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五話 発表します。私は高校二年生の春休みに。

ー/ー



「来たってことは…」

 逸郎は唾を飲み込んだ。だって涼子だぞ。見た目とは真逆の、恋愛指数ゼロで朴念仁のはずの。

「んふん。まあ、そういうことだよ」

 照れ臭そうにファインは笑った。

「いっくん相手なら普通に話せるかと思ったけど、やっぱり恥ずかしいね、自分のセックスライフとかは」

 やっぱやったんだ。それもいきなり4Pで。女子高生が。

「春休みに合わせて彼らが来日するって言うんで、東京まで行ってね。うーん。もういいよね。他でもないいっくんだから全部話しちゃおうっと」

 誰に許可を承認してもらってるのか知らないが、左右に顔を振り頷き深呼吸をしてから、おもむろに手のひらを下にした右手を突き上げて、ファインは発表した。

「天津原涼子、高校二年の春休みに処女喪失しました。一週間目一杯、外人さん三人相手にいろんなとこで思いっきり姦られてきちゃった。えへへへ」

 大口を開けたまま逸郎は固まった。それほどのショックを受けていたのだ。弥生の痴態動画の衝撃が一時的とはいえ吹き飛ぶくらい。ガチガチの尼僧でもここまで性に無関心ってことはないという地面よりも固い世界の(ことわり)が、目の前に座る本人の告白によって音を立てて崩れ落ちたのだ。

 しかし当のファインは、茫然自失の逸郎などお構いなしに、自らの情交の記録を詳らかに語りだしている。

「羽田に着いたらアテンドの人がおじさまのプライベートジェットに案内してくれたんだ。搭乗はひとりで行くよう言われたのでタラップ登ってジェット機に乗り込んだら、オンラインでは何度か会ったことのある三人が出迎えてくれたの。まぁリアルでは初対面だし、日本にようこそってちゃんと挨拶しようとしたら、いきなりペルシャ絨毯が引いてある床に押し倒されて。あっという間に手足押さえられてスカート捲られて、おじさまが下着を引き下ろして私のあそこに顔を埋めてるの。両側で手を抑えてる二人もブラウスを乱暴に開いて、ブラジャー押し上げて、誰にも触られたことのなかった胸を好き放題まさぐってきた。私はもう訳がわかんなくなってるんだけど、でもひとつだけわかってたんだ。これが私の求めてたことそのものなんだ、ってね。だって、おじさまのが最初に入ってきたときの私、ちゃんと濡れてたんだもの」
「おじさまが私の中で果てたら、すぐに今度はケミーが私を犯したの。カナダの先生。化学教師だからケミー。のっぽさんであっちも長いの。はじめての、あ、ふたりめか。どっちにしても初心者だった私には奥に当たり過ぎで、ちょっとキツかったかな。ちなみにもうひとりはCAPね。シンガポールの会計士さんなんだって」

 そう言ってファインは笑うが、この場面、笑うとこじゃない!

「ケミーがイったら、次はCAPが挿れてきた。ケミーで広げられたままだったからCAPのは優しく感じて助かった。最後はちゃんとインサイドフィニッシュ。まぁとにかくものの15分くらいで、処女だった女子高生は、経験人数三人、中出し経験も三回のビッチギャルにされちゃったの。破瓜の痛みとか出血とか、もうそんなの全然わかんなくなるくらい」

 推定百人は下らないだろうファインのファンたちが聞いたら、暴徒となってUKとカナダとシンガポールの大使館を襲う話だな、これは。

「そのあとも、少しだけ遊覧飛行してる間中、豪華な座席に拘束されて、三人の体液が滴るあそこを好き放題弄られたり無理やり口に挿れられたり、地上に降りてからもリムジンの中で丸裸にされて渋滞中の銀座通りでも構わず犯されたし、夜は夜でどこか大きな公園の林の中で、ダイハンで姦られたときと同じように後ろから貫かれたり、わざわざ満員電車を選んで乗って、三人に囲まれて痴漢されたり、そのあと駅のトイレで犯されたり、他にもいろいろ…。とにかく凄かった。めちゃくちゃな一週間だった。そして、素敵だった。私もうずぅーっと歓喜に震えてたよ。ほら、思い出してる今も、快感がぶり返して鳥肌が立ってる。それに……、これはもうホントにいっくんにだけの秘密だけど……」

