猶予1

ー/ー



 クシナダの襲来から少し後。
 美月と陽女はひとまず神社内の神域を確保するために奔走することになった。
 咲耶は帰るべき家もなく、また来たるべき日のために少しでも力を付けるべく、術を実践するために二人に協力をすることになった。

 一人残された俺は、少しばかりの思案の後、神社の中で最も力が溢れている場所を聞き出して、そこに移動していた。
 咲耶の一件以来、いや思えばもっと前から、時折頭の中に聞こえるもう一人の自分の声。
 術を知らない自分を導く様に聞こえるあの声と、しっかりと向き合いたいと思ったからだ。

 神格を持たない俺は、美月や陽女のように過去の記憶を持ち越すことが出来ないと聞いた。
 そんな俺を補助するように、そして知っているはずなのに忘れていることを思い出させようとするあの声に、どうすれば向き合えるのかを思案して、導き出した答えが合った。

 それはあの夢のような空間での出来事。
 あの時は咲耶の過去の出来事や記憶に触れる事が出来た。
 なら意識を自分の内面に向ければ、あるいはその朋胤という存在に会えるのではないかと思ったのだ。
 確証はないし、ただの思いつきに過ぎないけれど、咲耶のような術式の知識があるわけでも、美月や陽女のような力を持つわけでも無い俺が、3日後の決戦で出来る事はほぼ無い。
 だからこそ少しでも、力を得たいと強く思ってしまうのだ。

 俺は神社の境内の中で、最も力が溢れていると言われた、本殿の中へと入る。
 そして座禅を組むような姿勢になり、咲耶に教えて貰った呼吸法を実践し始める。
 緩く深く、周りの気配ごと吸い込んで身体に取り込むような呼吸法。
 本当に力というものがこの空間に満ちているなら、それを身体の中に取り込むような呼吸法だ。

 今は余計なことを一切考えず、あの時聞こえた声をイメージして自分の心不覚に問いかける。
 それは思っていた以上に苦痛を伴う行動だった。
 専門的な訓練も、知識も持ち合わせない人間が、いきなり自分の内面……いや魂に触れようとしているのだ。
 本来一生行うことのないであろう方法を試そうというのだから、思っていた以上の負荷が精神にかかる。
 意識を内側に向けようとすれば逆にそれを意識してしまい、そして余計なものや気配を感じてしまう。
 それは集中力を削ぎ、意識を散漫とさせてしまうので、再度集中することを始めることになる。
 その繰り返しの中、こめかみから汗が流れ頭が痛くなるほどの集中を維持することが出来た。

 その時、まるで咲耶の夢の再現のように、俺の意識が闇に閉ざされた。
 もしかしてという期待と、何が起こっているのかという不安が入り乱れるが、ここで集中を途切れさせてしまえば元の木阿弥になってしまうと、再度呼吸を整えて意識を集中させる。

 (りん)……
 燐……
 燐……

 暗闇の向こうから、澄んだ金属音が聞こえた。
 光すら差し込まない闇の中、立っている場所も方向も解らないけど俺は一歩踏み出す。

 燐という音は俺が足を踏み出すたびに少しづつ大きくなる。
 俺はなんとなく、そうすべきであると感じるまま音が鳴る方へと歩みを続けた。
 しばらく歩みを進めてたどり着いた場所は、俺の知らない景色だった。

 夜を感じさせる闇。
 限定的な場所だけを照らし出す松明の赤味を帯びた光。
 その光に照らされた場所で、狐の面を被った巫女装束の女性が、手に鈴のようなものをもって踊っている。
 手で持ちやすいように棒状になったものに3段重ねに鈴がつけられているのが見える。
 下から7つ5つ3つと結いつけられた鈴は、それぞれが絶妙にずれながら、しかしまとまった音となり辺りの空間へと溶け込んでいくように響いていた。

 燐という澄んだ硬質な音に、シャンというような音が重なり、独特な音色になる。
 その音を聞いているだけで、心の中が浄化されて研ぎ澄まされていくような感覚に陥る。
 巫女装束で舞い踊る狐面の人の前には、野点で見るような赤くて四角い敷物が敷かれており、そこには男と思える装束の人物が腰を下ろしていた。
 そしてその男の横には、こちらも巫女装束の女性がはべっている。

