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第1話 英雄の息子

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 麗らかな日差しが窓から降り注ぐ。太陽の光を浴びながら、その温もりを享受するエリアス・サザランドは欠伸を噛み殺していた。

 艶やかな金色の絹髪が陽光を反射し、寝ぼけ眼の深緑の瞳は微かに涙で潤む。白磁のような白い肌は滑らかで肌理が細かい。
 どんな老若男女でも振り返る美貌の相貌は物憂げに俯き、長い睫が横顔に影を作っている。

 皆が口をそろえて美しいというエリアスの表情は、ただ眠いだけだというのに気怠げな色香を放っている。
 見慣れないものが見れば、気まずくて正視できない危うさがあった。

 鍛えられた筋肉で覆われているのに着痩せする性質で、存外ほっそりとしている。その身を包むのは、王室の近衛騎士にのみ許された白色の騎士服。上質な絹で織られており、金糸で鮮やかな模様が上品にあしらわれている。

 両肩から流れるように足下まで広がる群青色の外套は、専属護衛の象徴である。
 鮮やかな群青色は純白の制服を華やかに彩り、高潔な騎士らしく清潔な印象を与える。

 エリアスは二十歳という若さで、アストリア王国トリスタン・アストリー第三王子に侍ることを許された騎士である。

 エリアスは決して模範的な騎士ではなく、以前から多少の問題行動があった。しかし目に余るような行動はしたことがない。
 今までの仕事ぶりは近衛騎士たちの中で際立つことなく、しかし埋もれることもなく、適度に活躍していた。

 実力もさることながら、器用に立ち回ることができる柔軟さや、その軽快な行動力がトリスタンの目に留まるのも無理はなかった。
 それまで友人として接していたこともあり、トリスタンとの関係は互いに信頼の置けるものだった。
 そのこともあり、今から一年ほど前に王子から数人しかいない専属護衛に直接任命されることになる。

 本人としてはあまり注目されたくないのだが、王子からの命令では断り切れなかった。
 どれほど人の目から隠れて過ごしたいと思っていても、近衛騎士向きの華やかで繊細な顔立ちがそれを許さない。
 人が行き交う王都の往来で突っ立っていたとしても、どうしても目を引いてしまう。

 幼い頃は自覚がなかったけれど、現在は自分が主張の激しい容姿をしていると、認めている。
 幼少時は自身の美貌にまるで頓着していなかった。他人の視線を吸い寄せる美貌だと気づいたときには、何度も危ない目を経験した後で、人間不信に陥ったこともある。

 現在では優れた剣術と、膨大な魔力を持っていることもあり、どんな無頼漢相手でも引けを取ることはない。
 もともとおとなしい性格ではないこともあり、絡まれたときには過剰なくらいの逆襲もしたことがある。

 その美しい顔からは想像もできないくらい気性の荒い性格は、嫋やかな印象の美貌とはまるで正反対である。

 静かにトリスタンの食事風景を眺めながら、時間が過ぎていくのを待つ。
 専属護衛の仕事は、主人の側で警護するだけではなく、個人的な仕事を請け負うこともある。

 まだ王子の護衛となって日が浅く、一番若いということもあり、トリスタンの友人という至ってまともな仕事を任されている。
 既に信頼関係を築いているのに、友人関係を仕事として請け負うというのも、おかしな話ではある。

 あまり人目につくとまずい仕事はエリアスの個人的な事情もあり、まだ任されたことはない。
 その個人的な事情から特別視されているようで、エリアスは気に食わなかった。しかし目立つのも嫌なので不満も言わず、おとなしくしている。

 そのこと以外ならば、今の生活には概ね満足していた。

 「今日の午後にでも、ロベルトが王都に帰ってくるそうだ」

 短めに切りそろえた王家特有の艶やかな黒髪を揺らし、トリスタンはアイスブルーの瞳を静かに伏せる。
 名前を呼ばれずとも、英雄の話題といえばエリアス以外に向けられる理由がない。

 「そうですか」

 短く漏れた冷ややかな声は、笑みを浮かべる美しい薔薇色の唇から発せられている。どこから見ても完璧な笑みだが、エリアスが不快に感じているのは王子にはわかっているはずだ。

 王子の前で不機嫌な顔をするわけにもいかず、仕方なく表面上は笑っていたのだが、その声には露骨なほど嫌悪が混じっていた。

 「……実の父親が、それほど嫌いか?」
 「俺の名前はエリアス・サザランドです。英雄ロベルト・ニリアン様とは無関係ですよ」

 相手は王子だが、この場は個人的な空間であり、友人として接することを本人から望まれているため、エリアスの態度は砕けたものである。

 「公ではそうだが、実際は血の繋がった父親だろう。そうなった経緯は俺も知っているが、お前の英雄嫌いの原因は知らないな」
 「単純すぎて言うのも憚られる内容です。殿下にはつまらないものですよ」