 そう言ってファインは逸郎の頭をテーブル越しに抱き寄せ、その耳元でこう囁くのだった。

「私いま、すっごく濡れてるよ。」




 追加で頼んだコーヒーフロート(これはファインの分)とジンジャーエール(こっちは逸郎)を飲みながら、ふたりはクールダウンしていた。

 「私、恋愛なんて意味の無いものだって今でも思ってるし、全然興味も無い。でも趣味とか癖とか好みとかは人それぞれの個性が見えて面白いし意味だってある、って思うの。私たちのサークルもそんな人の集まりだよね。そういう個性の一側面としてのセックスは、やっぱり興味深いと感じるんだ。私はダイハンのスペシャルなステージで私自身のセックスに関する性癖を知ったんだよ。それもかなり明確に。幸運なことに私は、ヴァーチャルな世界でのその目醒めをリアルで再現することができた。これはホントのホントにラッキーだったんだよ」

 自分の言葉に軽く頷きながら、ファインは汗をかいたグラスにスプーン型をしたストローを突き刺した。

「弥生さんの、弥生さんと槍須先輩の動画を見てると、もしかしたら弥生さんも出会っちゃったのかな、見つけてしまったのかな、って感じたんだ。誰が見るかもわからない、場合によっては親兄弟や友だちが見てしまうかもしれない。実際、私たちも見てるしね。そんな危ない橋を、彼女は『嫌がったりしない』という自分の意思の(かがみ)で許容し続けてる。そうだとしたら、それはもう、彼女が潜在的に求めていたセックスのカタチが、槍須先輩という媒介を通じて実現されているってことじゃないのかな。私みたいに。ね」

 思っても見なかった弥生に対するファインの解釈に衝撃を受けつつも、逸郎はその可能性を自分でも既に見つけていたことに気がついた。自身が抱えている諦めとそれを克服したいと願う外向きな志向。弥生の中に(ほの)見える、その二律背反(アンヴィバレンツ)な魅力。

「そう、例えば私はいっくんのことをかなり気に入ってる。私の『鍵をかけて死ぬまで仕舞っておくべきプライベート』を、こうやって共有してもいいって思ったくらいに。こんなこと、この先一生、誰にも話さないかもしれない。そのくらい、いっくんを気に入ってるってことなんだよ」

 ファインはそこで、アイスコーヒーに浮かぶ半分溶けたバニラアイスを掬って口に運んだ。赤い唇の端に白いものがはみ出している。それに縫い付けられている逸郎の視線に気づき、ファインは艶やかに笑ってから、ナプキンで口を拭った。


「でもね。私、いっくんとはセックスはしないだろうな」

 ファインは、身を乗り出して囁くようにそう言ってから、ゆっくりと落ちる花弁(はなびら)のように椅子の背に身体を戻す。

「あのね。さっきちょっとだけ試してみたんだよ。けど、やっぱり、だったしね。だから私はしない。少なくとも今のままのいっくんとはたぶん、絶対に」

 あ、槍須先輩とならしてみてもいいかも。なぁんてね。
 そう付け加えたファインは笑顔を見せた。

「なんで?」

 答えはわかってる気がしたが、逸郎は敢えて尋ねてみた。んふん、と笑いながらファインはこう応えた。

「だっていっくん、普通のセックスしかしないでしょ」




 昼前に入店したはずなのに、いつの間にか窓の外の世界はオレンジ色に染まっている。
 抜け殻になっている細い空袋を苦労しながらストローに被せ直す真珠色の爪と長い指。再利用コンドームロケット~、などと適当なことをつぶやきながら、ストローの反対側を咥えたファインは、ふっと息を吹きこんで、しわしわの紙袋を逸郎に向かって飛ばしてきた。



