第百一話 トラキア戦役総括
ー/ー--皇宮 会議室。
皇宮の会議室にバレンシュテット帝国の政府首脳と辺境派遣軍の主要メンバーが一堂に会し、御前会議が開かれていた。
長円卓に対面で座っているのは、皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、帝国四魔将アキックス伯爵、ヒマジン伯爵、エリシス伯爵、ナナシ伯爵、帝国魔法科学省長官ハリッシュ夫妻、教導大隊のジカイラ中佐、ヒナ大尉、辺境派遣軍総司令の皇太子ジークフリートであった。
集まったメンバーは、総司令のジークから、ヨーイチ男爵領での鼠人との戦い、そしてトラキア連邦の制圧、霊樹の森の捜索と戦闘について、詳細な報告を受ける。
ジークは起立してトラキア戦役におけるひと通りの報告を終えた後、皇帝ラインハルトが口を開く。
「皇太子ジークフリート。この度の戦勝、見事である。勅命、大儀であった」
「はっ!」
ジークは、ラインハルトに一礼すると、席に座る。
ラインハルトがハリッシュに尋ねる。
「ハリッシュ。これを見た事があるか?」
ラインハルトは、手元の羊皮紙をハリッシュに渡す。
そこには、アレクとルイーゼが鼠人の地下神殿に潜入したときに書き写した合成獣を錬成する魔法陣が描かれていた。
「これは……? 私も初めて見ました。……ルーン文字? いや、古代エルフ語に似ていますね? これをどこで?」
ジークは答える。
「ハリッシュ導師。それは鼠人の地下神殿で、彼らが合成獣を錬成していた魔法陣です」
ハリッシュが驚きながら呟く。
「合成獣を錬成……。生命を造り変える『禁忌』とされる魔法です。原始的な鼠人が、こんな高度な魔法技術を!?」
ハリッシュは、エリシスに魔法陣の描かれた羊皮紙を渡して尋ねる。
「エリシス伯爵なら、何か、御存じでは?」
エリシスは羊皮紙を見て、少し考えた後、答える。
「……七百年、生きているけど、私も初めて見る魔法陣ね」
ラインハルトが答える。
「恐らく出所はダークエルフだろう」
ジークが口を開く。
「ダークエルフは、自分たちの国を『魔導王国エスペランサ』と称していました。どこかにあるダークエルフの王国だと思われます」
アキックス伯爵は苦笑いする。
「相手の国の位置が判らないのでは、報復攻撃のやりようがないな」
ヒマジンが口を開く。
「……反対にダークエルフは、度々アスカニア大陸に潜入して、帝国を攻撃している」
ジカイラが口を開く。
「オレたちは十七年前にも、奴らが送り込んできたガレアス艦隊と戦い、そして港湾自治都市群でも奴らと戦った。革命政府もカスパニア王国と港湾自治都市群を経由して奴隷と麻薬でダークエルフと取引していた。それに、革命政府のヴォギノがまだ生きていて、トラキア連邦政府とダークエルフの取引を仲介していたようだ」
ナナシはジカイラの話に感心する。
「……詳しいな」
ジカイラは悪びれた素振りも見せず答える。
「……奴らとは色々と因縁があるんでね。まさか、十七年前に港湾自治都市群で戦ったダークエルフのシグマと、トラキアで再び戦うとはな」
ジークはジカイラの話を補足する。
「『魔導王国エスペランサを統べる女王ドロテアに使えし魔法騎士、シグマ・アイゼナハト』。……奴は自らをそう名乗っていました」
ジカイラはシグマとの因縁を口にする。
「……十七年前、港湾自治都市群でティナに『呪いの額冠』を被せた奴だ」
ジカイラの言葉にラインハルトの表情が強張る。
「そいつが……」
ジカイラが続ける。
「十七年を隔てて再び戦ったが、オレは奴の鎧を剣先で抉っただけだった。……だが、アレクは奴に一太刀浴びせて手傷を負わせたぞ」
ジカイラの言葉にラインハルトとナナイ、ジークが驚く。
「アレクがダークエルフに手傷を負わせたのか!?」
「まぁ」
「アレクが!?」
ジカイラは答える。
「ああ。手傷を負わせたが逃げられた」
エリシスは、机に両肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せて話を聞いていたが、アレクの活躍を知って微笑む。
「フフフ。なかなかやるわね。あのボウヤ」
ナナシが口を開く。
「……合成獣を錬成する魔法技術の出所はダークエルフだろう。今回の戦いでダークエルフ側は大きな痛手を受けたはずだ。戦力を立て直すのに、しばらく時間を要するのではないか」
