるように、イリスはアルダーの背を()でている。
 くうん。小さく喉を鳴らして、アルダーはごろりと床に寝転んだ。

「……ああ、そうです。そうですよ!」

 何か妙案を思いついたのか。シーモスはぽんと手を打って、顔色を明るくする。

「何か考えついたの? シーモス!」
「はい。こういたしましょう。タイキ様は、記憶喪失。つまり、記憶を失っておられる、と言うことにするのです!」


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「『設定』?」
 何が何だか。訳がわからずに、|泰樹《たいき》は聞き返した。
「はい。|詳《くわ》しくは場所を移して、|私《わたくし》の工房でお話しいたします。参りましょう」
 いつになく真剣な眼差しで、シーモスは告げる。
 それに|気圧《けお》されて、泰樹とイリスは黙ってシーモスについて行った。
 シーモスの工房は、イリスの屋敷の中にある。シーモスも、自分の屋敷を持ってはいる。だが、あまりにも長くイリスの屋敷に入りびたっているので、ここに魔法やらなんやらを試すための工房を作ってしまったのだとか。
 工房はこぢんまりとした部屋で、片隅に今は火のはいっていない暖炉が|据《す》え付けられていた。床の上には本やら何かの設計図やら、訳のわからない道具などが散らばっている。
 乾燥させた薬草の匂い、炭と金属の匂い、紙と|埃《ほこり》の匂い。全てが混ざり合って、なんだか懐かしいような、ほっとするような匂いが鼻に届く。
 そんなシーモスの工房では、黒い魔獣、アルダーが伏せのポーズで待っていた。
 泰樹はまだこの魔獣が苦手だったが、側にいるだけで怖いと思うことは無くなった。
 よく見ると、アルダーは眼が優しい。角度によっては黒にも見える、珍しい紫色の瞳は穏やかに辺りを映していた。
「アルダーくんーもうご飯食べた?」
 イリスは気軽に、魔獣の頭を撫でている。そんなイリスの態度も、泰樹の恐怖を和らげているのかも知れない。
「アルダー様は、今日もきちんと朝食をお召し上がりになりましたよ。さあ、工房に結界を張りました。これでこの工房の中でお話ししたことは外部に漏れません」
「うん。それで、『設定』ってなんなの?」
 魔獣と|戯《たわむ》れることをやめて、イリスは工房にあった椅子に腰掛けた。
 泰樹も手頃な椅子に座る。シーモスに手渡された書類をめくってみると、それにはみっちりと何かが書かれていた。
 それだけで読む気が失せる。泰樹はもともと、勉強は得意では無いのだ。
「タイキ様は『マレビト』でいらっしゃいますが、『議会』にはあくまで『ソトビト』としてお|披露目《ひろめ》いたします。そのために、タイキ様にその設定を覚えていただきたいのです」
「なんで、わざわざ覚えなきゃいけないんだ? 魔法が有るだろ? 魔法ではぱーっと覚えさせたり出来ないのか?」
 どうしても、暗記を回避したい。楽して覚えられるなら、その方が良いに決まっている。
「残念ですが、幻魔議員の中には魔法師の方もいらっしゃいます。貴方に魔法の痕跡があれば、きっと疑われるでしょう。ですがタイキ様が覚えた記憶と本当の記憶を正確に分ける術はございません。人間の記憶には、必ず嘘や矛盾がございますから。ですから、『設定』を暗記していただきます」
 眼鏡を押し上げたシーモスは、有無を言わさぬ迫力。厳しい教師のように、いつになく真剣な眼差しでシーモスは書類を示した。
「……マジで?」
「マジ、でございます。……さ、まずは出身地の設定でございますが……」
「……あ、あ、……いや、だ……! も、無理……! 入る、わけ、ねぇ……!」
 小一時間ほど設定を詰め込めるだけ詰め込んで、泰樹は壊れた。
「そんな、悩ましげなお声でおっしゃっても、設定は減りませんよ」
 ぴしゃりと告げるシーモスの頬が、心なしか|緩《ゆる》んでいる。
「……今、変な想像したろ……」
「……しておりません。……さ、次は、家族と仕事、それから……」
「ねーシーモス。ちょっと休憩しようよータイキだって、疲れてるみたいだし」
 イリスも始めのうちは泰樹に付き合って、シーモスが説明する『設定』を聞いていた。だが、次第に飽きてきたようで、今はアルダーと遊んでいる。いや、遊んで貰っている。
「……マジで無理なんだよ……俺は暗記とか苦手なんだよ……こんなの、たった6日で覚えられるわけないだろぉー!」
「無理でもなんでも、やっていただきます。タイキ様が『マレビト』であることが『議会』に発覚すれば、必ず私たちと貴方は引き離されます。それから先も、今と同じ待遇で暮らせるとは限りませんよ?」
 確かに、シーモスのセクハラをのぞけばここでの暮らしは快適だ。それにシーモスが調べている、古文書の問題も有る。少しでも、地球へ戻る手がかりの側にいたい。それが本心だ。
「うう……学校の勉強も、歴史とか地理とか全然ダメだったな……」
 それでも弱音を吐く泰樹に、シーモスは改めて困ったように眉を寄せる。
「うーん。この程度の量なら、6日あれば余裕を持って覚えられるかと思っていたのですが……」
「それはシーモスが、でしょ? タイキはタイキのペースがあるもの」
 ねー。と同意を求めるように、イリスはアルダーの背を|撫《な》でている。
 くうん。小さく喉を鳴らして、アルダーはごろりと床に寝転んだ。
「……ああ、そうです。そうですよ!」
 何か妙案を思いついたのか。シーモスはぽんと手を打って、顔色を明るくする。
「何か考えついたの? シーモス!」
「はい。こういたしましょう。タイキ様は、記憶喪失。つまり、記憶を失っておられる、と言うことにするのです!」