 言いたくないと笑みを消すと、やわらかな印象は消えて氷のように冷たい。エリアスの表情を見ても、トリスタンは気にせずからかうように笑った。

 「虫も殺せんという顔をしているのに、平気で人を殴るし、大雑把で高潔な騎士らしくない。高貴な貴族として暮らしているのに、実際は荒くれもののように粗野だ。女好きで遊び好き。だが騎士の中でも指折りの実力を持つ。そんなギャップの塊のような男が、何を言ったとしても、興味をそそるしかないんだが」
 「……褒めてるのか、貶してるのかどっちですか。本当に単純な理由なので言いませんよ」
 「つまらないな」

 ありきたりな理由過ぎて、却って言うのが恥ずかしくなるくらい平凡な理由なのだ。
 顔も悩みと同じくらい平凡だったら良かったのにと、本気で思う。

 「それで、帰還の祝いには、おまえも護衛として出席することになっているからな」
 「そんなの嫌です。お断りします」
 「どんなに言っても逃がさない。俺の目の前でそんなにはっきり断るやつはおまえくらいだぞ」

 トリスタンはくつくつと喉を鳴らすようにして笑うと、目を細めて形のいい唇を開く。

 「これは、命令、だ」
 「御意」

 歯切れ良く言われてしまい、エリアスは不承不承に頷く。逃げられるとは微塵も期待していなかったため、大げさに残念がっているだけである。

 断ることができるとは始めから思っていない。
 素直に最初から承諾しないのは、嫌な話題を振ったトリスタンへの単なる嫌がらせである。

 トリスタンへと視線を向けると、困ったように苦笑している。
 立場のある第三王子でありながら、友人に命令することが嫌いで、その感情を上手く隠すことができない彼のことを、エリアスは嫌いではない。

 エリアスがサザランドの姓を名乗るようになったのはまだ三歳の頃である。今ではその発端となった事件のことは、はっきりと覚えていない。

 経験した記憶としては薄いけれど、事実としてならエリアスも知っている。
 英雄の息子として、誘拐されたのだ。

 詳細は知らないけれど、何らかの陰謀があったことは間違いないはずである。
 当時、幼いエリアスが誘拐犯から逃げ出して彷徨っていたところを、サザランド伯爵領で保護された。

 けれど、幼すぎてまともに話せず、英雄の息子であることは誰にも気づかれなかった。
 着ている服と、状況から察するとそれなりに身分のある子どもだとは分かったようだが、それだけだった。

 何も情報がなく、ただの迷子として扱われていたエリアスを、優しい伯爵は息子として引き取った。

 当時から膨大な魔力を持っていたことが原因で、サザランド家には多くの迷惑をかけた。
 それでも、どれだけ問題を起こしたとしても、義家族は決してエリアスを見捨てなかった。

 それを本能で感じ取った幼い子どもが、彼らを家族として受け入れたのは早かった。
 ただ素直な性格ではなかったことが災いして、完全に打ち解けるのには時間がかかった。

 素直に甘えられるようになったときをほぼ同じくして、実の両親が見つかった。
 今だからいえることだが、タイミングが悪かったのだ。

 まだ幼く、別れる前の親の顔も満足に覚えていなかった。それに新しい家族にも慣れ始めたときだった。
 実の両親と数年ぶりに再会しても、幼いエリアスはまるで懐かなかったのだ。

 あれから何年も経っているのに、未だに父親のロベルトとエリアスの間には埋められない溝ができている。

 実の両親がエリアスを大切に思っていることは頭では理解しているけれど、感情が追いついてこない。
 ただそれだけなのだが、二者の間に横たわる隔たりは大きかった。

 その状況が成人していくらか経つ現在でも続いているのだから、自分の頑なさにはエリアス本人も困惑している。

 そのことを誰にも語ったことはないけれど、内心では罪悪感や気まずさというものを感じていた。

 何か切欠があれば、今の関係を崩すこともできるのかもしれない。
 小さな揺らぎでは変化が起きるのは難しいと、エリアスには自覚があった。

 変化が起こるときは、おそらく大きな痛みを伴うはずだ。穏やかな日常を壊したくはない。それでもこの状況が崩れることをどこかで期待してもいる。
 相反する思いに、愁いを帯びた深い緑の瞳を伏せた。