ラインハルトは御前会議を総括する。
「総括としては、未探索地の探索と開拓事業を進めつつ、帝国本土の警戒を怠ることなく継続観察といったところか」
ジークがラインハルトに尋ねる。
「トラキアはいかが致しますか? 未だ全土の完全占領には至っておりませんが」
ラインハルトは答える。
「トラキアなど、取るに足らん。連邦議長の女をお前の第三妃とすれば完了だ」
ラインハルトのその言葉には、根拠があった。
トラキア連邦は、降伏式で連邦議長のフェリシアが連邦政府を代表して降伏を宣言したことにより、トラキア連邦軍の過半数は帝国軍に投降したが、トラキア第二の都市カルロフカなど都市に立て籠もって帝国軍に対して現在も抵抗を続ける勢力がいた。
帝国軍は、抵抗勢力が立て籠もる都市への攻撃はせず包囲するだけに留め、鼠人討伐を優先させて、その制圧地域を平野部全域に広げた。
帝国軍が潤沢な補給を受けて抵抗勢力が立て籠もる都市を包囲し続けているのに対して、都市に立て籠もる抵抗勢力は、どこからも武器や食糧の補給を受けられず、時間と共に追い詰められていた。
トラキア連邦を舞台にしたバレンシュテット帝国軍とトラキア連邦軍、魔導王国エスペランサ軍の一連の戦いは、後に『トラキア戦役』と称されることとなる。
皇宮の会議室にバレンシュテット帝国の政府首脳と辺境派遣軍の主要メンバーが一堂に会し、御前会議が開かれていた。
長円卓に対面で座っているのは、皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、帝国四魔将アキックス伯爵、ヒマジン伯爵、エリシス伯爵、ナナシ伯爵、帝国魔法科学省長官ハリッシュ夫妻、教導大隊のジカイラ中佐、ヒナ大尉、辺境派遣軍総司令の皇太子ジークフリートであった。
集まったメンバーは、総司令のジークから、ヨーイチ男爵領での鼠人との戦い、そしてトラキア連邦の制圧、霊樹の森の捜索と戦闘について、詳細な報告を受ける。
ジークは起立してトラキア戦役におけるひと通りの報告を終えた後、皇帝ラインハルトが口を開く。
「皇太子ジークフリート。この度の戦勝、見事である。勅命、大儀であった」
「はっ!」
ジークは、ラインハルトに一礼すると、席に座る。
ラインハルトがハリッシュに尋ねる。
「ハリッシュ。これを見た事があるか?」
ラインハルトは、手元の羊皮紙をハリッシュに渡す。
そこには、アレクとルイーゼが鼠人の地下神殿に潜入したときに書き写した合成獣を錬成する魔法陣が描かれていた。
「これは……? 私も初めて見ました。……ルーン文字? いや、古代エルフ語に似ていますね? これをどこで?」
ジークは答える。
「ハリッシュ導師。それは鼠人の地下神殿で、彼らが合成獣を錬成していた魔法陣です」
ハリッシュが驚きながら呟く。
「合成獣を錬成……。生命を造り変える『禁忌』とされる魔法です。原始的な鼠人が、こんな高度な魔法技術を!?」
ハリッシュは、エリシスに魔法陣の描かれた羊皮紙を渡して尋ねる。
「エリシス伯爵なら、何か、御存じでは?」
エリシスは羊皮紙を見て、少し考えた後、答える。
「……七百年、生きているけど、私も初めて見る魔法陣ね」
ラインハルトが答える。
「恐らく出所はダークエルフだろう」
ジークが口を開く。
「ダークエルフは、自分たちの国を『魔導王国エスペランサ』と称していました。どこかにあるダークエルフの王国だと思われます」
アキックス伯爵は苦笑いする。
「相手の国の位置が判らないのでは、報復攻撃のやりようがないな」
ヒマジンが口を開く。
「……反対にダークエルフは、度々アスカニア大陸に潜入して、帝国を攻撃している」
ジカイラが口を開く。
「オレたちは十七年前にも、奴らが送り込んできたガレアス艦隊と戦い、そして港湾自治都市群でも奴らと戦った。革命政府もカスパニア王国と港湾自治都市群を経由して奴隷と麻薬でダークエルフと取引していた。それに、革命政府のヴォギノがまだ生きていて、トラキア連邦政府とダークエルフの取引を仲介していたようだ」
ナナシはジカイラの話に感心する。
「……詳しいな」
ジカイラは悪びれた素振りも見せず答える。