「そろそろ帰ろっか」

「そうだな。俺もバイトがあるし」

「バーテンだっけ。そのうち仕事ぶり見に行くね」

 前もそう言ってたじゃん。どうせすぐ忘れちゃうくせに。そう思いながら逸郎は鼻を鳴らして軽く笑った。



 カウベルを鳴らして逸郎がドアを開ける。レディファーストの世界が染み付いているファインはごく自然に先に立って店を出た。

 夕暮れの散歩道を並んで歩く。
 澄まし顔を真っ直ぐ正面に向け、凛とした姿勢で静かに歩く隣の美少女が昨日までとは別人に見える、と逸郎は思った。でも、いったいどこが変わったんだろう。エッジの立った美貌をおっとりとした所作で和らげて強い意志を隠している見た目は、もちろん何も変わりなく、話し方もすることにも変化はない。
 あたりまえだ。昨日から今日にかけてファインの身に起こったイベントといえば、秘密にしてる過去の一体験を俺にカミングアウトしたことぐらい。強敵を倒したとか高レベルの魔法石を手にいれたとか、あるいは重篤な傷を負ったとかいうシフトチェンジを経たわけじゃない。つまり、昨日のファインと今のファインはリニアな軌道を巡行速度で移動してる全くの連続体だってこと。
 じゃあいったい何をして「別人」と感じるんだ?

「今いっくんが考えてること、当ててあげようか」

 覗き込むようにファインが逸郎を見上げている。目が笑っていた。

「私が違って見えてるんだよね。別人みたいって」

 見事言い当てられて狼狽える逸郎。こいつ、エスパーなの?

「変わったのはね、私じゃなくていっくんの受信機の方。だって私が望んで集団レイプされたのは二年以上も前のことだよ。いっくんとはじめて出会ったときの私は、もうとっくのとうに体験を済ませたあとだった。つまりいっくんの受信機の方が、今日の私の昔話を聞いて機能拡張したの。有り体(ありてい)に言えば、性能が上がったんだね」

 飛び上がって頭の上の箱を殴り、落ちてきた(キノコ)を食べるヒゲの小男の姿が頭に浮かんだ。ピロリロリン。

「明日からいっくんがどんな対応してくるのかはわからないけど、Lv上げトリガーの私としてはちゃんと受け入れるつもりだよ」

 ファインは逸郎の左手を取り、両手で包むようにそっと握ってからすぐに離した。

「弥生さんのこともそう。彼女の場合は、彼女自身も大きくシフトチェンジしてるからいっくんサイドだけでどうにかなるってほど単純なものでもないだろうけど、それでもやっぱり彼女も地続きで変わってきただけだから。中の人の入れ替わりがあったわけじゃない。だからいっくんも階段を飛び降りたり道を通行止めにするみたいな乱暴はしないで、彼女の変化も自分の変化も受け入れて、ゆっくりアジャストして」