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次のエピソードへ進む 第2話 第二王子の意外な一面


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 麗らかな日差しが窓から降り注ぐ。太陽の光を浴びながら、その温もりを享受するエリアス・サザランドは欠伸を噛み殺していた。
 艶やかな金色の絹髪が陽光を反射し、寝ぼけ眼の深緑の瞳は微かに涙で潤む。白磁のような白い肌は滑らかで肌理が細かい。
 どんな老若男女でも振り返る美貌の相貌は物憂げに俯き、長い睫が横顔に影を作っている。
 皆が口をそろえて美しいというエリアスの表情は、ただ眠いだけだというのに気怠げな色香を放っている。
 見慣れないものが見れば、気まずくて正視できない危うさがあった。
 鍛えられた筋肉で覆われているのに着痩せする性質で、存外ほっそりとしている。その身を包むのは、王室の近衛騎士にのみ許された白色の騎士服。上質な絹で織られており、金糸で鮮やかな模様が上品にあしらわれている。
 両肩から流れるように足下まで広がる群青色の外套は、専属護衛の象徴である。
 鮮やかな群青色は純白の制服を華やかに彩り、高潔な騎士らしく清潔な印象を与える。
 エリアスは二十歳という若さで、アストリア王国トリスタン・アストリー第三王子に侍ることを許された騎士である。
 エリアスは決して模範的な騎士ではなく、以前から多少の問題行動があった。しかし目に余るような行動はしたことがない。
 今までの仕事ぶりは近衛騎士たちの中で際立つことなく、しかし埋もれることもなく、適度に活躍していた。
 実力もさることながら、器用に立ち回ることができる柔軟さや、その軽快な行動力がトリスタンの目に留まるのも無理はなかった。
 それまで友人として接していたこともあり、トリスタンとの関係は互いに信頼の置けるものだった。
 そのこともあり、今から一年ほど前に王子から数人しかいない専属護衛に直接任命されることになる。
 本人としてはあまり注目されたくないのだが、王子からの命令では断り切れなかった。
 どれほど人の目から隠れて過ごしたいと思っていても、近衛騎士向きの華やかで繊細な顔立ちがそれを許さない。
 人が行き交う王都の往来で突っ立っていたとしても、どうしても目を引いてしまう。
 幼い頃は自覚がなかったけれど、現在は自分が主張の激しい容姿をしていると、認めている。
 幼少時は自身の美貌にまるで頓着していなかった。他人の視線を吸い寄せる美貌だと気づいたときには、何度も危ない目を経験した後で、人間不信に陥ったこともある。
 現在では優れた剣術と、膨大な魔力を持っていることもあり、どんな無頼漢相手でも引けを取ることはない。
 もともとおとなしい性格ではないこともあり、絡まれたときには過剰なくらいの逆襲もしたことがある。
 その美しい顔からは想像もできないくらい気性の荒い性格は、嫋やかな印象の美貌とはまるで正反対である。
 静かにトリスタンの食事風景を眺めながら、時間が過ぎていくのを待つ。
 専属護衛の仕事は、主人の側で警護するだけではなく、個人的な仕事を請け負うこともある。
 まだ王子の護衛となって日が浅く、一番若いということもあり、トリスタンの友人という至ってまともな仕事を任されている。
 既に信頼関係を築いているのに、友人関係を仕事として請け負うというのも、おかしな話ではある。
 あまり人目につくとまずい仕事はエリアスの個人的な事情もあり、まだ任されたことはない。
 その個人的な事情から特別視されているようで、エリアスは気に食わなかった。しかし目立つのも嫌なので不満も言わず、おとなしくしている。
 そのこと以外ならば、今の生活には概ね満足していた。
 「今日の午後にでも、ロベルトが王都に帰ってくるそうだ」
 短めに切りそろえた王家特有の艶やかな黒髪を揺らし、トリスタンはアイスブルーの瞳を静かに伏せる。
 名前を呼ばれずとも、英雄の話題といえばエリアス以外に向けられる理由がない。
 「そうですか」
 短く漏れた冷ややかな声は、笑みを浮かべる美しい薔薇色の唇から発せられている。どこから見ても完璧な笑みだが、エリアスが不快に感じているのは王子にはわかっているはずだ。
 王子の前で不機嫌な顔をするわけにもいかず、仕方なく表面上は笑っていたのだが、その声には露骨なほど嫌悪が混じっていた。
 「……実の父親が、それほど嫌いか?」
 「俺の名前はエリアス・サザランドです。英雄ロベルト・ニリアン様とは無関係ですよ」
