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回る運命の糸車

ー/ー



 姉妹との抱擁は、安らぎと落ち着きをもたらせてくれた。
 俺の心の中に僅かに残っていた、黒い感情すら消えてしまっていくかの様だった。
 居るべき所にいる、有るべき所にある。
 そう感じる心地よさを感じていた。
 そして一つだけ自分の心の中で僅かに揺らめく感情を認識した。

 それがどういった感情なのかは、理解できなかったが、俺の中で少しだけ新しい感情が芽生えた気がした。

「失礼、しました」

 どのくらい時間が経ったのだろうか、陽女がそういってゆっくりと身体を離す。
 それにならって美月も俺の身体からそっと自分の身体を離した。

「過去に起こった出来事のお話は以上です。ここからは朋胤さまが智春さまとして現れるまでに起こった話をします」

 俺から離れて、元々座っていた場所に戻ると、冷め切ったコーヒーをひとくち飲んで、陽女がそう言った。
 おれは軽く頷いて話を続きを促した。

 主役と契人を喪失したことにより、その年の黄泉坂祭は中止となった。
 そしてそれから、朋胤の呪いなのか黄泉坂祭を行わなかった為なのかはわからないが、村には次々と不幸が起こることになった。
 それまで1度たりともおこらなかった飢饉や疫病の蔓延。
 わかくして命を落とすものの増加。
 これまでにない出来事が立て続けに起こり、村はどんどんと寂れていったという。
 そんな中、守藤家は元々の呪術の知識を活用して、なんとかこの事態を収めようと画策していたという。
 
 そして守藤の一族がなにがしかの呪法を執り行ったことで、一時的にではあったが村に疫病や飢饉が起こらなくなった。
 それは5年ほどは続いたという。
 そうして村の人達が、災いから逃れられたと安堵した時、それは起こった。

帰雲城(かえりくもじょう)の悲劇……と言うものをご存じですか?」

 語りの途中で不意に陽女がいう。
 俺は首を左右に振ると、美月が完結に話をまとめてくれた。

「かつて飛騨地方にいた豪族、内ヶ島(うちがしま)一族が建造して、住んでいた城が帰雲城。その城で宴を催したおり、突然の地震が起こり……のちに天正の大地震と呼ばれる地震なのですが、山が裂け城が埋没して、一瞬にして多くの人が死亡したという悲劇です」
 
「それと同じ事が、比良山村でも起こりました。夜のうちに突然の大地震が起きて……村が一夜のうちに飲み込まれたのです。守藤の家だけを残して……」

 美月の帰雲城のはなしを引き継ぐように、陽女が話し始める。
 そしてかつてこの地にあった、因縁深い村の終焉を淡々と語った。

「なぜ守藤の家だけが難を逃れたのか……それだけはわかりません。ただ村のほぼ中心に家を構えていたのに、守藤家だけが難を逃れるのは不自然で、色々と噂が流れました。村人を生け贄にする邪法を執り行い、自分たちだけが生き延びた……などという噂が」
 
 陽女も美月もとても複雑な表情を浮かべていた。
 かつて彼女たちは、守藤の家に生まれていた。何度も何度も守藤の家に生まれ変わっても……。
 そんなある意味、実家にも近い家で起こった黒い疑惑に対して、色々と思うことがあるのだろう。

「そういえば、二人はかつては守藤を名乗っていたということだけど、なぜいまは稲森に?」

 俺は先ほどから感じていた疑念を問うてみる。

「禁忌に触れる部分もあり、完全な回答を返すことは出来ませんが……、守藤の家が穢れを招いた以上は、そこに我々が生まれることが出来ないということ、そして村がなくなってしまった以上は、黄泉坂祭が行われることはなく、守藤に生まれる必要性がなくなったことがあります。そのため私たちは、守藤の遠縁でしかし無関係であった隣村の家に生まれるようになりました。それが稲森家です。元々は稲守を名乗っておりましたが時代と共に、稲森へと変わりました。」
 