「もはや……もう、どうすることも出来ぬのか……」

 男の苦しげな声が聞こえた。
 その声に聞き覚えがあるのを感じて、俺は男を凝視する。
 この声、何度も頭の中に聞こえたあの声と同じだ。
 ならばこの男が……と疑念がわく。

兼朋(かねとも)さま…お時間でございます」

 男のそばにはべっていた巫女装束の女性が、静かにそう言った。

 兼朋……初めて聞く名前に驚きつつ、しかし聞き覚えのあるその声に耳を澄ませてみる。

「そのな男……妙な出で立ちをしている。何者か?なぜここに居る」

 突然男が誰何の声を上げる。
 咲耶の時のように自分が傍観者として、過去の出来事を見ているだけのつもりで居た俺は、意表を突かれて変な声を上げてしまい、慌てて口をつぐむ。

「何者か……主様のお命を狙っての狼藉か……」

 男のそばに居た巫女装束の女性が、素早く立ち上がると兼朋と呼ばれた男を庇うように背中に隠して立つ。

「え……陽女??」

 兼朋を庇い俺に正対した女性の顔を見て、思わずつぶやく。

「陽女……そのような名のものはここにはおらぬ。今は大切な儀式の途中。とくと去られるが良い」

 俺のつぶやきを聞いた女は、怪訝そうな顔をして俺をにらみながら、有無を言わさぬ口調で言う。

「陽女でないのなら、もしかして陽奈美なのか」

「なんだその名は、そのような者はおらぬと言っておろう」

 どう見ても、陽女とかなり似通った顔立ちなのに、陽奈美でもないと言われ俺は動揺してしまった。
 どう見ても陽女なのに、陽女でも陽奈美でもないというなら、この女性は誰なのだろうかと疑問を抱く。

「儀式とは……黄泉坂祭のことなのか」

「貴様……何故それを知っている。村人の中でもごく一部の、この祭に関わったものしか知らぬ事を」

 陽女に似た女の表情が怒り混じりのものへ変化する。
 より一層警戒を深めてしまったことを理解して、俺はどう説明したら良いのかと途方に暮れてしまう。
 
「日和媛……控えよ。そこな男よ、見知らぬ男ではあるが何か我に近いものを感じる何者ぞ」

 自分を庇うように前に立つ巫女姿の女の肩に手を置くと、落ち着いた男の声が聞こえる。

「俺は……明神智春という。高野宮 朋胤の系譜に連なる男……としか言えない」

「高野宮 ……だと?」

 俺の言葉に男が僅かに目を見開く。
 
「貴様……高野宮を名乗るか。して用向きはなんだ」

 興味と警戒が入り交じった声で男が問う。

「黄泉坂祭の行く先に起こる悲劇の、幕を引くための方法を求めにやってきた」

 男の目がすっと細められ、力のこもった鋭い視線が俺に刺さる。
 その圧に怯みそうになるが、試されているとどこかで感じた俺は、精一杯の気力を込めて視線を受け止める。
 その間も日和媛と呼ばれた女は、兼朋を守るようにして立っており、もう1人の狐の面をつけて踊っていた巫女は踊りをやめて、いつでも動けるような姿勢に変わっていた。

(四面楚歌……かつての覇王はこんな心境だったのかもしれないな)

 ふとそんな考えが脳裏をよぎり、無意識に苦笑を浮かべてしまう。
 夢か現実かはわからぬ状況だけども、ここでの対応を間違えば命を失うかもしれないと、冷めた心で感じている。

「俺のすべてを話す。突拍子もない話に感じるかもしれないが、最後まで聞いてくれ。そしてそのうえで判断してほしい」

 俺は気おされないように気力を振り絞り、自分を睨みつけてくる6つの視線を受け止める。

「あいわかった。まずはそなたの話をしてみよ。そのうえで断じる事としよう」

 男が少しだけ視線を和らげてそういうと、二人の巫女も視線を下げて俺への敵意を隠すように退いた。
 その様子を見たうえで、俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと話し始める。
 彼らの経験することの未来(さき)に起こるであろう出来事を。
 今もまだ終わらぬ、絡まり切ってしまった運命の糸の話を。
 