 裏門を出る時には夕陽はほとんど沈んでいた。上弦の月の少し下で、宵の明星が針の先のように光っている。

「私はこっち。いっくんは街に出るからそっちだね。じゃ、またね」

「ああ。また。今日はありがとうな」

「んふん。こちらこそ。じゃ、ね」

 綺麗にターンして歩き去ろうとするファイン。逸郎は残照に向かって歩くその美しいシルエットをしばし見送りたいと思った。と、踵を返したファインが小走りで戻ってきた。

「そうそう、言い忘れてたけど弥生さん、そろそろ戻ってくると思う。
 これは私の勘」

 根拠は、と尋ねようとして、逸郎は口をつぐんだ。そうだ。ファインの勘はよく当たる。逸郎はありがとうだけ言って、曖昧にほほ笑んだ。

「あとね、私はいっくんとは寝ないけど、弥生さんはそうでもないと思うな」

 なんと返せばいいのかわからず思案顔の逸郎に悪戯っぽい笑顔を向けて、ファインは続けた。

「あの()、いや、って言えないタイプだから」


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「来たってことは…」
 逸郎は唾を飲み込んだ。だって涼子だぞ。見た目とは真逆の、恋愛指数ゼロで朴念仁のはずの。
「んふん。まあ、そういうことだよ」
 照れ臭そうにファインは笑った。
「いっくん相手なら普通に話せるかと思ったけど、やっぱり恥ずかしいね、自分のセックスライフとかは」
 やっぱやったんだ。それもいきなり4Pで。女子高生が。
「春休みに合わせて彼らが来日するって言うんで、東京まで行ってね。うーん。もういいよね。他でもないいっくんだから全部話しちゃおうっと」
 誰に許可を承認してもらってるのか知らないが、左右に顔を振り頷き深呼吸をしてから、おもむろに手のひらを下にした右手を突き上げて、ファインは発表した。
「天津原涼子、高校二年の春休みに処女喪失しました。一週間目一杯、外人さん三人相手にいろんなとこで思いっきり姦られてきちゃった。えへへへ」
 大口を開けたまま逸郎は固まった。それほどのショックを受けていたのだ。弥生の痴態動画の衝撃が一時的とはいえ吹き飛ぶくらい。ガチガチの尼僧でもここまで性に無関心ってことはないという地面よりも固い世界の|理《ことわり》が、目の前に座る本人の告白によって音を立てて崩れ落ちたのだ。
 しかし当のファインは、茫然自失の逸郎などお構いなしに、自らの情交の記録を詳らかに語りだしている。
「羽田に着いたらアテンドの人がおじさまのプライベートジェットに案内してくれたんだ。搭乗はひとりで行くよう言われたのでタラップ登ってジェット機に乗り込んだら、オンラインでは何度か会ったことのある三人が出迎えてくれたの。まぁリアルでは初対面だし、日本にようこそってちゃんと挨拶しようとしたら、いきなりペルシャ絨毯が引いてある床に押し倒されて。あっという間に手足押さえられてスカート捲られて、おじさまが下着を引き下ろして私のあそこに顔を埋めてるの。両側で手を抑えてる二人もブラウスを乱暴に開いて、ブラジャー押し上げて、誰にも触られたことのなかった胸を好き放題まさぐってきた。私はもう訳がわかんなくなってるんだけど、でもひとつだけわかってたんだ。これが私の求めてたことそのものなんだ、ってね。だって、おじさまのが最初に入ってきたときの私、ちゃんと濡れてたんだもの」
「おじさまが私の中で果てたら、すぐに今度はケミーが私を犯したの。カナダの先生。化学教師だからケミー。のっぽさんであっちも長いの。はじめての、あ、ふたりめか。どっちにしても初心者だった私には奥に当たり過ぎで、ちょっとキツかったかな。ちなみにもうひとりはCAPね。シンガポールの会計士さんなんだって」
 そう言ってファインは笑うが、この場面、笑うとこじゃない!
「ケミーがイったら、次はCAPが挿れてきた。ケミーで広げられたままだったからCAPのは優しく感じて助かった。最後はちゃんとインサイドフィニッシュ。まぁとにかくものの15分くらいで、処女だった女子高生は、経験人数三人、中出し経験も三回のビッチギャルにされちゃったの。破瓜の痛みとか出血とか、もうそんなの全然わかんなくなるくらい」