 陽女がくれた回答は、完全な回答が出来ないと言う割には、かなり踏み込んだところまで教えてくれた内容だった。
 だが話を聞くと新しい疑問が生まれる。

「黄泉坂祭がなくなり、もう守藤の家に生まれる必要もなくなったというなら、二人は何故いまだに生まれ変わっているんだろうか」

 何気なく発した俺の質問に、二人は身体を強張らせた。
 心なしか顔色も悪くなっているように見える。

「それは……」
「始めにいったとおり、もともと比良山村があった場所、つまりは今のこの地は根の国に繋がる道がありました。そしてそれは村がなくなったあとも繋がったままになっているのです。私たちが何度も生まれ落ち、黄泉坂祭を行っていたのは根の国との繋がりを防ぐ為でした。いまだに道が閉じていない以上は、私たちの役割は終わっていないということなのです。」

 説明しようと口を開きかけた陽女を、珍しく遮るようにして美月が語った。
 その美月を陽女はとがめるような目で見ていた。
 本来は語るべきではないことまで、美月が口にしたということなのだろうか。
 美月をみる陽女のめはかなり険しいモノだった。
 そんな陽女の視線を受け止めるように、美月もまっすぐに陽女を見る。
 しばらく二人は無言で、視線を交わしたままだったが、やがて陽女が小さくため息を吐いて視線を外した。
 
「わかりました……お話しします。」

 根負けした……とでも言いたげに、陽女は微笑を浮かべて美月を見て、そして俺をじっと見つめた。

「智春様が高野宮ではなく、明神となられた。これが一つ。明の字は日と月。つまり明神とは日と月の神の意です。そして守藤の家にヒナミの候補が現れた。いままでかみ合っていなかった歯車が、しっかりとかみ合ってしまった今が、全ての出来事の終焉を迎えるための導きだと、私は考えています。だからこそ智春さまの周囲を警戒し、守藤の思惑を阻止しようとしておりました。」

「もう黄泉坂祭は行えないのだろ。なのに何故俺がそれほどまで狙われるんだ。緖美も俺を手に入れることを目的としているし」
「守藤の家のことは、本当にわからないため憶測になりますけど、恐らく朋胤さまがこの地にかけた呪いを解くために、同じ魂を持つあなたが必要だと、守藤はそう考えているのではないでしょうか……それに……」

 考えつく憶測を一通り口にしたあと、不意に陽女が口ごもった。
 姉が言いよどむ姿を見て、少し迷いつつ再び美月が口を開いた。

「確証はないのですけど……あの緖美という女性、お姉様の影響をウケた存在に感じます。陽奈美という名に固執し、朋胤さまの魂を持つ存在である智春さまに執着する……その行動でそう感じます」
「そういえば……私が本当の陽奈美と言っていました。それに私のことは陽奈美の残りかすだとも。不自然なほどに月音を敵視していましたし」
 
 美月が言い終わったあと、陽女が言葉を続けた。
 緖美の存在。
 それがなんなのかは予想するしかなかったのだけど、緖美という存在こそが、最も重要であり全ての結末への鍵という印象を俺たちは抱いていた。
 そして緖美をどうにかしない限り、俺たちは身動きがとれないことを認識する。
 明日から普通に学校が始まる。
 その中でどう行動すべきかを、このあと夜遅くになるまで俺たちは話し合うことにした。
 今度こそこの因果を止めたい。
 そしてあるべき未来をつかみ取りたいと、心の奥底から願ってしまう。
 それは本当に俺の気持ちなのか、それとも今までずっと積み重なった「俺たち」の思いなのか、わからぬままだけれど。
 そして俺がつかみ取るべき未来は、誰と共にある未来なのかとふと疑問に思う。

 今までの俺ならば、迷わず美月の手を取ったのだろうと思う。
 だけど……なぜか微妙に心がざわついていて、今までのように迷いなく美月の手を取ることができない自分を自覚してしまう。
 それがこの先どういう影響を及ぼすのかはわからない。
 だけどそれがこの先の行く末に、とても重要な意味を持つことをなんとなく感じてしまっていた。

 本当につかむべき未来、選び取るべき未来を……心の奥底から願う未来を、つかみ取らねばならないと俺は心に誓った。
 
 