「……奴らとは色々と因縁があるんでね。まさか、十七年前に港湾自治都市群で戦ったダークエルフのシグマと、トラキアで再び戦うとはな」
ジークはジカイラの話を補足する。
「『魔導王国エスペランサを統べる女王ドロテアに使えし魔法騎士、シグマ・アイゼナハト』。……奴は自らをそう名乗っていました」
ジカイラはシグマとの因縁を口にする。
「……十七年前、港湾自治都市群でティナに『呪いの額冠』を被せた奴だ」
ジカイラの言葉にラインハルトの表情が強張る。
「そいつが……」
ジカイラが続ける。
「十七年を隔てて再び戦ったが、オレは奴の鎧を剣先で抉っただけだった。……だが、アレクは奴に一太刀浴びせて手傷を負わせたぞ」
ジカイラの言葉にラインハルトとナナイ、ジークが驚く。
「アレクがダークエルフに手傷を負わせたのか!?」
「まぁ」
「アレクが!?」
ジカイラは答える。
「ああ。手傷を負わせたが逃げられた」
エリシスは、机に両肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せて話を聞いていたが、アレクの活躍を知って微笑む。
「フフフ。なかなかやるわね。あのボウヤ」
ナナシが口を開く。
「……合成獣を錬成する魔法技術の出所はダークエルフだろう。今回の戦いでダークエルフ側は大きな痛手を受けたはずだ。戦力を立て直すのに、しばらく時間を要するのではないか」
ラインハルトは御前会議を総括する。
「総括としては、未探索地の探索と開拓事業を進めつつ、帝国本土の警戒を怠ることなく継続観察といったところか」
ジークがラインハルトに尋ねる。
「トラキアはいかが致しますか? 未だ全土の完全占領には至っておりませんが」
ラインハルトは答える。
「トラキアなど、取るに足らん。連邦議長の女をお前の第三妃とすれば完了だ」
ラインハルトのその言葉には、根拠があった。
トラキア連邦は、降伏式で連邦議長のフェリシアが連邦政府を代表して降伏を宣言したことにより、トラキア連邦軍の過半数は帝国軍に投降したが、トラキア第二の都市カルロフカなど都市に立て籠もって帝国軍に対して現在も抵抗を続ける勢力がいた。
帝国軍は、抵抗勢力が立て籠もる都市への攻撃はせず包囲するだけに留め、鼠人討伐を優先させて、その制圧地域を平野部全域に広げた。
帝国軍が潤沢な補給を受けて抵抗勢力が立て籠もる都市を包囲し続けているのに対して、都市に立て籠もる抵抗勢力は、どこからも武器や食糧の補給を受けられず、時間と共に追い詰められていた。
トラキア連邦を舞台にしたバレンシュテット帝国軍とトラキア連邦軍、魔導王国エスペランサ軍の一連の戦いは、後に『トラキア戦役』と称されることとなる。
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--皇宮 会議室。
皇宮の会議室にバレンシュテット帝国の政府首脳と辺境派遣軍の主要メンバーが一堂に会し、御前会議が開かれていた。
長円卓に対面で座っているのは、皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、帝国四魔将アキックス伯爵、ヒマジン伯爵、エリシス伯爵、ナナシ伯爵、帝国魔法科学省長官ハリッシュ夫妻、教導大隊のジカイラ中佐、ヒナ大尉、辺境派遣軍総司令の皇太子ジークフリートであった。
集まったメンバーは、総司令のジークから、ヨーイチ男爵領での|鼠人《スケーブン》との戦い、そしてトラキア連邦の制圧、霊樹の森の捜索と戦闘について、詳細な報告を受ける。
ジークは起立してトラキア戦役におけるひと通りの報告を終えた後、皇帝ラインハルトが口を開く。
「皇太子ジークフリート。この度の戦勝、見事である。勅命、大儀であった」
「はっ!」
ジークは、ラインハルトに一礼すると、席に座る。
ラインハルトがハリッシュに尋ねる。
「ハリッシュ。これを見た事があるか?」
ラインハルトは、手元の羊皮紙をハリッシュに渡す。
そこには、アレクとルイーゼが|鼠人《スケーブン》の地下神殿に潜入したときに書き写した|合成獣《キメラ》を錬成する魔法陣が描かれていた。
「これは……? 私も初めて見ました。……ルーン文字? いや、古代エルフ語に似ていますね? これをどこで?」
ジークは答える。