 推定百人は下らないだろうファインのファンたちが聞いたら、暴徒となってUKとカナダとシンガポールの大使館を襲う話だな、これは。
「そのあとも、少しだけ遊覧飛行してる間中、豪華な座席に拘束されて、三人の体液が滴るあそこを好き放題弄られたり無理やり口に挿れられたり、地上に降りてからもリムジンの中で丸裸にされて渋滞中の銀座通りでも構わず犯されたし、夜は夜でどこか大きな公園の林の中で、ダイハンで姦られたときと同じように後ろから貫かれたり、わざわざ満員電車を選んで乗って、三人に囲まれて痴漢されたり、そのあと駅のトイレで犯されたり、他にもいろいろ…。とにかく凄かった。めちゃくちゃな一週間だった。そして、素敵だった。私もうずぅーっと歓喜に震えてたよ。ほら、思い出してる今も、快感がぶり返して鳥肌が立ってる。それに……、これはもうホントにいっくんにだけの秘密だけど……」
 そう言ってファインは逸郎の頭をテーブル越しに抱き寄せ、その耳元でこう囁くのだった。
「私いま、すっごく濡れてるよ。」
 追加で頼んだコーヒーフロート(これはファインの分)とジンジャーエール(こっちは逸郎)を飲みながら、ふたりはクールダウンしていた。
 「私、恋愛なんて意味の無いものだって今でも思ってるし、全然興味も無い。でも趣味とか癖とか好みとかは人それぞれの個性が見えて面白いし意味だってある、って思うの。私たちのサークルもそんな人の集まりだよね。そういう個性の一側面としてのセックスは、やっぱり興味深いと感じるんだ。私はダイハンのスペシャルなステージで私自身のセックスに関する性癖を知ったんだよ。それもかなり明確に。幸運なことに私は、ヴァーチャルな世界でのその目醒めをリアルで再現することができた。これはホントのホントにラッキーだったんだよ」
 自分の言葉に軽く頷きながら、ファインは汗をかいたグラスにスプーン型をしたストローを突き刺した。
「弥生さんの、弥生さんと槍須先輩の動画を見てると、もしかしたら弥生さんも出会っちゃったのかな、見つけてしまったのかな、って感じたんだ。誰が見るかもわからない、場合によっては親兄弟や友だちが見てしまうかもしれない。実際、私たちも見てるしね。そんな危ない橋を、彼女は『嫌がったりしない』という自分の意思の|鑑《かがみ》で許容し続けてる。そうだとしたら、それはもう、彼女が潜在的に求めていたセックスのカタチが、槍須先輩という媒介を通じて実現されているってことじゃないのかな。私みたいに。ね」
 思っても見なかった弥生に対するファインの解釈に衝撃を受けつつも、逸郎はその可能性を自分でも既に見つけていたことに気がついた。自身が抱えている諦めとそれを克服したいと願う外向きな志向。弥生の中に|仄《ほの》見える、その|二律背反《アンヴィバレンツ》な魅力。
「そう、例えば私はいっくんのことをかなり気に入ってる。私の『鍵をかけて死ぬまで仕舞っておくべきプライベート』を、こうやって共有してもいいって思ったくらいに。こんなこと、この先一生、誰にも話さないかもしれない。そのくらい、いっくんを気に入ってるってことなんだよ」
 ファインはそこで、アイスコーヒーに浮かぶ半分溶けたバニラアイスを掬って口に運んだ。赤い唇の端に白いものがはみ出している。それに縫い付けられている逸郎の視線に気づき、ファインは艶やかに笑ってから、ナプキンで口を拭った。
「でもね。私、いっくんとはセックスはしないだろうな」
 ファインは、身を乗り出して囁くようにそう言ってから、ゆっくりと落ちる|花弁《はなびら》のように椅子の背に身体を戻す。
「あのね。さっきちょっとだけ試してみたんだよ。けど、やっぱり、だったしね。だから私はしない。少なくとも今のままのいっくんとはたぶん、絶対に」
 あ、槍須先輩とならしてみてもいいかも。なぁんてね。
 そう付け加えたファインは笑顔を見せた。
「なんで?」
 答えはわかってる気がしたが、逸郎は敢えて尋ねてみた。んふん、と笑いながらファインはこう応えた。
「だっていっくん、普通のセックスしかしないでしょ」