 


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 クシナダの襲来から少し後。
 美月と陽女はひとまず神社内の神域を確保するために奔走することになった。
 咲耶は帰るべき家もなく、また来たるべき日のために少しでも力を付けるべく、術を実践するために二人に協力をすることになった。
 一人残された俺は、少しばかりの思案の後、神社の中で最も力が溢れている場所を聞き出して、そこに移動していた。
 咲耶の一件以来、いや思えばもっと前から、時折頭の中に聞こえるもう一人の自分の声。
 術を知らない自分を導く様に聞こえるあの声と、しっかりと向き合いたいと思ったからだ。
 神格を持たない俺は、美月や陽女のように過去の記憶を持ち越すことが出来ないと聞いた。
 そんな俺を補助するように、そして知っているはずなのに忘れていることを思い出させようとするあの声に、どうすれば向き合えるのかを思案して、導き出した答えが合った。
 それはあの夢のような空間での出来事。
 あの時は咲耶の過去の出来事や記憶に触れる事が出来た。
 なら意識を自分の内面に向ければ、あるいはその朋胤という存在に会えるのではないかと思ったのだ。
 確証はないし、ただの思いつきに過ぎないけれど、咲耶のような術式の知識があるわけでも、美月や陽女のような力を持つわけでも無い俺が、3日後の決戦で出来る事はほぼ無い。
 だからこそ少しでも、力を得たいと強く思ってしまうのだ。
 俺は神社の境内の中で、最も力が溢れていると言われた、本殿の中へと入る。
 そして座禅を組むような姿勢になり、咲耶に教えて貰った呼吸法を実践し始める。
 緩く深く、周りの気配ごと吸い込んで身体に取り込むような呼吸法。
 本当に力というものがこの空間に満ちているなら、それを身体の中に取り込むような呼吸法だ。
 今は余計なことを一切考えず、あの時聞こえた声をイメージして自分の心不覚に問いかける。
 それは思っていた以上に苦痛を伴う行動だった。
 専門的な訓練も、知識も持ち合わせない人間が、いきなり自分の内面……いや魂に触れようとしているのだ。
 本来一生行うことのないであろう方法を試そうというのだから、思っていた以上の負荷が精神にかかる。
 意識を内側に向けようとすれば逆にそれを意識してしまい、そして余計なものや気配を感じてしまう。
 それは集中力を削ぎ、意識を散漫とさせてしまうので、再度集中することを始めることになる。
 その繰り返しの中、こめかみから汗が流れ頭が痛くなるほどの集中を維持することが出来た。
 その時、まるで咲耶の夢の再現のように、俺の意識が闇に閉ざされた。
 もしかしてという期待と、何が起こっているのかという不安が入り乱れるが、ここで集中を途切れさせてしまえば元の木阿弥になってしまうと、再度呼吸を整えて意識を集中させる。
 |燐《りん》……
 燐……
 燐……
 暗闇の向こうから、澄んだ金属音が聞こえた。
 光すら差し込まない闇の中、立っている場所も方向も解らないけど俺は一歩踏み出す。
 燐という音は俺が足を踏み出すたびに少しづつ大きくなる。
 俺はなんとなく、そうすべきであると感じるまま音が鳴る方へと歩みを続けた。
 しばらく歩みを進めてたどり着いた場所は、俺の知らない景色だった。
 夜を感じさせる闇。
 限定的な場所だけを照らし出す松明の赤味を帯びた光。
 その光に照らされた場所で、狐の面を被った巫女装束の女性が、手に鈴のようなものをもって踊っている。
 手で持ちやすいように棒状になったものに3段重ねに鈴がつけられているのが見える。
 下から7つ5つ3つと結いつけられた鈴は、それぞれが絶妙にずれながら、しかしまとまった音となり辺りの空間へと溶け込んでいくように響いていた。
 燐という澄んだ硬質な音に、シャンというような音が重なり、独特な音色になる。
 その音を聞いているだけで、心の中が浄化されて研ぎ澄まされていくような感覚に陥る。