「ハリッシュ導師。それは|鼠人《スケーブン》の地下神殿で、彼らが|合成獣《キメラ》を錬成していた魔法陣です」
ハリッシュが驚きながら呟く。
「|合成獣《キメラ》を錬成……。生命を造り変える『禁忌』とされる魔法です。原始的な|鼠人《スケーブン》が、こんな高度な魔法技術を!?」
ハリッシュは、エリシスに魔法陣の描かれた羊皮紙を渡して尋ねる。
「エリシス伯爵なら、何か、御存じでは?」
エリシスは羊皮紙を見て、少し考えた後、答える。
「……七百年、生きているけど、私も初めて見る魔法陣ね」
ラインハルトが答える。
「恐らく出所はダークエルフだろう」
ジークが口を開く。
「ダークエルフは、自分たちの国を『魔導王国エスペランサ』と称していました。どこかにあるダークエルフの王国だと思われます」
アキックス伯爵は苦笑いする。
「相手の国の位置が判らないのでは、報復攻撃のやりようがないな」
ヒマジンが口を開く。
「……反対にダークエルフは、度々アスカニア大陸に潜入して、帝国を攻撃している」
ジカイラが口を開く。
「オレたちは十七年前にも、奴らが送り込んできたガレアス艦隊と戦い、そして港湾自治都市群でも奴らと戦った。革命政府もカスパニア王国と港湾自治都市群を経由して奴隷と麻薬でダークエルフと取引していた。それに、革命政府のヴォギノがまだ生きていて、トラキア連邦政府とダークエルフの取引を仲介していたようだ」
ナナシはジカイラの話に感心する。
「……詳しいな」
ジカイラは悪びれた素振りも見せず答える。
「……奴らとは色々と因縁があるんでね。まさか、十七年前に港湾自治都市群で戦ったダークエルフのシグマと、トラキアで再び戦うとはな」
ジークはジカイラの話を補足する。
「『魔導王国エスペランサを統べる女王ドロテアに使えし|魔法騎士《ルーンナイト》、シグマ・アイゼナハト』。……奴は自らをそう名乗っていました」
ジカイラはシグマとの因縁を口にする。
「……十七年前、港湾自治都市群でティナに『呪いの額冠』を被せた奴だ」
ジカイラの言葉にラインハルトの表情が強張る。
「そいつが……」
ジカイラが続ける。
「十七年を隔てて再び戦ったが、オレは奴の鎧を剣先で抉っただけだった。……だが、アレクは奴に一太刀浴びせて手傷を負わせたぞ」
ジカイラの言葉にラインハルトとナナイ、ジークが驚く。
「アレクがダークエルフに手傷を負わせたのか!?」
「まぁ」
「アレクが!?」
ジカイラは答える。
「ああ。手傷を負わせたが逃げられた」
エリシスは、机に両肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せて話を聞いていたが、アレクの活躍を知って微笑む。
「フフフ。なかなかやるわね。あのボウヤ」
ナナシが口を開く。
「……|合成獣《キメラ》を錬成する魔法技術の出所はダークエルフだろう。今回の戦いでダークエルフ側は大きな痛手を受けたはずだ。戦力を立て直すのに、しばらく時間を要するのではないか」
ラインハルトは御前会議を総括する。
「総括としては、未探索地の探索と開拓事業を進めつつ、帝国本土の警戒を怠ることなく継続観察といったところか」
ジークがラインハルトに尋ねる。
「トラキアはいかが致しますか? 未だ全土の完全占領には至っておりませんが」
ラインハルトは答える。
「トラキアなど、取るに足らん。連邦議長の女をお前の第三妃とすれば完了だ」
ラインハルトのその言葉には、根拠があった。
トラキア連邦は、降伏式で連邦議長のフェリシアが連邦政府を代表して降伏を宣言したことにより、トラキア連邦軍の過半数は帝国軍に投降したが、トラキア第二の都市カルロフカなど都市に立て籠もって帝国軍に対して現在も抵抗を続ける勢力がいた。
帝国軍は、抵抗勢力が立て籠もる都市への攻撃はせず包囲するだけに留め、|鼠人《スケーブン》討伐を優先させて、その制圧地域を平野部全域に広げた。
帝国軍が潤沢な補給を受けて抵抗勢力が立て籠もる都市を包囲し続けているのに対して、都市に立て籠もる抵抗勢力は、どこからも武器や食糧の補給を受けられず、時間と共に追い詰められていた。
トラキア連邦を舞台にしたバレンシュテット帝国軍とトラキア連邦軍、魔導王国エスペランサ軍の一連の戦いは、後に『トラキア戦役』と称されることとなる。