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 姉妹との抱擁は、安らぎと落ち着きをもたらせてくれた。
 俺の心の中に僅かに残っていた、黒い感情すら消えてしまっていくかの様だった。
 居るべき所にいる、有るべき所にある。
 そう感じる心地よさを感じていた。
 そして一つだけ自分の心の中で僅かに揺らめく感情を認識した。
 それがどういった感情なのかは、理解できなかったが、俺の中で少しだけ新しい感情が芽生えた気がした。
「失礼、しました」
 どのくらい時間が経ったのだろうか、陽女がそういってゆっくりと身体を離す。
 それにならって美月も俺の身体からそっと自分の身体を離した。
「過去に起こった出来事のお話は以上です。ここからは朋胤さまが智春さまとして現れるまでに起こった話をします」
 俺から離れて、元々座っていた場所に戻ると、冷め切ったコーヒーをひとくち飲んで、陽女がそう言った。
 おれは軽く頷いて話を続きを促した。
 主役と契人を喪失したことにより、その年の黄泉坂祭は中止となった。
 そしてそれから、朋胤の呪いなのか黄泉坂祭を行わなかった為なのかはわからないが、村には次々と不幸が起こることになった。
 それまで1度たりともおこらなかった飢饉や疫病の蔓延。
 わかくして命を落とすものの増加。
 これまでにない出来事が立て続けに起こり、村はどんどんと寂れていったという。
 そんな中、守藤家は元々の呪術の知識を活用して、なんとかこの事態を収めようと画策していたという。
 そして守藤の一族がなにがしかの呪法を執り行ったことで、一時的にではあったが村に疫病や飢饉が起こらなくなった。
 それは5年ほどは続いたという。
 そうして村の人達が、災いから逃れられたと安堵した時、それは起こった。
「|帰雲城《かえりくもじょう》の悲劇……と言うものをご存じですか?」
 語りの途中で不意に陽女がいう。
 俺は首を左右に振ると、美月が完結に話をまとめてくれた。
「かつて飛騨地方にいた豪族、|内ヶ島《うちがしま》一族が建造して、住んでいた城が帰雲城。その城で宴を催したおり、突然の地震が起こり……のちに天正の大地震と呼ばれる地震なのですが、山が裂け城が埋没して、一瞬にして多くの人が死亡したという悲劇です」
「それと同じ事が、比良山村でも起こりました。夜のうちに突然の大地震が起きて……村が一夜のうちに飲み込まれたのです。守藤の家だけを残して……」
 美月の帰雲城のはなしを引き継ぐように、陽女が話し始める。
 そしてかつてこの地にあった、因縁深い村の終焉を淡々と語った。
「なぜ守藤の家だけが難を逃れたのか……それだけはわかりません。ただ村のほぼ中心に家を構えていたのに、守藤家だけが難を逃れるのは不自然で、色々と噂が流れました。村人を生け贄にする邪法を執り行い、自分たちだけが生き延びた……などという噂が」
 陽女も美月もとても複雑な表情を浮かべていた。
 かつて彼女たちは、守藤の家に生まれていた。何度も何度も守藤の家に生まれ変わっても……。
 そんなある意味、実家にも近い家で起こった黒い疑惑に対して、色々と思うことがあるのだろう。
「そういえば、二人はかつては守藤を名乗っていたということだけど、なぜいまは稲森に?」
 俺は先ほどから感じていた疑念を問うてみる。
「禁忌に触れる部分もあり、完全な回答を返すことは出来ませんが……、守藤の家が穢れを招いた以上は、そこに我々が生まれることが出来ないということ、そして村がなくなってしまった以上は、黄泉坂祭が行われることはなく、守藤に生まれる必要性がなくなったことがあります。そのため私たちは、守藤の遠縁でしかし無関係であった隣村の家に生まれるようになりました。それが稲森家です。元々は稲守を名乗っておりましたが時代と共に、稲森へと変わりました。」
 陽女がくれた回答は、完全な回答が出来ないと言う割には、かなり踏み込んだところまで教えてくれた内容だった。