 昼前に入店したはずなのに、いつの間にか窓の外の世界はオレンジ色に染まっている。
 抜け殻になっている細い空袋を苦労しながらストローに被せ直す真珠色の爪と長い指。再利用コンドームロケット~、などと適当なことをつぶやきながら、ストローの反対側を咥えたファインは、ふっと息を吹きこんで、しわしわの紙袋を逸郎に向かって飛ばしてきた。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだな。俺もバイトがあるし」
「バーテンだっけ。そのうち仕事ぶり見に行くね」
 前もそう言ってたじゃん。どうせすぐ忘れちゃうくせに。そう思いながら逸郎は鼻を鳴らして軽く笑った。
 カウベルを鳴らして逸郎がドアを開ける。レディファーストの世界が染み付いているファインはごく自然に先に立って店を出た。
 夕暮れの散歩道を並んで歩く。
 澄まし顔を真っ直ぐ正面に向け、凛とした姿勢で静かに歩く隣の美少女が昨日までとは別人に見える、と逸郎は思った。でも、いったいどこが変わったんだろう。エッジの立った美貌をおっとりとした所作で和らげて強い意志を隠している見た目は、もちろん何も変わりなく、話し方もすることにも変化はない。
 あたりまえだ。昨日から今日にかけてファインの身に起こったイベントといえば、秘密にしてる過去の一体験を俺にカミングアウトしたことぐらい。強敵を倒したとか高レベルの魔法石を手にいれたとか、あるいは重篤な傷を負ったとかいうシフトチェンジを経たわけじゃない。つまり、昨日のファインと今のファインはリニアな軌道を巡行速度で移動してる全くの連続体だってこと。
 じゃあいったい何をして「別人」と感じるんだ?
「今いっくんが考えてること、当ててあげようか」
 覗き込むようにファインが逸郎を見上げている。目が笑っていた。
「私が違って見えてるんだよね。別人みたいって」
 見事言い当てられて狼狽える逸郎。こいつ、エスパーなの?
「変わったのはね、私じゃなくていっくんの受信機の方。だって私が望んで集団レイプされたのは二年以上も前のことだよ。いっくんとはじめて出会ったときの私は、もうとっくのとうに体験を済ませたあとだった。つまりいっくんの受信機の方が、今日の私の昔話を聞いて機能拡張したの。|有り体《ありてい》に言えば、性能が上がったんだね」
 飛び上がって頭の上の箱を殴り、落ちてきた|茸《キノコ》を食べるヒゲの小男の姿が頭に浮かんだ。ピロリロリン。
「明日からいっくんがどんな対応してくるのかはわからないけど、Lv上げトリガーの私としてはちゃんと受け入れるつもりだよ」
 ファインは逸郎の左手を取り、両手で包むようにそっと握ってからすぐに離した。
「弥生さんのこともそう。彼女の場合は、彼女自身も大きくシフトチェンジしてるからいっくんサイドだけでどうにかなるってほど単純なものでもないだろうけど、それでもやっぱり彼女も地続きで変わってきただけだから。中の人の入れ替わりがあったわけじゃない。だからいっくんも階段を飛び降りたり道を通行止めにするみたいな乱暴はしないで、彼女の変化も自分の変化も受け入れて、ゆっくりアジャストして」
 裏門を出る時には夕陽はほとんど沈んでいた。上弦の月の少し下で、宵の明星が針の先のように光っている。
「私はこっち。いっくんは街に出るからそっちだね。じゃ、またね」
「ああ。また。今日はありがとうな」
「んふん。こちらこそ。じゃ、ね」
 綺麗にターンして歩き去ろうとするファイン。逸郎は残照に向かって歩くその美しいシルエットをしばし見送りたいと思った。と、踵を返したファインが小走りで戻ってきた。
「そうそう、言い忘れてたけど弥生さん、そろそろ戻ってくると思う。
 これは私の勘」
 根拠は、と尋ねようとして、逸郎は口をつぐんだ。そうだ。ファインの勘はよく当たる。逸郎はありがとうだけ言って、曖昧にほほ笑んだ。
「あとね、私はいっくんとは寝ないけど、弥生さんはそうでもないと思うな」
 なんと返せばいいのかわからず思案顔の逸郎に悪戯っぽい笑顔を向けて、ファインは続けた。
「あの|娘《こ》、いや、って言えないタイプだから」