 巫女装束で舞い踊る狐面の人の前には、野点で見るような赤くて四角い敷物が敷かれており、そこには男と思える装束の人物が腰を下ろしていた。
 そしてその男の横には、こちらも巫女装束の女性がはべっている。
「もはや……もう、どうすることも出来ぬのか……」
 男の苦しげな声が聞こえた。
 その声に聞き覚えがあるのを感じて、俺は男を凝視する。
 この声、何度も頭の中に聞こえたあの声と同じだ。
 ならばこの男が……と疑念がわく。
「|兼朋《かねとも》さま…お時間でございます」
 男のそばにはべっていた巫女装束の女性が、静かにそう言った。
 兼朋……初めて聞く名前に驚きつつ、しかし聞き覚えのあるその声に耳を澄ませてみる。
「そのな男……妙な出で立ちをしている。何者か?なぜここに居る」
 突然男が誰何の声を上げる。
 咲耶の時のように自分が傍観者として、過去の出来事を見ているだけのつもりで居た俺は、意表を突かれて変な声を上げてしまい、慌てて口をつぐむ。
「何者か……主様のお命を狙っての狼藉か……」
 男のそばに居た巫女装束の女性が、素早く立ち上がると兼朋と呼ばれた男を庇うように背中に隠して立つ。
「え……陽女??」
 兼朋を庇い俺に正対した女性の顔を見て、思わずつぶやく。
「陽女……そのような名のものはここにはおらぬ。今は大切な儀式の途中。とくと去られるが良い」
 俺のつぶやきを聞いた女は、怪訝そうな顔をして俺をにらみながら、有無を言わさぬ口調で言う。
「陽女でないのなら、もしかして陽奈美なのか」
「なんだその名は、そのような者はおらぬと言っておろう」
 どう見ても、陽女とかなり似通った顔立ちなのに、陽奈美でもないと言われ俺は動揺してしまった。
 どう見ても陽女なのに、陽女でも陽奈美でもないというなら、この女性は誰なのだろうかと疑問を抱く。
「儀式とは……黄泉坂祭のことなのか」
「貴様……何故それを知っている。村人の中でもごく一部の、この祭に関わったものしか知らぬ事を」
 陽女に似た女の表情が怒り混じりのものへ変化する。
 より一層警戒を深めてしまったことを理解して、俺はどう説明したら良いのかと途方に暮れてしまう。
「日和媛……控えよ。そこな男よ、見知らぬ男ではあるが何か我に近いものを感じる何者ぞ」
 自分を庇うように前に立つ巫女姿の女の肩に手を置くと、落ち着いた男の声が聞こえる。
「俺は……明神智春という。高野宮 朋胤の系譜に連なる男……としか言えない」
「高野宮 ……だと?」
 俺の言葉に男が僅かに目を見開く。
「貴様……高野宮を名乗るか。して用向きはなんだ」
 興味と警戒が入り交じった声で男が問う。
「黄泉坂祭の行く先に起こる悲劇の、幕を引くための方法を求めにやってきた」
 男の目がすっと細められ、力のこもった鋭い視線が俺に刺さる。
 その圧に怯みそうになるが、試されているとどこかで感じた俺は、精一杯の気力を込めて視線を受け止める。
 その間も日和媛と呼ばれた女は、兼朋を守るようにして立っており、もう1人の狐の面をつけて踊っていた巫女は踊りをやめて、いつでも動けるような姿勢に変わっていた。
(四面楚歌……かつての覇王はこんな心境だったのかもしれないな)
 ふとそんな考えが脳裏をよぎり、無意識に苦笑を浮かべてしまう。
 夢か現実かはわからぬ状況だけども、ここでの対応を間違えば命を失うかもしれないと、冷めた心で感じている。
「俺のすべてを話す。突拍子もない話に感じるかもしれないが、最後まで聞いてくれ。そしてそのうえで判断してほしい」
 俺は気おされないように気力を振り絞り、自分を睨みつけてくる6つの視線を受け止める。
「あいわかった。まずはそなたの話をしてみよ。そのうえで断じる事としよう」
 男が少しだけ視線を和らげてそういうと、二人の巫女も視線を下げて俺への敵意を隠すように退いた。
 その様子を見たうえで、俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと話し始める。
 彼らの経験することの|未来《さき》に起こるであろう出来事を。
 今もまだ終わらぬ、絡まり切ってしまった運命の糸の話を。