 だが話を聞くと新しい疑問が生まれる。
「黄泉坂祭がなくなり、もう守藤の家に生まれる必要もなくなったというなら、二人は何故いまだに生まれ変わっているんだろうか」
 何気なく発した俺の質問に、二人は身体を強張らせた。
 心なしか顔色も悪くなっているように見える。
「それは……」
「始めにいったとおり、もともと比良山村があった場所、つまりは今のこの地は根の国に繋がる道がありました。そしてそれは村がなくなったあとも繋がったままになっているのです。私たちが何度も生まれ落ち、黄泉坂祭を行っていたのは根の国との繋がりを防ぐ為でした。いまだに道が閉じていない以上は、私たちの役割は終わっていないということなのです。」
 説明しようと口を開きかけた陽女を、珍しく遮るようにして美月が語った。
 その美月を陽女はとがめるような目で見ていた。
 本来は語るべきではないことまで、美月が口にしたということなのだろうか。
 美月をみる陽女のめはかなり険しいモノだった。
 そんな陽女の視線を受け止めるように、美月もまっすぐに陽女を見る。
 しばらく二人は無言で、視線を交わしたままだったが、やがて陽女が小さくため息を吐いて視線を外した。
「わかりました……お話しします。」
 根負けした……とでも言いたげに、陽女は微笑を浮かべて美月を見て、そして俺をじっと見つめた。
「智春様が高野宮ではなく、明神となられた。これが一つ。明の字は日と月。つまり明神とは日と月の神の意です。そして守藤の家にヒナミの候補が現れた。いままでかみ合っていなかった歯車が、しっかりとかみ合ってしまった今が、全ての出来事の終焉を迎えるための導きだと、私は考えています。だからこそ智春さまの周囲を警戒し、守藤の思惑を阻止しようとしておりました。」
「もう黄泉坂祭は行えないのだろ。なのに何故俺がそれほどまで狙われるんだ。緖美も俺を手に入れることを目的としているし」
「守藤の家のことは、本当にわからないため憶測になりますけど、恐らく朋胤さまがこの地にかけた呪いを解くために、同じ魂を持つあなたが必要だと、守藤はそう考えているのではないでしょうか……それに……」
 考えつく憶測を一通り口にしたあと、不意に陽女が口ごもった。
 姉が言いよどむ姿を見て、少し迷いつつ再び美月が口を開いた。
「確証はないのですけど……あの緖美という女性、お姉様の影響をウケた存在に感じます。陽奈美という名に固執し、朋胤さまの魂を持つ存在である智春さまに執着する……その行動でそう感じます」
「そういえば……私が本当の陽奈美と言っていました。それに私のことは陽奈美の残りかすだとも。不自然なほどに月音を敵視していましたし」
 美月が言い終わったあと、陽女が言葉を続けた。
 緖美の存在。
 それがなんなのかは予想するしかなかったのだけど、緖美という存在こそが、最も重要であり全ての結末への鍵という印象を俺たちは抱いていた。
 そして緖美をどうにかしない限り、俺たちは身動きがとれないことを認識する。
 明日から普通に学校が始まる。
 その中でどう行動すべきかを、このあと夜遅くになるまで俺たちは話し合うことにした。
 今度こそこの因果を止めたい。
 そしてあるべき未来をつかみ取りたいと、心の奥底から願ってしまう。
 それは本当に俺の気持ちなのか、それとも今までずっと積み重なった「俺たち」の思いなのか、わからぬままだけれど。
 そして俺がつかみ取るべき未来は、誰と共にある未来なのかとふと疑問に思う。
 今までの俺ならば、迷わず美月の手を取ったのだろうと思う。
 だけど……なぜか微妙に心がざわついていて、今までのように迷いなく美月の手を取ることができない自分を自覚してしまう。
 それがこの先どういう影響を及ぼすのかはわからない。
 だけどそれがこの先の行く末に、とても重要な意味を持つことをなんとなく感じてしまっていた。
 本当につかむべき未来、選び取るべき未来を……心の奥底から願う未来を、つかみ取らねばならないと俺は心に誓った。