 相手は王子だが、この場は個人的な空間であり、友人として接することを本人から望まれているため、エリアスの態度は砕けたものである。
 「公ではそうだが、実際は血の繋がった父親だろう。そうなった経緯は俺も知っているが、お前の英雄嫌いの原因は知らないな」
 「単純すぎて言うのも憚られる内容です。殿下にはつまらないものですよ」
 言いたくないと笑みを消すと、やわらかな印象は消えて氷のように冷たい。エリアスの表情を見ても、トリスタンは気にせずからかうように笑った。
 「虫も殺せんという顔をしているのに、平気で人を殴るし、大雑把で高潔な騎士らしくない。高貴な貴族として暮らしているのに、実際は荒くれもののように粗野だ。女好きで遊び好き。だが騎士の中でも指折りの実力を持つ。そんなギャップの塊のような男が、何を言ったとしても、興味をそそるしかないんだが」
 「……褒めてるのか、貶してるのかどっちですか。本当に単純な理由なので言いませんよ」
 「つまらないな」
 ありきたりな理由過ぎて、却って言うのが恥ずかしくなるくらい平凡な理由なのだ。
 顔も悩みと同じくらい平凡だったら良かったのにと、本気で思う。
 「それで、帰還の祝いには、おまえも護衛として出席することになっているからな」
 「そんなの嫌です。お断りします」
 「どんなに言っても逃がさない。俺の目の前でそんなにはっきり断るやつはおまえくらいだぞ」
 トリスタンはくつくつと喉を鳴らすようにして笑うと、目を細めて形のいい唇を開く。
 「これは、命令、だ」
 「御意」
 歯切れ良く言われてしまい、エリアスは不承不承に頷く。逃げられるとは微塵も期待していなかったため、大げさに残念がっているだけである。
 断ることができるとは始めから思っていない。
 素直に最初から承諾しないのは、嫌な話題を振ったトリスタンへの単なる嫌がらせである。
 トリスタンへと視線を向けると、困ったように苦笑している。
 立場のある第三王子でありながら、友人に命令することが嫌いで、その感情を上手く隠すことができない彼のことを、エリアスは嫌いではない。
 エリアスがサザランドの姓を名乗るようになったのはまだ三歳の頃である。今ではその発端となった事件のことは、はっきりと覚えていない。
 経験した記憶としては薄いけれど、事実としてならエリアスも知っている。
 英雄の息子として、誘拐されたのだ。
 詳細は知らないけれど、何らかの陰謀があったことは間違いないはずである。
 当時、幼いエリアスが誘拐犯から逃げ出して彷徨っていたところを、サザランド伯爵領で保護された。
 けれど、幼すぎてまともに話せず、英雄の息子であることは誰にも気づかれなかった。
 着ている服と、状況から察するとそれなりに身分のある子どもだとは分かったようだが、それだけだった。
 何も情報がなく、ただの迷子として扱われていたエリアスを、優しい伯爵は息子として引き取った。
 当時から膨大な魔力を持っていたことが原因で、サザランド家には多くの迷惑をかけた。
 それでも、どれだけ問題を起こしたとしても、義家族は決してエリアスを見捨てなかった。
 それを本能で感じ取った幼い子どもが、彼らを家族として受け入れたのは早かった。
 ただ素直な性格ではなかったことが災いして、完全に打ち解けるのには時間がかかった。
 素直に甘えられるようになったときをほぼ同じくして、実の両親が見つかった。
 今だからいえることだが、タイミングが悪かったのだ。
 まだ幼く、別れる前の親の顔も満足に覚えていなかった。それに新しい家族にも慣れ始めたときだった。
 実の両親と数年ぶりに再会しても、幼いエリアスはまるで懐かなかったのだ。
 あれから何年も経っているのに、未だに父親のロベルトとエリアスの間には埋められない溝ができている。
 実の両親がエリアスを大切に思っていることは頭では理解しているけれど、感情が追いついてこない。
 ただそれだけなのだが、二者の間に横たわる隔たりは大きかった。
 その状況が成人していくらか経つ現在でも続いているのだから、自分の頑なさにはエリアス本人も困惑している。
 そのことを誰にも語ったことはないけれど、内心では罪悪感や気まずさというものを感じていた。
 何か切欠があれば、今の関係を崩すこともできるのかもしれない。
 小さな揺らぎでは変化が起きるのは難しいと、エリアスには自覚があった。
 変化が起こるときは、おそらく大きな痛みを伴うはずだ。穏やかな日常を壊したくはない。それでもこの状況が崩れることをどこかで期待してもいる。
 相反する思いに、愁いを帯びた深い緑の瞳を伏せた。